新前橋駅
新前橋駅(しんまえばしえき)は、群馬県前橋市古市町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である[1]。 乗り入れ路線上越線を所属線としており、両毛線を含めた2路線が乗り入れている。当駅は線路名称上の両毛線の終点であるが、両毛線の列車はすべて上越線を経由して高崎駅まで乗り入れている[1]。加えて、上越線の渋川駅で分岐する吾妻線の列車もすべて当駅または高崎駅まで乗り入れている。そのため、実用上は3路線4方向の列車が利用できる。2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正より日中の上越線・吾妻線の列車の約半分が当駅止まりとなった。また、高崎方面の列車の中には一部高崎線と直通する列車もある。 歴史当駅付近は1884年(明治17年)8月20日に日本鉄道が鉄道路線を開業(高崎 - 前橋)させたが、この間に途中駅は設置されていなかった。前橋の市街地は利根川東岸であったが、利根川への架橋が困難だったため前橋駅は利根川西岸の内藤分村(現在の前橋市石倉町、当駅より 1km ほど東方)に置かれ、「内藤分ステーション」と通称されていた。1889年(明治22年)12月に利根川架橋が完成し、両毛鉄道が開業させていた現在の前橋駅に日本鉄道が乗り入れるとこの駅は廃止される。これらの路線は後に買収・国有化され両毛線となった。 1916年(大正5年)には帝国議会へ上越線の敷設計画が提案されるが、これは既に開業していた東武高崎線(1953年(昭和28年)廃止)と同様に、高崎からまっすぐ北上し、金古町(現在の高崎市北部、金古町付近)経由で渋川駅に向かうものであった。このルート案は、県庁を前橋市に取られた高崎市の逆恨みによる報復であったとも言われている[4]。これを受けた前橋市は議会に対して経路変更の運動を展開した。利根川を2回渡る必要があるため市の中心部を経由させることは断念したが、現在の前橋市域(当時この地は群馬郡東村であった)を経由するルートへの変更を実現した[4]。このとき両毛線との分岐駅として設置が決定したのが当駅であり、1921年(大正10年)、上越南線(後の上越線)開通とともに両毛線の駅として開業した。 新前橋駅開業当時の様子は、詩人萩原朔太郎の作品『純情小曲集』中の『郷土望景詩』の一編『新前橋駅』にて描写されている。また『郷土望景詩の後に』では、「朝、東京を出でて渋川に行く人は、昼の十二時頃、新前橋の駅を過ぐべし。畠の中に建ちて、そのシグナルも風に吹かれ、荒寥たる田舎の小駅なり。」と表現され、畑の中にぽつんとできた駅であったことがうかがえる。なお開業時は旅客駅であったが、間もなく貨物営業も開始されている。 年表
駅構造島式ホーム2面4線を持つ地上駅で、橋上駅舎を有している[7]。ホームは南西から北東へと延び、東口と西口を持つ。改札口は東口寄りの設置で、西口へはホーム上の自由通路が連絡する。東口にバスターミナルが設置されているほか、西口にもバス乗り場とタクシー乗り場が整備されている。 直営駅(管理駅)で、群馬総社駅を管理下に置く。また当駅は上越線の準運転取扱駅(CTC表示駅)であり、高崎車両センターのも含め入換時を中心に信号制御は信号扱所で行われる。 自動改札機、自動券売機、話せる指定席券売機[2][3]、クレジットカード専用指定席券売機、ICカードチャージ専用機、ICカード専用グリーン券売機が設置されている。また、改札口と各ホームには発車標が設置されており、話せる指定席券売機の上や改札内に設置されているモニター画面にも発車案内がなされている。自動改札機の一部はSuicaなどのICカード専用である。2015年3月には、列車の運行情報を伝えるモニターが改札内・外に設置された。 エレベーターが東口および西口と改札口の間、改札口と各ホームの間に設置されている。また、各ホームと改札口の間に上下エスカレーターが、東口と改札口の間には上りエスカレーターが設置されている。トイレは改札内と東口にあり、それぞれ多機能トイレも設置されている。 改札外にNewDaysが、東口の1階には飲食店が入居している。東口に存在した駅レンタカーは閉業した。 のりばのりばの番号は東側から順に付番されている。両ホームとも待合室が設置されている。なお、当駅で表示されているラインカラーは一部を除いて他の駅と異なり、LED電照式への交換時に本来のカラーのものに改められた箇所もある(上越線が水色、吾妻線が紺色、両毛線がマゼンタで表示されている箇所がある)。
(出典:JR東日本:駅構内図)
列車運行形態主に高崎駅をターミナルとした上越線・吾妻線・両毛線の普通列車が運行されるほか、高崎方面からの直通列車および特急列車が乗り入れている。構内に高崎車両センター(旧・新前橋電車区)があるため、少数ながら当駅を発着する営業列車も設定されている。かつては併結運転されていた特急「草津」(当時)「水上」や、普通列車の一部が当駅で連結・切り離しを実施していた。なお、日本国有鉄道(国鉄)時代には長らく一般駅であり、車扱貨物を取り扱っていたが、民営化以降は旅客駅となっている。 現在、上越線の普通列車は高崎駅・当駅 - 水上駅間の運転が中心で、これに吾妻線直通列車が加わる。両毛線は当駅を終点としているが、普通列車はすべて高崎駅発着または高崎線直通である。両毛線の列車本数は概ね起点の小山へ向かうにつれ減少する形態となっている。なお、上越線下り方への列車より両毛線へ直通する列車の方が運行頻度は高い。横浜・東京・上野方面からの高崎線(上野東京ライン)、横浜・渋谷・新宿方面からの湘南新宿ラインは一部列車が前橋まで乗り入れるほか、当駅始終着の列車も存在する。湘南新宿ラインの列車は最長で東海道本線小田原駅まで、上野東京ラインの列車は沼津駅まで運行している。 以前は上記の各線列車が高崎駅まで運行され、当駅から高崎駅までは日中でも1時間に5往復前後の列車が運行されていた。しかし、2017年3月4日のダイヤ改正で上越線(吾妻線直通列車も含む)の一部列車が当駅発着となった上、両毛線も減便されたため、主に日中の同区間の本数が減少した。 特急列車は、上野駅 - 長野原草津口駅間の「草津・四万」、上野駅 - 水上駅間の「水上」(臨時列車)が運行している。以前は上野駅・新宿駅 - 前橋駅間の「あかぎ」「スワローあかぎ」(当時)が設定されていたが、2021年3月13日のダイヤ改正で高崎駅-前橋駅間が廃止となった(2017年3月4日のダイヤ改正までは当駅始発の「あかぎ」が設定されていた)。 利用状況JR東日本によると、2023年度(令和5年度)の1日平均乗車人員は5,464人である[利用客数 1]。 2000年度(平成12年度)以降の推移は以下のとおりである。
駅周辺前橋市の中心部とは利根川を隔てている。群馬県庁等、市の中心部へは両毛線前橋駅が最寄りだが、当駅から路線バスで行くこともできる。 駅周囲は主に住宅地となっていて、特に東口側は専門学校が、西口側は工場も多い。西口は東口と比べて裏口のような造りになっているが、通行客は少ないわけではなく、交通センター(運転免許試験場)や国道17号は西口側にある。 東口新前橋駅前交差点から東の区間に、県内初の自転車専用レーンが整備されている。
西口
バス路線一般路線バス「新前橋駅」停留所にて、以下の一般路線バスが発着する。
このほか、競輪開催時に前橋競輪場(グリーンドーム前橋)までの無料シャトルバスが東口より運行されている。 高速バス全て東口2番線で発着する(全便が日本中央バスによる運行)。 隣の駅※特急および臨時快速の隣の停車駅は、各列車記事を参照。
脚注記事本文
利用状況
参考文献
関連項目外部リンク
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