A , B , C を対象とし、1A , 1B , 1C , f , g , g ⋅f を射とする圏
数学 の一分野である圏論 において中核的な概念を成す圏 (けん、英 : category )は、数学的構造 を取り扱うための枠組みであり、数学的対象をあらわす対象 とそれらの間の関係を表す射 の集まりによって与えられる。圏はそれ自体、群 に類似した代数的構造 として理解することができる。
二つの圏が等しいとは、それらの対象の集まりが等しく、かつそれら対象の間の射の集まりが等しく、さらにそれら射の対の結合の仕方が相等となることを言う。圏論の目的に照らせば、圏がまったく相等しいことは非常に強すぎる条件であり(それよりも緩い圏同型 (英語版 ) でさえ強すぎる)、圏同値 がしばしば考慮される(二つの圏が同値であるとは、大まかに言えば圏の相等において等式 で与えられる関係を、それぞれの圏における同型で置き換えたものとして与えられる)。
圏論が初めて現れるのは "General Theory of Natural Equivalences"(「自然同値に関する一般理論」)と題された論文 (Eilenberg & Mac Lane 1945 ) である[ 1] 。古典的だが今もなお広く用いられる教科書として、マクレーンの『圏論の基礎 』がある。
群に似た構造
全域性
結合性
単位的
可逆的
群
Yes
Yes
Yes
Yes
モノイド
Yes
Yes
Yes
No
半群
Yes
Yes
No
No
ループ
Yes
No
Yes
Yes
準群
Yes
No
No
Yes
マグマ
Yes
No
No
No
亜群 (英語版 )
No
Yes
Yes
Yes
圏
No
Yes
Yes
No
定義
圏の定義にはいくつか同値なものが存在するが、よく用いられるものの一つを以下に示す。
圏 C は以下のものからなる:
対象 の類 ob(C )
対象の間の射 の類 hom(C )
各射 f ∈ hom(C ) には始域 と呼ばれる対象 a ∈ ob(C ) および終域 と呼ばれる対象 b ∈ ob(C ) が付随して、"f は a から b への射である" と言い、f : a → b と書き表す。
a から b への射の類 (hom-class ; ホム類) hom(a , b ) は a から b への射全体の成す類を言う。
このとき、任意の三対象 a , b , c ∈ ob(C ) に対し、射の合成 と呼ばれる二項演算 hom(a , b ) × hom(b , c ) → hom(a , c ); (f , g ) ↦ g ∘ f が存在して以下の公理を満足する:
結合律 : f : a → b , g : b → c , h : c → d ならば h ∘ (g ∘ f ) = (h ∘ g ) ∘ f が成り立つ。
単位律: 各対象 x ∈ ob(C ) に対して x の恒等射 と呼ばれる自己射 idx = 1x : x → x が存在して、任意の射 f : a → x および g : x → b に対して 1x ∘ f = f and g ∘ 1x = g を満たす。
これらの公理から、各対象に対して恒等射はただ一つ存在することが示せる。文献によっては各対象を対応する恒等射と同一視して、対象の存在を陽に仮定しない定義を採用するものもある。
記法についての注意
一般の圏を表すのに、しばしばラテン大文字の太字 C , D , … や、ラテン大文字のカリグラフ体 𝒞 , 𝒟 , ℰ, … などが用いられる。特定の圏は、その対象を表す単語(の省略形)を用いて同様の仕方であらわす。例えば集合の圏 Set , 𝒮ℯ𝓉 や体の圏 Field , ℱ𝒾ℯ𝓁𝒹 , 位相空間の圏 Top , 𝒯 ℴ𝓅 , ファイバー束の圏 Bdl , ℬ𝒹𝓁 のような具合である。
圏 C の射の類 hom(C ) は mor(C ) や arr(C ) などとも書く。同様に対象 a , b ∈ ob(C ) に対する射の類も mor(a , b ) や arr(a , b ) などとも書かれる。どの圏で射を考えているか紛らわしいときには、homC (a , b ) や morC (a , b ) のように圏を明示することもできる。より簡便な記法では、圏 C の対象の類を |C | で表し、射の類を記号の濫用 だが C で表す(この場合 a から b への射の類は単に C (a , b ) と書く)。
射の合成を g ∘ f で(あるいは単に併置 gf で)表すのは写像 とその合成 の慣習に合わせたものだが、文献によっては「図式順」で f ;g や fg と書くものもある[ 注釈 1] 。
圏の大きさ
圏 C が小さい (small ) とは、対象の類 ob(C ) および射の類 hom(C ) がともに集合 となる(つまり真の類 でない)ときに言い、さもなくば大きい (large ) と言う。射の類が集合とならずとも、任意の二対象 a , b ∈ ob(C ) をとるごとに、射の類 hom(a , b ) が集合となるならば(hom(a , b ) を射集合 、ホム集合などと呼び)、その圏は局所的に小さい (locally small ) と言う。集合の圏など数学における重要な圏の多くは、小さくないとしても、少なくとも局所的に小さい。
文献によっては、局所的に小さい圏のみを扱い、それを単に圏と呼ぶ場合もある。
例
以下は圏の例である。Borceux (1994 , Examples 1.2.5, Examples 1.2.6)参照。
分類
圏と記号
対象の類
射の類
合成
大きさ
備考
具体圏
集合の圏 Set
全ての集合
全ての写像
写像の合成
大きい
マグマの圏 Mag
全てのマグマ
全てのマグマ準同型
半群の圏 SemiGrp
全ての半群
全ての半群準同型
モノイドの圏 Mon
全てのモノイド
全てのモノイド準同型
群の圏 Grp
全ての群
全ての群準同型
アーベル群の圏 Ab
全てのアーベル群
群の圏の充満部分圏Z -加群の圏と同じもの
擬環の圏 Rng
全ての擬環
全ての擬環準同型
環の圏 Ring
全ての単位的環
全ての単位的環準同型
加群の圏 R -Mod
全てのR -加群
全てのR -加群準同型
R は任意に固定した環 非可換環なら左/右/両側加群の圏を考え得る
ベクトル空間の圏 K -Vect
全ての K -ベクトル空間
全ての K -線型写像
K は任意に固定した可換体 K -加群の圏と同じもの
表現の圏 G -Mod
全ての G -アーベル群
全ての G -同変写像 (英語版 )
G は固定した群 Z [G ] -加群の圏と同じもの
線型表現の圏 G -Vect K
全ての (K -係数) G -線型空間
全ての G -同変線型写像
G は固定した群 K [G ] -加群の圏と同じもの
射影表現の圏 G -Proj K
全ての (K -係数) G -射影空間
全ての G -同変射影変換
G は固定した群
多元環の圏 K -Alg
全ての K -多元環
全ての K -多元環準同型
K は固定した可換環または可換体結合多元環 の圏は分配多元環 の圏の充満部分圏 可換多元環の圏は(可換とは限らない)多元環の圏の充満部分圏
位相空間の圏 Top
全ての位相空間
全ての連続写像
一様空間の圏 Uni
全ての一様空間
全ての一様連続写像
距離空間の圏 Met
全ての距離空間
全ての縮小写像
射は別の種類の写像を考え得る
多様体の圏 Man p
全ての Cp -級多様体
全ての Cp -級写像
ファイバー束の圏 Bdl
全てのファイバー束
全ての束写像
前順序集合の圏 Ord
全ての前順序集合
全ての単調写像
関係の圏 Rel
全ての集合
全ての二項関係
関係の合成
大きい
具体圏同様に対象を制限して様々な部分圏を考え得る
離散圏
離散圏 C
類 C (任意)
恒等射のみ
場合による
I 上の離散圏 I
集合 I
小さい
前順序集合 (英語版 ) (P , ≤)
集合 P
Hom(x , y ) ≔ {x → y } (if x ≤ y ) , Hom(x , y ) ≔ ∅ (otherwise)
推移律
小さい
反射律 は射の単位律に相当半順序 , 全順序集合 , 順序数 などでも同じ
同値関係 R を持つ集合 (X , R )
集合 X
Hom(x , y ) ≔ {x → y } (if x R y ) , Hom(x , y ) ≔ ∅ (otherwise)
R は X 上の固定した同値関係
単対象圏
モノイド M
* (任意)
M
与えられた演算
小さい
群 G
G
亜群 G
任意の射が同型射
有向グラフ (V , E )
V
E (ループがあってもよい)
路の連接
小さい
自由圏 (英語版 ) と同一視できる箙 も参照
2-圏
小さい圏の圏 Cat
全ての小さい圏
すべての函手
函手の合成
大きい
自然変換 も考えると2-圏 (英語版 ) の例となる
函手圏 Func (A , B )
圏 A , B 間のすべての函手
函手間のすべての自然変換
自然変換の垂直合成
大きい
擬圏
圏の圏 CAT
全ての圏
全ての函手
函手の合成
非常に大きい
実際には圏ではない
諸定義
以下では特に断らない限り C を圏、X や Y をその対象、その間の射を ƒ : X → Y とする。Weibel (1994 , A.1 Categories)参照。
圏の構成法
双対圏 C op - obj(C op ) = obj(C ), HomC op (X , Y ) = HomC (Y , X ) である圏 C op
部分圏 D - obj(D ) ⊂ obj(C ) であって、任意の対象 X , Y ∈ D に対して HomD (X , Y ) ⊂ HomC (X , Y ) となる圏 D
充満部分圏 D - 圏 C の部分圏であって、任意の対象 X , Y ∈ D に対して HomD (X , Y ) = HomC (X , Y ) となる圏 D
対象の種類
始対象 I - 任意の対象 Y に対して #HomC (I , Y ) = 1 である対象 I
終対象 T - 任意の対象 X に対して #HomC (X , T ) = 1 である対象 T
零対象 0 - 始対象かつ終対象である対象0
射の種類
単射 ƒ : X → Y - 任意の対象 Z と射 g , h : Z → X に対して g ≠ h ⇒ ƒg ≠ ƒh である射 ƒ
全射 ƒ : X → Y - 任意の対象 Z と射 g , h : Y → Z に対して g ≠ h ⇒ gƒ ≠ hƒ である射 ƒ
全単射 ƒ : X → Y - 単射かつ全射である射 ƒ
同型射 ƒ : X → Y - gƒ = idX かつ ƒg = idY となる射 g : Y → X がある射 ƒ
逆射 ƒ −1 : Y → X - 同型射の定義における射 g
以下では圏 C は零対象0をもつとする。
零射 0 : X → Y - 射 X → 0 と 0 → Y の合成
核 i : W → X - より正確には、射 f : X → Y の核とは ƒi = 0 であって、ƒu = 0 を満たす任意の射 u : U → X に対して u = i v となる射 v : U → W が一意に存在する射 i
余核 p : Y → Z - より正確には、射 f : X → Y の余核とは pƒ = 0 であって、uƒ = 0 を満たす任意の射 u : Y → U に対して u = v p となる射 v : Z → U が一意に存在する射 p
関手
2 つの圏 C , D があったとき、
C の対象 X に対し D の対象 F (X ) を与える
射 f : X → Y に対し射 F (f ) : F (X ) → F (Y ) を与える
という対応 F で射の合成や恒等射を保つものは(共変 (covariant ))関手 F とよばれる。一方、似たような対応で射の定義域と余定義域とを入れ替え、合成の順番を反対にする対応は C から D への反変関手 (contravariant functor ) とよばれる。C から D への反変関手を考えるということは C の双対圏 C op から D への共変関手を考えるということと同じになる。
自然変換
自然変換 (natural transformation ) は 2 つの関手間の関係 である。関手はしばしば「自然な構成」を記述し、そして自然変換はそのような 2 つの構成の間の「自然な準同型」を記述する。時に 2 つの全く違う構成が「同様の」結果をもたらすことがある。これは、2 つの関手間の自然同型 (natural isomorphism ) にて表現される。
2 つの関手 F , G に対し、F から G への自然変換が存在して ηx が C に含まれる全ての対象 x に対して同型射となるとき、この自然変換は自然同型 (naturally isomorphic ) であるという。
圏の種類
高次圏
圏が与えられているとき、そこからより複雑な高次圏 を考えることができる。簡潔には、2 つの対象の間の射を「一方の対象からもう一方への対応関係」とみなすならば、これを高次圏において「高次の対応関係」を考慮することで、より有益な一般化が可能となる。
例えば、「二次元の圏」である双圏 (英語版 ) (bicategory ) もしくは 2-圏 (英語版 ) (2-category)[ 注釈 2] は「射の間の射」、つまり、ある射を別の射に変換する対応関係によって得られる圏である。これらの「2-射」(2-cell ) は水平・垂直に「合成」することができ、かかる 2 つの合成則 においては 2 次元の「交換則 」(exchange law ) が成り立つ。この最も標準的な例は Cat 、つまり全ての(小さな)圏から成る 2-圏であり、この例において、射には関手が、2-射には、関手の自然変換 が当てはまる。もう 1 つの基本的な例としては、対象 1 つから成る 2-圏である—これは(狭義)モノイド圏 である。
この手法を任意の自然数 n で拡張し、n -圏 (n-category 、n 次圏)を定義することができる。さらに順序数 ω に対する ω-category と呼ばれる高次圏もある。このアイデアに関する堅苦しくない入門文献としてJohn Baez: The Tale of n -categories が挙げられる。
空間を圏で表す
(O, ≤) が順序集合 のとき、これを次のような圏 C O と同一視することができる:obj(C O ) = O とし、p , q ∈ O = obj(C O ) について p ≤ q のとき、およびそのときに限り p から q への射がただ 1 つ存在する、として C O における射を定める。ここで順序関係の推移律 が射の合成に、反射律 が恒等射に対応している。特に位相空間 X に対してその開集合系 O (X ) を圏と見なすことができる。
G が群のとき、対象 Y ただ 1 つからなり、Hom (Y , Y ) ≡ G であるような圏を G と同一視することができる。また、位相空間の基本亜群 や「被覆 」のホロノミー亜群 など、様々な亜群 による幾何学 的な情報の定式化が得られている。
これらは様々な種類の数学的対象を圏によって言い換えていることになる。層 やトポス の概念によってこれらを共通の文脈の中におくことが可能になる。
歴史
1945年 のサミュエル・アイレンベルグ とソーンダース・マックレーン による、代数的位相幾何学 において直感的/組み合わせ 的に定義されていたホモロジー ・コホモロジー を公理化する研究の中で圏、関手および自然変換が実際に定義された。アイレンベルグとマックレーンの目的は、位相空間の理論と可換群 の理論のような異なる数学的体系の間の自然変換を理解することだったが、そのためには関手の概念が必要であり、関手を定義するためには圏の概念が必要だったのである。
その後アレクサンドル・グロタンディーク らによるホモロジー・コホモロジー理論を圏論 に基づいて定式化する試みの中で、アーベル圏 ・三角圏 など、関手を計算するうえで期待される重要な性質を持つクラス の圏が公理化されていった。一方、ガロア理論 の圏論化を通じ、群が作用 する集合の圏と通常の位相空間を圏論の枠組みで包括的にとらえるようなトポスの概念が得られた。
関連項目
注
注釈
^ この目的でz記法の太いセミコロン ⨟ (U+2A1F) が用意されている
^ これら語法にはやや注意が必要である。通常双圏には定義に現れる等式的公理において、等号の代わりに同型に緩めた条件を課す。厳密に等式として成り立つものは「厳密な 2-圏 (英語版 ) 」と言う。2-圏がどちらの意味であるかは文脈による。より高次の圏ではさらに状況が面倒である(どの等号を同型に緩めるかで定義の数は組合せ爆発する)。[1] [2] [3] などを参照。
出典
参考文献
Awodey, Steve (2006). Category theory . Oxford University Press. ISBN 0-19-856861-4 . Zbl 1100.18001 . https://books.google.co.jp/books?id=IK_sIDI2TCwC
Barr, Michael ; Wells, Charles (2005), Toposes, Triples and Theories , Reprints in Theory and Applications of Categories, 12 (revised ed.), MR 2178101 , http://www.tac.mta.ca/tac/reprints/articles/12/tr12abs.html .
Borceux, Francis (1994). Handbook of categorical algebra. 1. Basic category theory. . Cambridge University Press. ISBN 0-521-44178-1 . Zbl 0803.18001 . https://books.google.co.jp/books?id=YfzImoopB-IC
Weibel, Charles A. (1994). An introduction to homological algebra . Cambridge University Press. ISBN 0-521-43500-5 . Zbl 0797.18001 . https://books.google.co.jp/books?id=flm-dBXfZ_gC
外部リンク
主要項目 関手 具体的圏 圏の類 一般化 人物 関連分野 関連項目
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