南海トラフ地震に関連する情報
南海トラフ地震に関連する情報(なんかいトラフじしんにかんれんするじょうほう、英: Nankai Trough Earthquake Information[1])は、南海トラフ巨大地震を念頭に、南海トラフ全域を対象に地震発生の可能性の高まりについて気象庁が発表する情報[2]。気象庁は、それまで東海地震に限定していた警戒体制(東海地震に関連する情報)を改めて、2017年11月1日に「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」および「南海トラフ地震に関連する情報(定例)」の運用を開始した[3][4]。その後2019年5月31日には、「南海トラフ地震臨時情報(英: Nankai Trough Earthquake Extra Information[1])」および「南海トラフ地震関連解説情報(英: Nankai Trough Earthquake-Related Commentary[5])」に改められた[6]。想定震源域での大規模地震の発生のほか、ひずみ計により観測されるゆっくりすべりなどの特異な現象を発表基準の対象としている。 情報の種類・発表の条件
臨時情報に付記するキーワード南海トラフ地震臨時情報は、以下のいずれかのキーワードを付して「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」といった形で発表される[2]。
なお、南海トラフ臨時情報の発表に伴う防災対応の呼びかけについては実施期間の目安が定められているが(後述)、臨時情報そのものは発表のみであり、「解除」はない[7]。 ひずみ計による観測気象庁が南海トラフ地震の観測に用いるひずみ計は、地下の岩盤の伸び縮みを観測できる地殻変動の観測装置で、ボアホールと呼ばれる直径15センチメートル程度の縦穴を数百メートル掘削した底面部に、円筒形の検出部が埋設されている。プレート境界のゆっくりすべりなどに伴うごくわずかな岩盤の伸び縮みを捉えるため、ひずみ計は岩盤の伸び縮みを10億分の1の相対変化まで測定が可能な精度となっている[8]。 ひずみ計には、岩盤の伸び縮みによる検出部の体積の変化を測定する体積ひずみ計と、検出部の異なる4つの方位の直径の変化を測定する多成分ひずみ計が用いられている。前者は変化の大きさを測定することができ、後者はそれに加えて方向ごとの変化量も測定することができる[8]。 ひずみ計によって観測された地殻変動の変動量の大きさは、3段階の異常レベルと比較して異常監視を行っている。レベル値は数字が大きいほど異常の程度が高いことを示し、平常時におけるデータのゆらぎの一定時間内での変化速度についての出現頻度に関する調査に基づき、観測点毎(体積ひずみ計)、成分毎(多成分ひずみ計)に設定されている[2]。
ひずみ計観測による調査開始の条件「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」の発表条件のうち、ひずみ計で観測される南海トラフ地震との関連性の検討が必要と認められる変化については、以下のようなものがある[2]。
ひずみ計観測点南海トラフ地震に関連する情報の発表にあたり、気象庁が調査を開始する対象となる現象を判断する際に用いているひずみ観測点は、2022年1月現在、東海地域、近畿地域及び四国地域に設置されている以下の39点である[9]。
このほか、産業技術総合研究所(産総研)が設置しているひずみ計のうち、大分県佐伯市蒲江・宮崎県延岡市北方町の観測点を今後気象庁の観測対象点に追加する予定である[10][11][12]。 発表時の対応以下は、2021年5月に内閣府が公表した「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン 第1版」による[13]。 内閣府が、南海トラフ沿いで観測されうる異常な現象のうち、防災対応を検討するべきものとして挙げているのは以下3つのケースについてである。
半割れケース半割れケースは、南海トラフの想定震源域内の領域で大規模地震が発生し、残りの領域で大規模地震発生の可能性が相対的に高まったと評価された場合を想定する。具体的には、
が該当する。 半割れケースの場合、地震発生から数十分程度で「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」が発表され、数時間程度で「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」が発表されるとしている。なお、検討が2時間程度以上に及ぶ場合など、必要に応じて「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」を適宜発表し、引き続き調査中である旨を伝える場合がある。 南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)が発表された場合、緊急災害対策本部長から南海トラフ地震防災対策推進地域(以下、推進地域)内の都府県知事及び市町村長への指示、内閣総理大臣から国民に対する周知等を実施する(巨大地震警戒対応)。 その後も、気象庁から適宜「南海トラフ地震関連解説情報」が発表される。後発地震が発生しないまま1週間が経過した場合、国は、後発地震に対して警戒する措置を解除し、さらに1週間、後発地震に対して注意する措置をとる旨、呼びかける(巨大地震注意対応)。後発地震が発生しないままさらに1週間が経過した場合、国から、後発地震に対して注意する措置を解除し、通常の生活に戻る旨、呼びかける。 住民の対応地震への備え南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)が発表された場合、日頃からの地震への備えを再確認することにより、後発地震が発生した場合に被害軽減や迅速な避難行動が図られるようにする必要がある。また、日常生活を行いつつ、一定期間、できるだけ安全な行動をとることが重要であるとしている。 以上の対応は、巨大地震警戒対応や巨大地震注意対応が必要な2週間程度としている。 後続地震の津波に対する事前避難南海トラフ巨大地震において、陸上において津波により30cm以上の浸水が地震発生から30分以内に生じる地域等の市町村を「南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域」(以下、津波避難対策特別強化地域)としている。 半割れケースの場合、M8.0以上の地震の発生直後に、震源域から離れた地域を含めて南海トラフ沿いの全域の沿岸部に対して大津波警報または津波警報が発表され、津波浸水想定区域内の住民等は避難指示などが発令され避難行動を開始しているとされる。そのうえで、さらに後続の地震発生に備え、最初の地震に対する避難後に自宅等に戻らず、引き続き、避難を継続する必要がある場合がある。 後続地震による津波に対する避難について、揺れが収まってからの避難開始時間や移動速度などから、想定最大クラス(M9クラス)の地震に対しての避難可能範囲を各自治体が事前に算出することとしている。その際、避難者については、移動速度を考慮して「健常者」「要配慮者」別に検討することを基本としている。算出された津波浸水想定区域から避難可能範囲を除いた地域を含む単位全体、すなわち地震発生後に避難を開始した場合に津波からの避難が間に合わないとされる地域を「事前避難対象地域」とする。事前避難対象地域には、要配慮者のみ避難を要する「高齢者等事前避難対象地域」と、健常者も含む地域のすべての住民が避難を要する「住民事前避難対象地域」が含まれる。 最初の地震に伴う大津波警報または津波警報が津波注意報に切り替えられた後、仮に後続地震が発生した場合に要配慮者においても避難が可能な地域については避難指示を解除する。高齢者等事前避難対象地域に対しては、高齢者等避難を発令し、要配慮者は避難を継続する。住民事前避難対象地域に対しては、避難指示を発令し全住民は避難を継続する、としている。 以上の事前避難の対応は、巨大地震警戒対応が必要な1週間程度としている。 企業の対応南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)が発表された場合、同地震に関する事業継続計画(BCP)を確認し、日頃からの地震への備えの再確認、後発地震に備えて警戒または注意した防災対応を取ること等を通じて、人的・物的被害の軽減を図ることとしている。 また同情報発表時は、被災地域以外ではライフラインは原則として継続され通常の社会活動が営まれるが、事前避難対象地域には後発地震に備えた1週間程度の避難指示が発令される。このため、対象地域に居住する従業員が避難所等で避難生活を送っていることや学校の臨時休業や一部の交通機関の停止等により、出勤可能な従業員が減少すること、対象地域や被災地域に位置する取引先の事業停止等により、必要な経営資源の調達が困難となることが想定される。そのうえで、必要な事業を継続するための措置を講じ、施設及び設備等の点検や従業員等の安全確保に努め、状況に応じて地震に備えて普段以上に警戒を行う事や、地域への貢献を行うこととしている。また企業内等での情報伝達や、防災対応の実施に必要な要員の確保も行うとしている。 一部割れケース・ゆっくりすべりケース一部割れケースは、南海トラフ沿いで大規模地震に比べて一回り小さい地震(M7クラス)が発生した場合を想定する。具体的には、
が該当する。 ゆっくりすべりケースは、ひずみ計等で有意な変化として捉えられる、短い期間にプレート境界の固着状態が明らかに変化しているような通常とは異なるゆっくりすべりが観測された場合を想定する。そのような現象が観測された場合に、大規模地震発生の可能性が相対的に高まったと評価するとしている。 いずれのケースにおいても、地震発生時点またはひずみ計の変化が気象庁の調査開始基準に到達した時点から数十分程度で「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」が発表され、数時間程度で「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発表されるとしている。 南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表された場合、国から、国民に対して注意する措置をとる旨の呼びかけ等を実施する。その後も、気象庁から適宜「南海トラフ地震関連解説情報」が発表される。後発地震が発生しないまま1週間(ゆっくりすべりケースの場合は、すべりの変化が収まってから変化していた期間と概ね同程度の期間)が経過した場合、国から、後発地震に対して注意する措置を解除し、通常の生活に戻る旨、呼びかける。 住民・企業の対応南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表された場合、住民や企業は、個々の状況に応じて、日頃からの地震への備えを再確認する等を中心とした防災対応(巨大地震注意対応)を取るとしている。南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)の発表時とは異なり、住民の事前避難などは行わない。 対象地域南海トラフ地震防災対策推進地域南海トラフ地震臨時情報発表によって防災対応が必要とされる地域は、巨大地震警戒・巨大地震注意のいずれの場合でも南海トラフ地震防災対策推進地域(推進地域)を基本とする。推進地域は、南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(南海トラフ特措法)第3条により「南海トラフ地震が発生した場合に著しい地震災害が生ずるおそれがあるため、地震防災対策を推進する必要がある地域」として定義されており、
のいずれかに該当することが、指定の基準となっている[14]。 推進地域は、以下の29都府県の707市町村である[15]。 南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域巨大地震警戒発表時に事前避難の検討が必要な自治体として、南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域(特別強化地域)が指定されている。特別強化地域は、南海トラフ特措法第10条により「推進地域のうち、南海トラフ地震に伴い津波が発生した場合に特に著しい津波災害が生ずるおそれがあるため、津波避難対策を特別に強化すべき地域」として定義されており、
といった基準のほか、浸水深や浸水面積など、地域ごとの津波避難の困難性を考慮し指定されている。先述の通り、実際の事前避難対象地域は「高齢者等事前避難対象地域」「住民事前避難対象地域」として、特別強化地域に該当する各自治体が町丁目単位で事前に指定する[14]。 特別強化地域は、以下の14都県の139市町村である[15]。
発表状況南海トラフ地震に関連する情報のうち南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会の定例会合における調査結果を発表する「南海トラフ地震関連解説情報(定例)」および「南海トラフ地震関連解説情報」を除いた、「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」および「南海トラフ地震臨時情報」が発表された事例は以下の通り[16]。また、「南海トラフ地震関連解説情報」のうち巨大地震警戒・注意発表後に特別な防災対応の呼びかけを終了する旨を発表したものについて、状態を括弧付きで示した。
現状と課題
2022年1月から2月にかけて、NHKが津波避難対策特別強化地域となっている139の自治体に対して行ったアンケートによると、すでに事前避難対象地域の指定が済んでいる、または検討の結果指定の必要がないと判断した自治体は9割であり、残りの自治体についても大半が2022年度中に指定を終えるとした。避難対象となる住民は現時点で70自治体の46万3650人である。一方で、事前避難を呼びかけた場合に対象者全員を受け入れられる避難所を確保できると答えた自治体は54%にとどまっている[25]。 全域が推進地域に指定されている静岡県が2022年3月に公表した県民意識調査の中で、南海トラフ地震臨時情報を「知っている」と答えたのは3割未満であった[26]。同年、同じく全域が推進地域に指定されている高知県の県民意識調査でも、「知っている」と回答したのは2割にとどまり、前回2018年の調査時よりも低下した[27]。また前述のNHKのアンケートで、南海トラフ地震臨時情報の内容が住民に十分浸透したと答えた自治体は25%に満たず、8割の自治体が実際の発表・運用にあたって「情報が浸透していないことによる混乱」についての懸念や不安があると回答している[25]。 2024年8月に初めて臨時情報が発表された際に、東京大学総合防災情報研究センターの研究チームが行ったアンケート調査によると、臨時情報の受け止めについて「空振りしても構わないので情報を公表してほしい」と回答した人が41%、「命にかかわる情報なので、どんな情報も提供してほしい」が32%と、比較的好意的な受け止めであった[28]。また臨時情報を知って地震が起こると思ったかどうかの設問では、7割以上が起こると認識していた[29]。これについて研究チームの関谷直也は、情報の内容が分かりにくいということ、また予知情報ではないことの周知という点で課題があるとした[30]。 脚注注釈出典
関連項目
外部リンク
|
Portal di Ensiklopedia Dunia