圏論という数学の分野において,引き戻し(ひきもどし,英: pullback),あるいはファイバー積 (fiber/fibre/fibered product),デカルトの四角形 (Cartesian square) とは,共通の終域を持つ2つの射f: X → Z, g: Y → Z からなる図式の極限である.引き戻しはしばしば
P = X ×ZY
と書かれ,2つの自然な射 P → X, P → Y を備えている.2つの射の引き戻しが存在するとは限らないが,存在すれば2つの射から本質的に一意に定義される.多くの状況において,X ×ZY は,元 x ∈ X と y ∈ Y の対 (x, y) であって f(x) = g(y) なるものからなるものと直観的に考えることができる.一般の定義には普遍性が用いられ,このことを本質的な理由として,引き戻しは2つの与えられた射を可換四角形に適合させる「最も一般の」方法である.
すべての普遍的な構成がそうであるように,引き戻しは,存在すれば,同型を除いて一意である.実際,同じ cospan(英語版)X → Z ← Y の2つの引き戻し (A, a1, a2) と (B, b1, b2) が与えられると,A と B の間の引き戻し構造を尊重した一意的な同型が存在する.
弱い引き戻し
余スパンX → Z ← Y の弱引き戻し (weak pullback) は「弱い普遍性」しか持たない(つまり、上記の仲介射 u: Q → P が一意であることを要求しない)ような余スパン上の錐を言う。[1]
引き戻しと積
引き戻しは積と似ているが,同じではない.射 f, g と対象 Z の存在を「忘れる」ことによって積が得られる.このとき2つの対象 X, Y のみを持ちそれらの間に何の射もない離散圏が残るが,この離散圏は通常の二項積を構成するための添字集合として用いることができる.したがって,引き戻しは付加構造を持った通常の(デカルト)積と考えることができる.Z, f, g を「忘れる」代わりに,それらを「自明化」することも Z を終対象(存在は仮定する)に特殊化すれば可能で(この場合 f と g は一意に決まって,しかも何の情報も与えない),この cospan の引き戻しは X と Y の積と見ることができる.
と見ることもできる.ここで は非交和を表す(現れる各集合は、それぞれ f または g が単射でない限り交わりを持つことに注意)。前者の式の場合、射影 π1 は x を添字として取り出すこと、それと同時に π2 は添字であることを忘れて単に Y の元とみるものになっている。
この例は引き戻しを特徴づける別の方法を動機付ける,すなわち射 f ∘ p1, g ∘ p2: X × Y → Z のイコライザである,ただし X × Y は X と Y の二項積で,p1 と p2 は自然な射影である.これは二項積とイコライザを持つ任意の圏において引き戻しが存在することを示す.実は,極限の存在定理(英語版)によって,終対象,二項積,イコライザを持つ圏において,すべての有限極限が存在する.
ファイバー束
引き戻しの別の例はファイバー束の理論から来る.束写像 π: E → B と連続写像f: X → B が与えられると,位相空間の圏における引き戻し X ×BE は引き戻し束(英語版)と呼ばれる X 上のファイバー束である.付随する可換図式はファイバー束の射である.