メル・コリンズ
メル・コリンズ(Mel Collins、本名メルヴィン・デスモンド・コリンズ、1947年9月5日[1] - )は、イギリスのミュージシャン、木管楽器奏者(サクソフォーン、フルート)。スタジオ・ミュージシャンとして精力的に活動して、数多くのアルバム制作に参加してきた。キング・クリムゾンやココモのメンバーとしても知られる。 来歴イギリス王室属領マン島出身。戦前からBBC専属のサクソフォーン奏者として数多くの録音をこなしたセッションマンである父親の影響で、幼い頃からジャズに親しんだ。2002年のインタビューではチャールズ・ミンガスやソニー・ロリンズから影響を受けていたと語っている[2]。10歳でピアノを、12歳でクラリネットを始め、その後サクソフォーンに転向した[2]。 ロンドン南部クロイドンを拠点にローカルバンドを渡り歩き、労働許可証が貰える18歳の誕生日を迎えた1965年9月から、The Dagoesというツアーサポートバンドに参加。ボ・ディドリー、P.J.プロビーのコンサートで演奏した。メロディメーカー紙の募集記事を頼りに1966年5月16日からフィリップ・グッドハンド・テイト(Phillip Goodhand-Tait)率いるザ・ストームズヴィル・シェイカーズ(The Stormsville Shakers)に加入、初めてレコーディングに参加した。同バンドは67年にサーカスと改名して同年からシングル2枚、テイトがソロ歌手として独立した後の1969年にアルバムを発表した。 1970年、ロバート・フリップ(ギター、メロトロン)が率いるプログレッシブ・ロック・グループのキング・クリムゾンのセカンド・アルバム『ポセイドンのめざめ』のレコーディングにゲスト参加。その後、正式メンバーになり[注釈 1]、アルバム『リザード』『アイランズ』の制作に携わり、コンサートではフリップと分担してメロトロンも演奏した。キング・クリムゾンは1972年春のアメリカ・ツアーが終了すると同時に解散[注釈 2]し、コリンズは同僚のボズ・バレル、イアン・ウォーレスと共にアメリカに残り、アレクシス・コーナーが率いるスネイプのメンバーとなった。彼は『アイランズ』の発表直後にキング・クリムゾンを去ったピート・シンフィールド(作詞、照明)が1973年に発表したアルバム『スティル』の制作に参加し[注釈 3]、収録曲の一曲をシンフィールドらと共作した[3]。またフリップが結成した新しいキング・クリムゾンのアルバム『レッド』(1974年)にゲスト参加した。 その後はスタジオ・ミュージシャンとして膨大な数のアルバムに参加した。また、1974年から1976年にかけてココモの正式メンバーとしても活動した。1977年にはブライアン・フェリーのワールド・ツアーのバンドに加入し、フェリーの初の日本公演[4]で初来日。その後、キャメルに参加して1979年1月の初の日本公演に同行し、その後も度々レコーディングやライブにゲスト参加した。また1978年にはローリング・ストーンズの世界的ヒット曲「ミス・ユー」でサックス・ソロを担当した。1980年代にもスタジオ・ミュージシャンとして活動を続け、ティナ・ターナー『プライヴェート・ダンサー』(1984年)やティアーズ・フォー・フィアーズ『シャウト』(1985年)といった世界的な大ヒット・アルバムで演奏。中島みゆきのアルバム『夜を往け』(1990年)のレコーディングにも携わった。また、1982年にはココモの再結成に参加した。 2002年には、キング・クリムゾンのオリジナル・メンバーであるイアン・マクドナルドやマイケル・ジャイルズらと共に、キング・クリムゾンの初期の楽曲を再演する「21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド」を結成した[5]。2003年には、フリップが主宰するディシプリン・グローバル・モービルが通信販売した『キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ CLUB23』[注釈 4]にライナーノーツを提供した。 2011年、フリップが主導する「キング・クリムゾン・プロジェクト」のアルバム『ア・スケアシティ・オブ・ミラクルズ』の制作に参加し[6]、1974年の『レッド』へのゲスト参加以来、37年振りにフリップと共演した。そして2013年、フリップがキング・クリムゾンを再始動した時に正式メンバーとして復帰[7]。ライブ活動を行い、最後のツアーに相当する2021年12月の日本公演まで在籍した。 共演したミュージシャンメル・コリンズがレコーディングやライブをサポートしたミュージシャンの一覧。姓またはバンド名の五十音順。 ディスコグラフィソロ
フィリップ・グッドハンド・テイト・アンド・ザ・ストームズヴィル・シェイカーズ
サーカス
キング・クリムゾン
アレクシス・コーナー
ココモ
キャメル
デヴィッド・バイロン・バンド
21st・センチュリー・スキッツォイド・バンド
脚注注釈
出典
引用文献
参考文献
外部リンク |