丸ヶ崎
丸ヶ崎(まるがさき)は、埼玉県さいたま市見沼区の大字。本項では、関連する町丁である丸ヶ崎町(まるがさきちょう)や、同地域にかつて存在した北足立郡丸ヶ崎村(まるがさきむら)についても記す。郵便番号は丸ヶ崎が337-0001[2]、丸ヶ崎町が337-0007[3]。 地理埼玉県南部、さいたま市見沼区の北西端に位置する。区域は大字丸ヶ崎は大半が沖積低地で[5]、丸ヶ崎町は大宮台地上に位置する。東側でさいたま市見沼区春野に、東側および南側で同深作に、南側で同東大宮に、西側で上尾市大字瓦葺に、北でさいたま市岩槻区大字平林寺・大字馬込および蓮田市馬込に隣接する。また、芝浦工業大学大宮キャンパスの西側で大字丸ヶ崎が非常に細長く南に食い込み、その先端で島町一丁目と接している。おおむね綾瀬川右岸にあたる。綾瀬川沿いに自然堤防(微高地)が東西に並行するように存在し、江戸期からの集落を形成している[6]。台地の縁に沿って見沼代用水東縁が流れる。 国道16号東大宮バイパスが横断、埼玉県道322号東門前蓮田線が縦断する。南西部の土地区画整理事業完了区域では換地処分に伴う町名地番変更が実施され、丸ヶ崎町となっている。また、2023年時点で、丸ヶ崎の一部では丸ヶ崎土地区画整理事業が行われている。 縄文時代後期の縄文遺跡である丸ヶ崎遺跡がある[5]。 河川地価歴史
地名の由来沿革もとは江戸期より存在した武蔵国足立郡南部領に属する丸ヶ崎村、古くは太田荘箕輪郷に属していたと云われている[5]。享禄年間(1528年 - 1531年)までは一帯は未開の地であった。なお、丸ヶ崎は円笠木とも称されていた[5]。村高は正保年間の『武蔵田園簿』では630石(田33町余、畑28町余)、『元禄郷帳』では636石余、『天保郷帳』では642石余であった[5]。助郷は中山道上尾宿に出役していた[5]。化政期の戸数は80軒で、村の規模は東西15町余、南北10町余であった[5][8]。
世帯数と人口2017年(平成29年)9月1日時点の世帯数と人口は、以下のとおりである[1]。
小・中学校の学区市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下のとおりとなる[21]。
交通鉄道大字丸ヶ崎・丸ヶ崎町とも、地内に鉄道路線は通っていない。最寄り駅は地点によって異なり、東日本旅客鉄道(JR東日本)宇都宮線[注釈 1]の東大宮駅、同蓮田駅、東武野田線(東武アーバンパークライン)の七里駅、同岩槻駅のいずれかである。東大宮駅は、丸ヶ崎町47番5の地点から約1.6 kmの位置にある[7]。 バス
道路
施設
脚注注釈出典
参考文献
関連項目外部リンク
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