若里(わかさと)は、長野県長野市の市街地南部にある町名。現行行政地名は若里一・二・三・四・五・六・七丁目。住居表示実施済み区域である。郵便番号は、380-0928。
概要
地区の南端には犀川が流れ、東端を国道18号が通る。中央部には長野県道372号三才大豆島中御所線(日赤通り)が東西に横切る。接する大字・町丁は以下の通り。
長野駅の南に位置し、副都心として多くの医療・文化施設が集まる。地区内には昭和50年代に若里公園(長野県県民文化会館・県立長野図書館)・長野赤十字病院などが置かれ、次いで1998年(平成10年)の長野オリンピック前後に長野市若里多目的スポーツアリーナ(ビッグハット)・長野市若里市民文化ホール・長野市保健所などが置かれた。
古くは、現在の長野赤十字病院付近の犀川に市村の渡しが置かれていた。1611年(慶長16年)に丹波島の渡しが北国街道の犀川渡河として定められるまで、小市の渡しとともに北国の交通を担ってきた重要な渡し(舟渡し)であった。現在渡しのあった付近に橋は架かっていないが、長野市都市計画マスタープランではこの付近の犀川両岸を何らかの形で結ぶ構想が示されている[1]。
地区内の人口および世帯数は以下の通り(令和5年3月1日現在)[2]。
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世帯数 |
人口
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若里一丁目
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744世帯 |
1,381人
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若里二丁目
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493世帯 |
939人
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若里三丁目
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340世帯 |
681人
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若里四丁目
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499世帯 |
927人
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若里五丁目
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622世帯 |
1,233人
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若里六丁目
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259世帯 |
543人
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若里七丁目
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47世帯 |
77人
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大字若里(南市)
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0世帯 |
0人
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計
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3,004世帯 |
5,781人
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沿革
若里の範囲は、概ね1876年(明治9年)時点の上水内郡若里村の範囲に相当する。
- 旧若里村の歴史
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- 長野市若里の歴史
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旧町名
若里地区では、1999年(平成11年)と2003年(平成15年)に住居表示が実施された。住居表示実施前の町名と現在の町丁名は、概ね以下の通りである[4]。
旧町名 |
現在の町丁名
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荒木(あらき) |
若里一丁目 および 若里四・五丁目の各一部、中御所四丁目の一部
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北市(きたいち) |
若里二丁目 および 若里三・四丁目の各一部
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南市(みなみいち) |
若里三丁目 および 若里四・五・六・七丁目の各一部、大字若里
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若里中央(わかさとちゅうおう) |
若里五丁目 および 若里六丁目の一部
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若里西町(わかさとにしまち) |
若里五丁目
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交通
- 路線バス
- 長野県道372号三才大豆島中御所線(日赤通り)・市道長野駅東口線上にアルピコ交通(川中島バス)・長電バス・長野市循環型乗合タクシーの以下の路線系統が走っている。長野赤十字病院が立地することもあって、運行本数は多い。
- アルピコ交通(川中島バス)
- 21快 長野駅 - 大塚南
- 11/21 宇木 - 長野駅 - 大塚南
- 11/21 宇木 - 長野駅 - 松岡
- 長電バス
- 長野市循環型乗合タクシー
施設
若里一丁目
北部に若里公園が広がる。
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ホクト文化ホール
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長野県立長野図書館
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TSBテレビ信州本社
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姫塚
若里二丁目
アパートが多い住宅地。
若里三丁目
東半分の長野中央市場跡地に、ビッグハットを始めとして長野五輪に伴い作られた施設が集まる。
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ビッグハット
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長野市若里市民文化ホール
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ケーズタウン若里
若里四丁目
東半分は信州大学工学部キャンパスで占められる。
- 専門学校カレッジオブキャリア 長野校
- スバル信州 本社・長野若里店
- 信州大学 長野(工学)キャンパス
若里五丁目
東半分は長野赤十字病院と市営団地で占められる。
若里六丁目
ほとんどが鐘紡長野工場の跡地で占められ、跡地に美術館・保健所などの施設が建てられている。
若里七丁目
南半分は工場団地が広がる。
- 長野県社会福祉総合センター
- 長野県衛生部若里庁舎・医師会館
- 長野看護専門学校
- アピナ 長野スカイバッティングセンター
- 長野市若里工業団地
大字若里(南市)
住居表示未実施地区。ほぼすべてみすずコーポレーションの敷地で占められる。
脚注
外部リンク