日本学術会議会員の任命問題
日本学術会議会員の任命問題(にほんがくじゅつかいぎかいいんのにんめいもんだい)とは、2020年(令和2年)9月、内閣総理大臣の菅義偉が、日本学術会議が推薦した会員候補のうち一部を任命しなかった問題である。現行の任命制度になった2004年(平成16年)以降、日本学術会議が推薦した候補を政府が任命しなかったのは初めてのことである[1]。 沿革2016年(平成28年) 会員3人が定年を迎えて補充する際、政府は会議側が事前にまとめた推薦案に同意せず、会議側が正式な推薦を見送って欠員が生じた[2]。 2017年(平成29年) 政府の要請で、会議側が交代数105人を超える数の名簿を事前提示。調整の末、会議の推薦通り105人を任命[2]。 2018年(平成30年) 政府は2016年(平成28年)と同様に会議側の推薦案に難色を示して補充が見送られた[2]。 2020年(令和2年)
2021年(令和3年) 任命を拒否された会員候補者2020年(令和2年)9月に日本学術会議が推薦した新会員候補者のうち任命されなかったのは以下の6人である[17]。6人は安全保障関連法や特定秘密保護法、普天間基地移設問題などで政府の方針に異論を唱えてきた[18]という共通点があるが、菅義偉首相はそれらとの関連性も含めて任命拒否の理由の説明はしていない[19]。
論点日本学術会議法の解釈 日本学術会議法の第7条には、「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」と記載されている[20]。 1983年(昭和58年)に会員選定が選挙から推薦制に変更された際、政府は国会答弁で「総理大臣の任命で会員の任命を左右するという事は考えておりません」「任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうに私どもは理解しておりません」「その推薦制もちゃんと歯どめをつけて、ただ形だけの推薦制であって、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」「政府が干渉したり中傷したり、そういうものではない」と政府答弁を行っている[21]。 また、当時の中曽根康弘首相も国会で「学会やらあるいは学術集団からの推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば」と形式的任命であると答弁している[21][22]。 更に2004年(平成16年)に会員推薦方法が学会推薦から学術会議が選考推薦するコ・オプテーション方式に変更する法改正がされたが、この法改正に際し、所管の総務省が内閣法制局に提出した法案審査資料の中で「日本学術会議から推薦された会員の候補者につき、内閣総理大臣が任命を拒否することは想定されていない」と明記されている[23]。 一方、内閣府の2018年(平成30年)の文書では、「首相に推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えない」という見解を示していた[24]。当時の会長であった山極寿一は、この文書について「全く知りません。文書があることも聞かされていない」と発言した[25]。 なお、日本学術会議法の解釈を上記1983年(昭和58年)政府法解釈から変更したのかという問題については、内閣法制局[26]、加藤官房長官[27]とも「解釈変更ではない」との見解を示している。 任命しない理由 任命をしないと判断した理由について、この問題が取り上げられた2020年(令和2年)10月初めの時点では、首相は「総合的・俯瞰的な活動を確保する観点」から判断したと説明した[28]。その後、同月26日にNHKの番組に出演した頃から、多様性の重要さを強調するようになった[28]。菅首相は10月28 - 30日の国会答弁で「民間出身者や若手が少なく、出身や大学に偏りが見られることを踏まえ、多様性が大事ということを念頭に私が判断した」と述べた[29]。 メディアで取りざたされる「任命しない理由」 任命しなかった理由に関しては、菅首相は「総合的・俯瞰的な判断」を繰り返し、個々人の具体的にどこが問題だったのかについては「個々人の問題にお答えすることは差し控える」としている。そのため、6人が例外なく安保法制や特定秘密保護法、「共謀罪」法案などの安倍政権下の政策に異議を唱えた人物であることから、政権批判を問題視したのではないか、と指摘する声も野党などから上がる。学術会議の第2部(生命科学)、第3部(理学・工学)のいわゆる理系の分野には一人もおらず、多少なりとも思想に関わらざるを得ない人文科学・社会科学者に偏っていることもこれを補強している[30]。「多様性を重視した」という発言に関しては、6人の中にも女性が1人、東京慈恵会医科大学や立命館大学など、現会員で一人しか所属していないような私立大学の学者も含まれることから矛盾を指摘する声も挙がる[28]。学術会議側はデータを挙げて「多様性に欠けている」という批判に反論した[28]。 学術会議は戦前に科学者が戦争遂行の国策に利用されたことへの反省から1949年(昭和24年)に生まれ、いかなる軍事研究にも一貫して反対の姿勢を取り続けてきた[31]。1950年(昭和25年)と1967年(昭和42年)には軍事研究に関して「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」という旨の声明を発表した。安倍政権下の2017年(平成29年)には、自民党国防部会の強い意向で2016(平成28)年度の3億円から30倍超の110億円へと予算が増大した防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」で、軍事技術への研究協力を学術界に促した[32]。学術会議はそれに対して、「軍事研究を行わない」という過去2回の声明を継承するという声明を改めて出していた。その一方で、日本学術会議に関係する研究者が中国軍の「国防7校」に所属していたことが2021年(令和3年)1月に報じられている[33]。 →詳細は「千人計画 § 日本との関係」、および「革命的祖国敗北主義」を参照 こうした学術会議の安全保障問題に対する姿勢には、かねて自民党内で強い不満があり、今回の背景になったという[31][34]。たとえば、自民党の柴山昌彦幹事長代理は10月25日のNHKの番組内で、「(学術会議が)軍事研究を行わないという提言を盾に、デュアルユースの研究が進まないとの問題も指摘されている」と発言している[34]。最近は、政府主導で軍事技術の推進につなげるため、政府の「総合科学技術・イノベーション会議」に権限を集中させるべきだとの意見も出ている。甘利明税調会長は2020年(令和2年)6月の民放番組で「世界はデュアルユース(軍民両用)で、最先端の技術はいつでも軍事転用できる」と発言していた[34]。同年11月17日には、井上信治科学技術担当相が学術会議に「デュアルユース(軍民両用)」研究を検討するよう伝えたことが明らかになった[34]。任命拒否された6人のうちの一人、芦名定道は「政府は大学で軍事研究を推進したい。それに(学術会議は)明確に反対声明を出した。戦前における学術と戦争の関係への反省に基づいて、今の学術会議ができている」と指摘した[32]。 見解批判 日本共産党委員長の志位和夫は、推薦された6人が任命されなかったことに関して「学問の自由を脅かす極めて重大な事態」とし、「大問題として追及していく 」と抗議し撤回を求める姿勢を示している[35]。 米国の科学誌『ネイチャー』は、2020年(令和2年)10月6日付けの社説において、研究者と政治家の間にはそれぞれが約束を守るというある程度の信頼が必要であるのに、その信頼の欠如が昨今世界各国で見られ、気候変動の分野では多くの政治家が明確な証拠を無視したり、科学への政治的干渉の傾向がみられたりすることに懸念を示しつつ、昨年、アマゾン熱帯雨林の森林破壊が加速したという研究報告をブラジルのジャイール・ボルソナーロ大統領が受け入れることを拒否した事例などと共に、日本の菅義偉首相が政府の科学政策(government science policy)に批判的だった6人の学者の日本学術会議への指名を拒否したとして紹介している[36][37]。その上で『ネイチャー』は最後に、国家が学術的独立を尊重するという原則は現代の研究を支える基盤の1つで、その侵食は研究と政策立案における質と完全性の基準に重大なリスクをもたらすとしている[36][37]。 橋下徹は、「総理の拒否権は当然あり」とコメントした上で、「ただし上司部下の関係での人事ではないので、拒否の理由を説明しなければならない。学問的理由ではなく審議会メンバーのバランスを考慮したのであれば理由はたつが、菅政権の説明が必要」と補足し、政権側には「拒否の理由」を説明する責任があると述べた[38]。 学術界からも反応があった。日本物理学会や日本数学会など、自然科学系の93の学会は10月9日、「任命されなかったことに憂慮している。対話による早期の解決が図られることを希望する」という緊急声明を発表した[39][40]。人文・社会科学分野の310の学会が11月6日(12月2日更新)、「1.日本学術会議が推薦した会員候補者が任命されない理由を説明すること。 2.日本学術会議が推薦した会員候補者のうち、任命されていない方を任命すること。」を強く求める「日本学術会議第25期推薦会員任命拒否に関する 人文・社会科学系学協会共同声明」[41][42]を発表した。 パリに事務局を置く国際学術会議の会長から11月、日本学術会議の梶田隆章会長あてに、「菅義偉首相による任命拒否が学問の自由に与える影響を深刻にとらえている。科学者の表現の自由が保障され、会員推薦の際に学術上の選択の自由が守られるよう強く支援する」とする手紙が届いた[42]。 肯定 一方で、この人事決定を問題ないとする声もあり[43]、6人の任命拒否と学問の自由は関係ないとする意見や、この件をきっかけに今後の学術会議の在り方を議論すべきという意見もある[44][45]。 国際政治学者の篠田英朗は、「日本学術会議は研究機関ではなく、『学問の自由』とは全く関係がない、むしろ憲法規定を、特定集団の特権を正当化するために濫用することのほうが危険だ」と主張する[46]。また、北海道大学名誉教授の奈良林直は、同大の船の摩擦抵抗を減らす研究が防衛省の安全保障技術研究推進制度に採択されながら、日本学術会議が出した「軍事的安全保障研究に関する声明」による影響を受けて同大が辞退したとした上で 「学術会議は廃止し会員アカデミーに」と主張している[47]。 デマの拡散この出来事に関する誤情報が、政治家やメディア、ネットを発信源に出回った[48][49]。 10月1日にしんぶん赤旗で任命拒否がスクープされると、各社が後追いし、昼過ぎには多くのメディアが報じていた。その翌日には、過去の政府答弁との矛盾点などを指摘する声が広がった一方、学術会議への批判も始まった。その中で誤情報が拡散した。いくつかの実例と反する事実を下記に提示する[50]。
脚注
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