1986年の野球(1986ねんのやきゅう)では、1986年の野球界における動向をまとめる。
競技結果
日本プロ野球
この年度から、パ・リーグの変則プレーオフが廃止され、セ・パとも年間130試合(26回総当たり)のリーグ戦の順位のみで優勝を決める方式となった。
ペナントレース
日本シリーズ
1986年 日本シリーズ
日付 |
試合 |
ビジター球団(先攻) |
スコア |
ホーム球団(後攻) |
開催球場
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10月18日(土) |
第1戦 |
西武ライオンズ |
2 - 2 |
広島東洋カープ |
広島市民球場
|
10月19日(日) |
第2戦 |
西武ライオンズ |
1 - 2 |
広島東洋カープ
|
10月20日(月) |
移動日
|
10月21日(火) |
第3戦 |
広島東洋カープ |
7 - 4 |
西武ライオンズ |
西武ライオンズ球場
|
10月22日(水) |
第4戦 |
広島東洋カープ |
3 - 1 |
西武ライオンズ
|
10月23日(木) |
第5戦 |
広島東洋カープ |
1 - 2x |
西武ライオンズ
|
10月24日(金) |
移動日
|
10月25日(土) |
第6戦 |
西武ライオンズ |
3 - 1 |
広島東洋カープ |
広島市民球場
|
10月26日(日) |
第7戦 |
西武ライオンズ |
3 - 1 |
広島東洋カープ
|
10月27日(月) |
第8戦 |
西武ライオンズ |
3 - 2 |
広島東洋カープ
|
優勝:西武ライオンズ(3年ぶり6回目)
|
個人タイトル
ベストナイン
高校野球
大学野球
社会人野球
メジャーリーグ
できごと
1月
2月
- 2月21日 - 大阪タイガースの初代主将で阪神、大映、東映の監督を歴任した松木謙治郎が0時21分、肝硬変のため昭和大学病院にて死去[8]。
- 2月28日 - ロッテは東京・新宿の本社にて、球団代表の高橋義種が辞任し球団社長の松井静郎が代表を兼任、松尾守人が代表代理に就任することを決定[9]。
3月
4月
5月
6月
- 6月1日
- 阪神のランディ・バースが甲子園球場での対大洋11回戦にて第1打席で11号本塁打、第2打席で12号を打ち、31日の対大洋11回戦で第4,5打席での本塁打に続く4打数連続本塁打のプロ野球タイ記録[31]。
- 日本ハムの島田誠が藤井寺球場での対近鉄11回戦の2回表に二盗を決め、プロ通算300盗塁を達成[32]。
- ロッテの村田兆治が川崎球場での対阪急9回戦に先発登板し、プロ通算500試合登板を達成。史上57人目[33]。
- 6月3日
- 広島は横浜スタジアムでの対大洋8回戦の九回表にプロ野球タイ記録の1イニング6二塁打、セ・リーグタイ記録の5者連続二塁打を記録[34]。また球団史上2番目となる1イニング11得点[34]。
- ヤクルトの渡辺進がナゴヤ球場での対中日8回戦の8回表に代打で出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上262人目[35]。
- 6月7日 - 広島の衣笠祥雄が甲子園球場での対阪神8回戦に先発出場し、2000試合連続出場を達成[36]。
- 6月8日 - 巨人の松本匡史が神宮球場での対ヤクルト戦の三回表に二盗を決め、プロ通算300盗塁を達成。史上18人目[37]。
- 6月10日
- 6月13日 - 近鉄のリチャード・デービスが西武球場での対西武10回戦の6回表に東尾修から死球を受け、激高して東尾を殴るなど乱闘騒ぎとなり、デービスは退場処分を受ける。西武は試合終了後に球団代表の坂井保之が記者会見しデービスの暴力行為を非難し「近鉄の態度次第では警察への告訴も考える」と表明[41][42]。
- 6月14日
- 大阪球場での南海対ロッテ11回戦でロッテのレロン・リーが5回表に7号本塁打を放ち、外国人選手初の通算250本塁打[43]。また、ロッテの水上善雄がこの試合に出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上263人目[44]。
- 日本ハムの古屋英夫が西宮球場での対阪急12回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上264人目[45]。
- パ・リーグ会長の福島慎太郎は、さる14日の試合で暴力行為で退場処分を受けた近鉄のリチャード・デービスに対し、14日からの当面の間試合出場を停止するとの裁定を発表[46]。
- 6月15日 - 大洋の若菜嘉晴が後楽園球場での対巨人11回戦に先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成。史上265人目[47]。
- 6月16日 - パ・リーグは13日の西武対近鉄戦で暴力行為で退場処分を受けたリチャード・デービスに対し10日間の出場停止と制裁金10万円の処分を下したと発表[48]。
- 6月19日 - 西武の片平晋作が西武球場での対南海12回戦の4回裏に10号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成。史上80人目[49]。
- 6月25日 - 横浜スタジアムでの大洋対ヤクルト11回戦でヤクルトが4-2と勝利し、球団通算2000勝を達成[50]。
- 6月26日
- 阪神のランディ・バースが後楽園球場での対巨人12回戦の8回表に22号2点本塁打を放ち、プロ野球タイ記録となる7試合連続本塁打を達成[51]。
- 西武の片平晋作が西武球場での対日本ハム13回戦の2回裏に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成。史上144人目[52]。
7月
- 7月3日 - 阪神のランディ・バースが甲子園球場での対大洋14回戦の1回裏に適時打を放ち、12試合連続打点のプロ野球新記録を達成[53]。
- 7月5日 - 中日は名古屋市の中日パレスで記者会見し、監督の山内一弘が休養し、ヘッドコーチの高木守道が監督代理を務めると発表[54]。
- 7月6日 - 大洋は新潟での対広島15回戦に延長10回2-3でサヨナラ負けし、1955年7月以来の13連敗となる[55]。
- 7月8日 - 大洋は横浜スタジアムでの対中日10回戦に10-2で勝利し、連敗を13で止める[56]。
- 7月10日 - 阪急の石嶺和彦が平和台球場での対日本ハム戦の2回表に四球を選んで出塁し、51試合連続出塁のプロ野球新記録[57]。
- 7月17日 - 近鉄の金村義明が西宮球場での対阪急12回戦でサイクル安打を達成[58]。
8月
- 8月1日 - 近鉄の栗橋茂が川崎球場での対ロッテ15回戦の一回裏に15号2点本塁打を打ち、プロ通算200本塁打を達成[59]。
- 8月5日 - 巨人の中畑清が後楽園球場での対中日19回戦の7回裏に11号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成[60]。
- 8月6日 - 西武は藤井寺球場での対近鉄16回戦で、2対7でリードされた8回表に近鉄の石本貴昭から先頭打者の西岡良洋が7号本塁打、続く伊東勤が死球で出塁した後、清原和博が13号2点本塁打。石毛宏典14号、ジョージ・ブコビッチ12号、秋山幸二27号、代打の大田卓司が5号本塁打を放ち、1イニング6本塁打のプロ野球新記録。また石本は1イニング4被本塁打のプロ野球タイ記録[61]。
- 8月7日 - 阪神が神宮球場での対ヤクルト16回戦の8回表にランディ・バース、岡田彰布、山脇光治、柏原純一、吉竹春樹が盗塁を決め、1イニングチーム5盗塁のセ・リーグタイ記録[62]。
- 8月10日 - 広島市民球場での広島対中日15回戦で、広島の衣笠祥雄が先発出場し、プロ通算2500試合出場を達成。史上4人目[63]。広島の山本浩二が1回裏に20号3点本塁打を放ち、13年連続20本塁打を記録。王貞治の19年連続、野村克也の17年連続に次いで史上3番目[64]。
- 8月15日
- 南海が西武球場での対西武19回戦に8対3と勝利し、球団創設3000勝を達成[65]。
- 中日の大島康徳がナゴヤ球場での対阪神20回戦の六回裏に14号3点本塁打を打ち、プロ通算300本塁打を達成[66]。
- 8月17日 - 阪急の福本豊が藤井寺球場での対近鉄17回戦の一回表に6号本塁打を打ち、プロ通算200本塁打を達成[67]。
- 8月19日
- 横浜スタジアムでの大洋対阪神19回戦で阪神の掛布雅之が一回表に二塁打を打ち、プロ通算1500安打を達成[68]。阪神のランディ・バースが八回表に34号本塁打を打ち、プロ野球通算150本塁打を達成。443試合での達成は最速記録[69]。
- 南海の門田博光が大阪球場での対日本ハム19回戦の八回裏に三振を喫し、プロ通算1000三振[70]。
- 8月21日 - 第68回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、奈良県代表の天理が愛媛県代表の松山商を3-2で破り初優勝。
- 8月23日 - ロッテのレロン・リーがナゴヤ球場での対近鉄19回戦の8回表に安打を放って通算1419安打となり、外国人選手の最多安打新記録となる[71]。
- 8月24日 - ロッテの荘勝雄が対近鉄20回戦で13セーブ目を挙げ、パ・リーグ新記録の10試合連続セーブポイントを達成[72]。
- 8月27日 - 阪急は福良淳一が西宮球場での対日本ハム19回戦の六回裏に9号2点本塁打を打ち、球団通算4500本塁打となる[73]。
- 8月30日 - 大洋の遠藤一彦が新潟球場での対ヤクルト19回戦で11勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[74]。
9月
- 9月2日 - 巨人の中畑清が広島市民球場での対広島22回戦の7回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[75]。
- 9月5日
- 中日の鈴木孝政がナゴヤ球場での対阪神23回戦に先発し、プロ通算500試合登板を達成[76]。
- ヤクルトの若松勉が神宮球場での対広島21回戦の三回裏に広沢克己の適時打生還し、プロ通算1000得点を達成[77]。
- 9月13日 - 西武は西武球場での対日本ハム23回戦で一回裏に石毛宏典が23号本塁打を打ち、チーム25試合連続本塁打のプロ野球新記録を達成[78]。
- 9月16日 - ロッテは球団代表代理の松尾守人が球団代表に就任し、球団代表を兼ねていた球団社長の松井静郎が社長に選任すると発表[79]。
- 9月23日 - 広島の衣笠祥雄が後楽園球場での対巨人24回戦で4回表に20号本塁打を放ち、13年連続20本塁打を達成[80]。
- 9月26日 - 巨人のウォーレン・クロマティが後楽園球場での対中日24回戦の4回裏に33号2点本塁打を放ち、来日通算100本塁打を達成[81]。
- 9月30日 - 1988年春完成予定で建設中の後楽園エアドームの名称が「TOKYO DOME BIG EGG」と決定[82]。
10月
- 10月2日 - 南海の門田博光が藤井寺球場での対近鉄25回戦の五回表に22号2点本塁打を打ち、プロ通算400本塁打を達成。史上10人目[83]。
- 10月7日 - 西武の清原和博が川崎球場での対ロッテ23回戦の6回表に田子譲治から31号本塁打を放ち、1959年大洋・桑田武が記録した新人最多本塁打31本と並ぶ[84]。
- 10月8日 - 大洋は東京・大手町の大洋漁業本社にて球団社長の久野修と監督の近藤貞雄が記者会見し、近藤が監督を辞任し、新監督に古葉竹識が就任すると発表[85]。
- 10月9日 - 西武が西武球場での対ロッテ25回戦に10対0と勝利し、2位の近鉄が阪急に2-4と敗れたため、2年連続、4度目のパ・リーグ優勝を達成[86]。
- 10月10日 - 阪急の福本豊が西宮球場での対近鉄26回戦の二回裏に三振を喫し、プロ通算1000三振[87]。
- 10月12日 - 広島が神宮球場での対ヤクルト25回戦に8対3と勝利し、2年ぶり5度目のセ・リーグ優勝達成[88]。
- 10月13日
- 阪神は川藤幸三が今季限りで現役引退すると発表[89]。
- セ・リーグの理事会が開かれ、引き分けの廃止を今後検討していくことを決定[90]。
- 10月14日
- ロッテが川崎球場での対南海23回戦でパ・リーグタイ記録となる1試合27安打。落合博満が1回裏に50号2点本塁打を放ち、プロ野球史上初の2年連続50本塁打を達成[91]。
- 阪神のランディ・バースがシーズン最終戦となる甲子園球場での対大洋戦で2打数2安打を記録して打率を3割8分9厘とし、プロ野球シーズン打率の新記録を達成[92]。
- 阪神の野村収が今季限りで引退すると表明[93]。
- 10月15日
- 大洋は東京・大手町の大洋漁業本社にて古葉竹識の新監督就任の記者会見を行う[94]。
- ロッテの有藤通世が自宅にて引退を表明する[95]。
- 10月16日 - ヤクルトの監督の土橋正幸が神宮球場でのシーズン最終戦の試合終了後に今季限りで辞任をすることを表明[96]。
- 10月17日
- 10月19日
- 川崎球場でのロッテ対日本ハムダブルヘッダー25、26回戦が行われ、パ・リーグシーズン公式戦の全日程が終了[99]。
- ロッテの有藤通世が川崎球場でのチームの今季最終戦となる対日本ハムダブルヘッダー第2試合に4番・三塁で出場し、中前安打を記録。有藤の引退試合となった[100]。
- 10月24日
- ロッテは西新宿にあるロッテ本社に監督の稲尾和久を呼び、3年契約の切れる今季限りで再契約しないと通告。稲尾の監督退任が決定[101]。
- 巨人の高橋直樹が東京・大手町の球団事務所を訪れ、球団代表の長谷川実雄に対し今季限りでの現役引退を申し入れ、了承される[102]。
- 10月27日
- 日本シリーズ史上初となる第8戦が広島市民球場で行われ、西武が広島に3-2で勝利し、引き分けと3連敗の後に4連勝で1983年以来3年ぶりの日本一を達成[103]。
- 阪神は今季で現役を引退した野村収の一軍投手コーチ就任を発表[104]。
- 10月28日
- 広島の山本浩二が広島市中区の広島グランドホテルで記者会見し、現役引退を正式に表明。オーナーの松田耕平は山本の背番号8を永久欠番にし来年の3月5日の対近鉄戦に引退試合を行うことを明らかにした[105][106]。
- ロッテは西新宿のロッテ本社にて記者会見し新監督に有藤道世が就任したと正式に発表[107]。
- 10月29日
- 1986年度プロ野球の表彰選手を決定する記者投票の開票が行われ、最優秀選手にパ・リーグは西武の石毛宏典、セ・リーグは広島の北別府学が、最優秀新人にパ・リーグは西武の清原和博、セ・リーグは広島の長冨浩志が選出される[108]。
- 中日は名古屋市中区のクラブ東海で記者会見を行い、新監督に星野仙一が就任したと発表[109]。
- 10月30日 - ヤクルトは東新橋のヤクルト本社にて記者会見し、野球評論家の関根潤三が監督に就任すると発表[110]。
- 10月31日 - 沢村栄治賞の選考が東京・大手町のパレスホテルにて12時から行われ、広島の北別府学を選出。北別府は1982年度に次いで2度目の受賞[111]。
11月
12月
誕生
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
死去
その他
出典
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野球の歴史 |
1870年代 | |
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1880年代 | |
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1890年代 | |
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1900年代 | |
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1910年代 | |
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1920年代 | |
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1930年代 | |
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1940年代 | |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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