小笹
地理福岡市の都心とされる中央区天神の南南西約3.0キロメートル、中央区の南端に位置する丘陵地である。北で 福岡県住宅協会(現・福岡県住宅供給公社)が建設した小笹団地を中心とした、緑の多い閑静な住宅街である。北側には福岡市植物園や南公園が、南側には鴻巣山遊歩道がある。筑肥新道(旧・国鉄筑肥線)と県道555号(通称・山荘通り[注釈 1])が町内を東西に走っている。 都市計画等都市計画に関しては、「福岡市都市計画マスタープラン」[6]において定められた方針については次のとおりである。都市の拠点としては、小笹のほぼ中央部にあたる小笹交差点の周辺が、近隣住民の買物に便利な店舗の集積する「生活商業地」に位置付けられ、交通ネットワークとして都市の骨格となる筑肥新道の沿道や幹線道路である福岡市道桜坂小笹線の沿道は、商業、業務、サービス施設や中高層住宅などが連続した「都市軸」や「沿道軸」に位置付けられている。土地利用については、小笹四丁目東側の「小笹団地」を含む部分は、大規模な住宅団地なと中層住宅や高層住宅で形成される「中高層住宅ゾーン」に位置付けられ、住環境の保全・形成や大規模団地の老朽化に対する対応などがまちづくりの視点とされている。小笹五丁目北側の「福岡市動植物園[注釈 2]の植物園を含む範囲は、豊かな自然資源を保全した「山地・丘陵地」に位置付けられ、緑地の保全、育成や無秩序な開発の抑制がまちづくりの視点とされている。これら以外の範囲は、戸建住宅などの低層住宅が大部分を占めるが、一部中高層住宅などが立地する「低中層住宅ゾーン」に位置付けられ、周辺地区と同様に、低層住宅と中層住宅の調和などがまちづくりの視点とされている。将来の課題としては、小笹五丁目南西側の範囲は、太平洋戦争の後に進められた戦災復興都市計画による土地区画整理事業の施工地区から外れ、古くから市街地が形成されている地区であり、築30年以上の木造建築物も多いため、災害時の安全性などが課題となっている。用途地域については次のとおりである[8]。桜坂小笹線及び桧原比恵線のうち小笹北交差点から小笹514号線の交差点までの両側道路境界線から概ね30メートルの範囲は近隣商業地域に、上記を除き、筑肥新道及び桧原比恵線の小笹交差点以東の両側道路境界線から概ね50メートルの範囲は第二種住居地域に、桜坂小笹線及び桧原比恵線のうち上記を除く範囲は第二種中高層住居専用地域に、これら以外の範囲は第一種中高層住居専用地域に指定されている。風致地区については、小笹四丁目及び五丁目の各一部(北東側)並びに小笹一丁目及び二丁目の各一部(南東側)がそれぞれ次の地区に含まれており、建築物の建築、宅地の造成、木竹の伐採その他の行為について、都市の風致を維持するための規制がかけられている[9][10][11]。 特別用途地区については、小笹五丁目の一部(植物園及び関係施設の敷地)が建築基準法及び「福岡市南公園特別用途地区建築条例」の規定に基づき、次の適用区域に指定されており、建築物の建築の制限等が定められている。
また、都市緑地法に基づく規制については、次の特別緑地保全地区が指定されており[13]、建築物の建築等の行為について制限がかけられている[14]。 語源笹やぶの丘陵や谷間が広がっていたことから、古くからこの一帯は「小笹町」と称され、1964年(昭和39年)から「小笹」の町名となった[15]。また、「小笹」(ヲ・ササ→ヲザサ)の「ヲ」は接頭語で、語源は 歴史
一部が南区、または旧西区だったが、1982年(昭和57年)からすべて中央区となった[15]。 町域の変遷
人口小笹一丁目から五丁目までについて人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[1]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。
主な施設小笹一丁目小笹二丁目
小笹三丁目小笹四丁目小笹五丁目桧原比恵線沿線
教育施設町内に公立の小・中学校は存在しないが、校区については次のとおり[21]。 交通道路主な幹線道路は次の通り。 県道
市道市道のうち主な幹線道路は次の通り。 鉄道鉄道については、現在、町内に鉄道駅はないが、町域の北方に走る国道202号の地下に福岡市交通局が運営する福岡市地下鉄七隈線が通っており、最寄りの駅は次の通り。
なお、かつては国鉄筑肥線(現・筑肥新道)が地区の中を走り、小笹駅が設置されていたが、1983年(昭和58年)に線の廃止と共に廃駅となった[24][25]。 バスバスについては、西日本鉄道株式会社が運営する西鉄バスが近くに走る幹線道路で運行しており、次の停留所がある[26]。
脚注注釈
出典
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