『スプートニクの恋人』(スプートニクのこいびと)は、村上春樹の長編小説。
概要
1999年4月20日、講談社より刊行された。表紙の絵はEMI。装丁は坂川栄治。2001年4月13日、講談社文庫として文庫化された。
この小説は村上自身が語るように、彼の文体の総決算として、あるいは総合的実験の場として一部機能している[1]。作中の「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」[2] という言葉(本文ゴシック体)は、同じ年に発表された短編「かえるくん、東京を救う」にも登場する[注 1]。村上自身ホームページで、「理解とは誤解の総和である、というのが僕の基本的な考え方です」[4] と述べているため、作者の世界観がここに現れていると見ることも可能である。
本書の原型となった作品として、1991年に発表された短編小説「人喰い猫」(『村上春樹全作品 1979~1989』第8巻所収)が挙げられる[注 2][5]。
扉にはスプートニク計画の概要が書き記されている。出典は『クロニック世界全史』(講談社、1994年5月30日、樺山紘一編)[6]。
『CD-ROM版村上朝日堂 スメルジャコフ対織田信長家臣団』(朝日新聞社、2001年4月)に、本書に関する読者からの手紙232通が「特別フォーラム」という形で収録されている。
あらすじ
22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。恋に落ちた相手はすみれより17歳年上で、既婚者で、さらにつけ加えるなら、女性だった。相手の女性の愛称は「ミュウ」といった。小学校の教師である「ぼく」は大学在籍中にすみれと知り合い、以来すみれに恋をしていた。「ぼく」にとって長いあいだすみれしか存在しないのも同じだった。
小説家になる以外に自分の進むべき道はないと考えていたすみれだが、貿易会社を営むミュウの下で働くこととなる。
8月はじめ、「ぼく」はローマの消印のあるすみれからの手紙を受け取り、ミュウとすみれが仕事でヨーロッパに渡っていることを知る。それからしばらくしてミュウから国際電話が入り、一刻も早くここに来られないかと言われる。「ここ」とはロードス島の近くにあるギリシャの小さな島だった。
「ぼく」はギリシャの島のコテージでディスクを見つけ、すみれの書いた文書を読む。
その夜「ぼく」は音楽の音で目がさめる。音楽はどうやら山頂のほうから聞こえてくるようだった[注 3]。音楽の聞こえる方に向かって歩き、頂上から空を見上げると、月は驚くほど間近に荒々しく見えた。月の光はミュウに自らのもうひとつの姿を目撃させた。それはすみれの猫をどこかに連れ去った。それはすみれの姿を消した。それは存在するはずのない音楽をかなで、「ぼく」をここに運んできた。
登場人物
- ぼく(K)
- この物語の語り手。12月9日生まれ。24歳。東京都杉並区で生まれ、千葉県の津田沼で育つ。東京都内の私立大学へ進学、歴史学を修めた後、小学校教師となる。具体的な名前は本文中には記述されていないが、すみれの書いた文章中では「K」と記述されている。
- すみれ
- 11月7日生まれ。22歳。神奈川県茅ヶ崎市生まれ。神奈川の公立高校卒業後、「ぼく」のいる大学へ進学するも、大学の雰囲気に失望し(後で『きゅうりのヘタ』と表現される)、二年生のときに小説家になるために自主退学。以後、父親と義母からの28歳までという期限付きの仕送りと、アルバイトで稼いだ いくらかの収入を合わせて吉祥寺で一人暮らしをしている。ヘビースモーカーで煙草の銘柄はマルボロ。性格は「ぼく」に言わせると「救いがたいロマンチストであり、頑迷でシニカルで、よく表現して世間知らず」[8]。
- ミュウ
- 39歳。日本生まれの日本育ちだが、国籍は韓国籍。ピアニストを志しフランスの音楽院に留学するが、ある事件がきっかけでピアノを弾かなくなる。父親の死亡をきっかけに帰国、家業である海産物関連の貿易会社を継ぐ。現在は本業のほとんどを夫と弟にまかせ、自らはワインの輸入、音楽関係のアレンジメントに専念している。「ミュウ」は愛称で、本名は本文中には記述されていない。愛車は12気筒の濃紺のジャガー。
- すみれの父
- 横浜市内で歯科医院を経営する歯科医師[注 4]。美しい鼻をもつ好男子で、横浜とその周辺に住む歯に何らかの障害を抱えた女性たちの間で、神話的な人気を持つ。
- にんじん
- 本名は仁村晋一。「ぼく」が担任を務める教室の一生徒。顔が細長く、髪がちぢれていることから「にんじん」とあだ名されている。大人しくて、無口。物語の終盤で、ある事件を引き起こす。
- 「ガールフレンド」
- 「にんじん」の母親。トヨタ・セリカに乗り、「ぼく」と数回関係を持つ。夫は不動産屋経営。
登場する文化・風俗等
翻訳
脚注
注釈
- ^ 登場人物のかえるくんは言う。「理解とは誤解の総体に過ぎないと言う人もいますし、ぼくもそれはそれで大変面白い見解だと思うのですが、残念ながら今のところぼくらには愉快な回り道をしているような時間の余裕はありません」[3]
- ^ すみれが飼い猫に食べられてしまった老女についての新聞記事を読み上げる場面と、ミュウが中学校のときにシスターから聞かされたカソリックの講話をすみれに話す場面は、「人喰い猫」が元になっている。
- ^ 村上は期間限定サイト「村上さんのところ」で次のように述べている。「僕はときどき夜中に聞こえるはずのない音楽を聴くことがあります。『スプートニクの恋人』の中に、ギリシャの島で真夜中にお祭りの音楽が聴こえてきて、それを探しに行く話が出てきますが、これはほんとうにあったことです」[7]
- ^ 村上は歯科医を作品の中で登場させることが比較的多い。「眠り」(1989年)の主人公の夫、『国境の南、太陽の西』(1992年)のイズミの父親など。
- ^ 村上の短編小説「ファミリー・アフェア」の語り手は、デートに誘った女の子がバーでバナナ・ダイキリを飲むことについて皮肉めいた表現をする。なおバナナ・ダイキリが登場する娯楽作品では映画『ゴッドファーザー PART II』(1974年)がよく知られている。フレド(ジョン・カザール)の悲哀をあらわす小道具として登場する。
- ^ 長編『騎士団長殺し』に語り手と友人の次のような会話がある。「記憶喪失はヒッチコックだってつかっている」「『白い恐怖』か。あれはヒッチコックの中じゃ二流の作品だ」[12]
出典
関連項目