シェルトン・ベンジャミン
シェルトン・ベンジャミン(英語: Shelton Benjamin, 1975年7月9日 - )は、アメリカ合衆国の男性プロレスラー。サウスカロライナ州オレンジバーグ出身。アフリカ系アメリカ人。AEW所属。 来歴学生時代ミネソタ大学でレスリング部に所属し、NCAA選手権3位の実績を持つ。卒業後には大学に残り、後輩のブロック・レスナーなどを指導。 WWEWWEの下部団体OVWと契約、同じミネソタ大学出身のブロック・レスナーをパートナーに、ミネソタ・レッキング・クルーにあやかったミネソタ・ストレッチング・クルーなるタッグチームを結成し、活躍した。 2002年にWWEに昇格するとスマックダウンに所属。カート・アングル、チャーリー・ハースと共にチーム・アングルを結成。リーダー格のカートが怪我をして復帰した際、フェイスターンしたカートをチームから追い出し、ハースと共にザ・ワールド・グレイテスト・タッグチーム(通称はWGT、WGTT)を結成。WWEタッグ王座を獲得し、ロス・ゲレロス等と名勝負を繰り広げてスマックダウンのタッグ戦線を大いに賑わせた。 2004年のドラフトでスマックダウンからRAWへ移籍し、タッグを解散。シングルプレーヤーに転向しRAWデビュー戦ではトリプルHと対戦し驚異的な運動能力を見せ付けて勝利。同年10月のPPV、タブー・チューズデイ2004でクリス・ジェリコとIC王座を賭けて対戦し勝利を収めた。その後2005年の6月、ドラフトによりスマックダウンからRAWへ移籍してきたカリートに奪われるまでIC王座を保持し、ここ10年での最長保持記録を打ち立てた。そしてそのカリート、さらにショーン・マイケルズと抗争後は母親(WWEで公募されたアングル上の母親役)が登場してマザコンキャラのギミックになると同時にヒールターンする。 マザコンキャラのギミックが終わったその後は、一時チンピラ風ギミック(サングラスをかけ、アロハシャツに身を包みゴールドのチェーンを首に巻いていた)で登場。IC王座陥落後は復帰したハースと共にWGTTを再結成、クライム・タイムやハーディー・ボーイズと抗争する。 2007年末期、イライジャ・バークの紹介(新たにECWを担う男と紹介された)により急遽ECWに移籍、登場する。イライジャと共に黒人タッグを組むのかと思われた矢先、イライジャがスマックダウンでのバティスタ戦で負傷、長期離脱してしまったためシングル戦線で活躍するようになった(これは元からイライジャが腰の怪我をしていたため、離脱するためのアングルである)。 2008年にはECWにおいて連勝を続け、ロイヤルランブル前の収録のECWの5人バトルロイヤルではケイン、ジョン・モリソン、マイク・ミザニン、トミー・ドリーマーと言った強豪相手を退け、優勝した。 ECWのスーパースターでロイヤルランブルで最も優勝する確率の高い選手と言われていたが、ロイヤルランブルでは登場してすぐにショーン・マイケルズによって脱落させられてしまう(登場して46秒で脱落。このタイムはこの年のロイヤルランブルでは一番早い脱落時間だった)。2月にはジミー・ワン・ヤンを相手に勝利し、レッスルマニア24でのマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチに2年振りに参戦。6月の追加ドラフトではスマックダウンへの移籍が決定し、7月にはグレート・アメリカン・バッシュでマット・ハーディーからUS王座を奪取した。9月にはUS王者として、アンフォーギヴェンにてトリプルHの保持するWWE王座へのチャンピオンシップ・スクランブル戦に出場している。 2009年3月、レッスルマニア25でのマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチ予選試合にてジェフ・ハーディーに勝利(マット・ハーディーの介入による反則)し、自身が持つ最多記録を更新する、4回目の出場が決定。3月17日、MVPに敗れ半年間保持したUS王座を失う。その後RAWから移籍してきたチャーリー・ハースと再び共に活動し、ECWから移籍してきたジョン・モリソンと抗争する。6月のトレードで再びECWへ移籍。移籍初戦でヨシ・タツのデビュー戦の相手を務めた。 2010年2月、ECWが終了した後はSmackDownに移籍。3月28日のレッスルマニア26にて、マネー・イン・ザ・バンクに出場するも優勝とはならなかった。4月、WWEより解雇された事が発表された。 インディー団体 / 新日本プロレス / 鈴木軍WWE解雇後、ROHと契約を交わし入団、ハースとWGTTを再結成する。ROH世界タッグ王座を奪取し1年間防衛する活躍を見せた。 2012年1月4日、MVPの要請を受け、新日本プロレス主催のレッスルキングダムIVに参戦。対戦相手の田中将斗 & 高橋裕二郎組を相手に高いポテンシャルを活かしたファイトスタイルで圧倒し、勝利を収めた。6月16日、DOMINION6.16では再びMVPとタッグを組んで、カール・アンダーソン & タマ・トンガ組を相手に勝利を収めている。8月1日から開催されたG1 CLIMAX 22に初出場、4勝4敗で惜しくも決勝進出とはならなかったがそのポテンシャルを十分に見せつけた。12月にROHとの契約を破棄し退団となる。 2013年、ROHと再び再契約を交わす。4月にはハースとの一騎討ちを行う予定であったが、ハースが引退することを突如発表したため対戦は取り消しとなった。4月20日、新日本のRoad to レスリングどんたく 2013にて鈴木軍のTAKAみちのくが参戦を予告していたXとして登場、鈴木とタッグを組んで中邑真輔 & オカダ・カズチカ組と対戦し勝利した[1]。以後、鈴木軍のメンバーとして活動を始め、5月3日には中邑が保持するIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦するが敗北した。8月のG1 CLIMAXでは最終戦で中邑と対戦。ペイ・ダートで中邑から勝利を収めリベンジを果たし、9月29日神戸大会で再び中邑のIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦するも、ボマイェでピンフォール負けを喫した。 2015年5月15日、ジェフ・ジャレットが設立したGFWに参戦することを発表した。6月20日、クリス・モルデツキーと対戦している。 WWE2016年7月26日、WWE・SmackDownにてWWEに復帰する事が発表される[2]。しかし、肩を故障して手術する事になりWWEでの復帰が延期となった[3][4]。 2017年8月22日、WWE・SmackDown Liveにてバックステージでチャド・ゲイブルとダニエル・ブライアンのセグメントにおいて、ゲイブルのタッグパートナーであったジェイソン・ジョーダンがRAWに移籍した事により困り、この事態の収拾にブライアンから新たなパートナーにカート・アングルの友人として呼ばれ登場。ゲイブルとのタッグを結成する事になった[5]。同月29日、7年3ヶ月ぶりとなるWWEでの凱旋試合を行う。ゲイブルと組んでジ・アセンション(コナー & ビクター)と対戦。中盤にゲイブルが捕まり苦戦するがタッチが成立すると流れを変えて最後にはビクターにゲイブルのアシストからペイ・ダートを決めて勝利した[6]。 2018年4月、ゲイブルがSmackDown LiveからRAWに移籍した事によりタッグを解消。同月24日、ランディ・オートンと対戦。終盤にエレベイテッドDDTを喰らい、RKOを決める姿勢になったところで場外に逃げるも実況席に叩きつけられ窮地に陥る。しかし、場外よりマスクを着用して現れたスニル・シンの妨害に助けられ、最後にペイ・ダートを決めて勝利[7]。 その他
得意技
合体技
タイトル歴
WWC
MWF(Millennium Wrestling Federation)
OVW PWI
入場テーマ曲
脚注
外部リンク
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