|
艦歴
|
計画 |
明治37年度計画[1]
|
建造所 |
ヴィッカース社
|
起工 |
1907年8月3日[1]
|
進水 |
1908年5月19日[1]
|
竣工 |
1909年3月9日[1]
|
除籍 |
1929年4月1日[1]
|
性能諸元
|
排水量 |
常備:286トン 水中:321トン
|
全長 |
43.3m
|
全幅 |
4.14m
|
吃水 |
3.43m
|
機関 |
ヴィッカース・ガソリン機関1基1軸 水上:600馬力 水中:300馬力
|
速力 |
水上:12kt 水中:7kt
|
航続距離 |
水上:12ktで660海里 水中:4ktで60海里
|
燃料 |
ガソリン
|
乗員 |
26名
|
兵装 |
機銃1挺 45cm魚雷発射管 艦首2門 魚雷2本
|
備考 |
安全潜航深度:30.5m
|
波号第二潜水艦(はごうだいにせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。波一型潜水艦(C1型)の2番艦。
艦歴
1907年(明治40年)8月3日、イギリスのヴィッカース社で起工[1]。1908年(明治41年)5月19日進水。1909年(明治42年)3月9日竣工。第九潜水艇と命名され、種別、潜水艇、潜水艇に類別[1]。カンガルー式特殊運搬船トランスポルター号で横須賀に輸送した[2]。1916年(大正5年)8月4日、二等潜水艇[1]。1919年(大正8年)4月1日、第九潜水艦に改称し、三等潜水艦に種別、類別を変更[1]。1923年(大正12年)6月15日、波号第二潜水艦に改称。1929年(昭和4年)4月1日に除籍された。
歴代艦長
※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。
- 艦長
- 吉富説三 大尉:1920年12月1日 - 1921年3月15日
- 寺垣敬三 大尉:1921年3月15日 - 10月1日
- 内藤淳 大尉:1921年10月1日[3] - 12月1日[4]
- (兼)舛岡誠太郎 大尉:1921年12月5日[5] -
脚注
- ^ a b c d e f g h i 『日本海軍史』第7巻、380頁。
- ^ 『日本海軍の潜水艦 - その系譜と戦歴全記録』16頁。
- ^ 『官報』第2752号、大正10年10月3日。
- ^ 『官報』第2801号、大正10年12月2日。
- ^ 『官報』第2804号、大正10年12月6日。
参考文献
- 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』光人社、1990年。ISBN 4-7698-0462-8
- 『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo Collection』資料編、KKベストセラーズ、1994年。
- 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
- 勝目純也『日本海軍の潜水艦 - その系譜と戦歴全記録』大日本絵画、2010年。
- 雑誌「丸」編集部『ハンディ版 日本海軍艦艇写真集20巻』潜水艦伊号・呂号・波号・特殊潜航艇他、光人社、1998年。