バッドナイス常田
バッドナイス常田(バッドナイスつねだ、1988年4月5日 -)は、ワタナベエンターテインメントに所属する日本のお笑いタレント。本名は常田 功(つねだ いさお[1])、通称「バッツネ」[2]。 富山県出身。 略歴富山県の滑川高校を卒業後、芸の道に進むと決意して上京[3]。2007年、最初はNSC(吉本総合芸能学院)東京校に13期生として入学[4]。しかしNSC時代は授業に5回も遅刻したのが元で、その年の夏には卒業資格を失う[4]。その後もNSCには通い、月1~2回ほどインディーズのライブに出演した後[4]、2009年4月に改めてワタナベコメディスクール10期生として入学(2010年3月卒業)。2009年4月にコンビ『ムービングボール』を結成するが、約6か月で解散。2009年9月にはワタナベコメディスクールの同期生とコンビ『スナッチ』を結成、スナッチ時代にはキングオブコント2010にて3回戦進出の経験がある[5]。スナッチも約1年で解散。その後はピンで活動していたが、2013年にワタナベコメディスクールの同期生であかいらかを解散した内田英輔とコンビ『つねうち』を結成。つねうちは2015年9月に『バッドナイス』に改名。バッドナイスは東京・表参道GROUNDで開催の若手ネタバトルライブ『NEWCOMER!』の2016年2月9日の回で初優勝[6]。コンビ『バッドナイス』とピンでの活動を共に行っていた。 2019年1月27日、相方の内田が引退することによりバッドナイスを脱退。以後、常田は再びピン芸人としての活動となる[7](バッドナイスの解散に伴い、コンビ名を引き継いで現芸名になったわけではなく、コンビ時代から正式芸名として活動していた)。 「バッドナイス」の名前の由来は、東京都杉並区高円寺に実在する「BAD-NICE」という理髪店から取ったもの[8]。 芸風ピンでのネタは『太陽の恵みで育てたコント』、『○○(主に、職業が入る)から教えてもらった話』などと最初に紹介してから行うことが多い。コントの形式は複数の登場人物を1人で演じるというものでその全てのキャラクターが気だるそうな独特の間合いで喋る[9]。また、殆どのコントでオヤジと呼ばれるキャラクターが存在する。関根勤、関根麻里[10]、斎藤工、ゲスの極み乙女。のメンバーなどはお気に入りの芸人として常田を挙げており、関根麻里は「世界観が独特でじわじわと味になり、展開も予測不能」[2]、斎藤は「世界観がすごいのに、それが人に伝わらない」[11]、ゲスの極み乙女。は「間が独特で、台詞回しが全部同じ」[12]とそれぞれ評価している。このつながりから、ゲスの極み乙女。のアルバム『両成敗』の特典映像にも常田が出演している[13]。 人物趣味は映画鑑賞(特に細田守作品、新海誠作品、M・ナイト・シャマラン作品、ピクサー作品、サスペンス映画)[14]。『ピンポン』を観て以来窪塚洋介に憧れ、ネタでのゆっくりとしたような口調も窪塚に影響を受けてのものという[9]。漫画(特に『ONE PIECE』、『キングダム』、『HUNTER×HUNTER』、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』、『STEINS;GATE』)、ゲーム(特に『実況パワフルプロ野球』)、ラップの作詞作曲[15]。 特技はソフトテニス(中学生時代3年間やっており、地区大会で3回戦に進出した経験あり)、野球、卓球、スキー(小学生時代から高校生時代までやっていた)[16]。三国志の知識が豊富なこと、KAT-TUNの歌真似[15]。 高校時代には、9人組で『鬼流』という暴走族を結成していたが本人曰く「モテたいから」という理由で始めたものであり、本格的な暴走行為はせず民家などのないダムの周辺を走っていたとのこと。ある日に「街中での本格的な暴走行為を行っている他のグループが鬼流の噂を聞きつけ乗り込んでくるらしい」という話を聞き、その日のうちに鬼流は解散した[8]。 高校の同級生に千葉ロッテマリーンズの石川歩がいる[17]。 日本商工会議所主催珠算能力検定3級の資格有り[18]。 ワタナベコメディスクールの半期先輩のあばれる君を“師匠”としている[19]。あばれる君のことは「ばれるさん」と呼んでいる[9]。 出演※コンビ「バッドナイス」での出演については、バッドナイス#出演の節を参照。 テレビ
ドラマ
映画
ラジオ
ウェブ放送
映像作品脚注
外部リンク
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