ラグナル頌歌

トールがヨルムンガンドを釣る姿。18世紀アイスランド写本NKS 1867 4to』(デンマーク王立図書館所蔵)より。

ラグナル頌歌[1](ラグナルしょうか、Ragnarsdrápa[1])とは、9世紀頃のノルウェースカルド詩人ブラギ・ボッダソン英語版によって作られたとされる、スカンディナヴィアの英雄ラグナル・ロズブロークの栄誉を讃えるスカルド詩である。『ラグナルの歌[2]ラグナルのドラパ[3]とも。

詩の全体は現存しておらず、13世紀前半にアイスランドで詩人スノッリ・ストゥルルソンによって書かれた詩の教本『エッダ』など[注 1]に、断片的に引用される形でのみ残されている。

北欧神話の物語を含んでいる数少ないスカルド詩の一つである[5]

概要

スノッリは詩の教本である『エッダ』の第2部『詩語法』の中で、ヘイティ英語版ケニング(詩で使う言い換え)の例として多数の詩句を半スタンザ~数スタンザの長さで引用している。その中に「ブラギ・ボッダソンがラグナル・ロズブロークのために作った頌歌」から引用したとする詩句があり[6][7]、これらの詩句の引用元として存在したと考えられている詩が『ラグナル頌歌』と呼ばれている。

『詩語法』では、上記の詩句の他にも、ブラギの作とされる詩句が多数引用されているが、伝統的にはそのほぼすべてが『ラグナル頌歌』の一部分ではないかと考えられてきた(詳細は#構成の節を参照)[4]

この詩には、以下の内容が含まれる。

ブラギ・ボッダソン英語版は最古の著名なスカルド詩人で、9世紀頃の人物と考えられている。ブラギはスウェーデン王ハウギのビョルン英語版のためにこの詩を作ったとされている[10]。ブラギは、ラグナルから贈られた装飾が施されたを見つつこの詩を書いたという。

ブラギ・ボッダソンの『ラグナル頌歌』は、ウールヴ・ウガソン英語版[11]の『家の頌歌』およびフヴィンのショーゾールヴ英語版[12]の『長き秋』と並び、初期北欧詩の中で3篇のみ知られているエクフラシス(詩人が絵画などを見て言葉で描写した詩)のうちの1篇とされる[4]

構成

Clunies Ross (2017a) では、以下の12詩句が『ラグナル頌歌』に含まれるとしている。第3-7スタンザ(ソルリとハムジルに関する詩句)および第8-12スタンザ(ヒャズニンガヴィーグに関する詩句)は、『詩語法』の文中で明示的に「ラグナルのための頌歌」から引用したと書かれている[4][6][7]

Clunies Ross (2017a) 谷口訳 (1983) 備考
No. 書き出し(古ノルド語原文) 章番号 頁番号 詩句番号
1 Vilið, Hrafnketill, heyra, ... 61 71-72 175 話の導入的な内容
2 Nema svát góð ... 176
3 Knátti eðr við ... 51 53-54 115 ソルリとハムジルに関する詩句
4 Flaut of set ... 116
5 Þar, svát gerðu ... 117
6 Mjǫk lét stála ... 118
7 Þat segik fall ... 119
8 Ok ofþerris æða ... 62 74-75 -[注 2] ヒャズニンガヴィーグに関する詩句
9 Bauða sú til ...
10 Letrat lýða stillir ...
11 Ok fyr hǫnd ...
12 Þá má sókn ...

トールの魚釣りに関する以下の6詩句は、Clunies Ross (2017a) では別に分けている(Clunies Ross (2017b))。

Clunies Ross (2017b) 谷口訳 (1983) 備考
No. 書き出し(古ノルド語原文) 章番号 頁番号 詩句番号
1 Þat erumk sent ... 9 13 24 オーディンの言い換えの例
2 Vaðr lá Viðris ... 11 17 42 トールの言い換えの例
3 Hamri fórsk í ... 11 18 48
4 Ok borðróins barða ... 11 19 51
5 Þás forns Litar ... 51 53 114 ヴォルスングの一族に関する章の中
6 Vildit vrǫngum ofra ... 76 103 300 「海」の言い換えの例

また以下の6詩句は上記のいずれにも含まれない断片としている(Clunies Ross (2017c))。

Clunies Ross (2017c) 谷口訳 (1983) 備考
No. 書き出し(古ノルド語原文) 章番号 頁番号 詩句番号
1 Gefjun dró frá ... 62 74-75 -[注 2] ゲフィオンに関する伝承、『ラグナル頌歌』に含められることもある[4]
2 Hinn, es varp ... 31 31-32 71 「天」の言い換えの例、シャチの眼に関する伝承
3 Vel hafið yðrum ... 11 19 52 トールの言い換えの例、巨人スリーヴァルディに関する伝承
4 Þars, sem lofðar ... - - -[注 3]
5 Eld of þák ... 41 41-42 102 「黄金」の言い換えの例
6 Þann áttak vin ... 45 45 111 「黄金」の言い換えの例

脚注

注釈

  1. ^ 他に、『第四文法論文』に、『詩語法』に含まれるものと同じ1スタンザだが、含まれている例がある[4]
  2. ^ a b 『ラグナル頌歌』の第8-12スタンザ、およびその後に続くゲフィオンに関する1スタンザについては、谷口訳 (1983)では pp. 74-75 あたり(ヒャズニンガヴィーグに関する説明の後)にあるはずだが、底本の違いか訳し漏れか、記載されていない。 Anthony Faulkes による校訂版(Faulkes (1998), pp. 72–73)や英語訳(Faulkes (1995), pp. 123–124)では記載されている。
  3. ^ 『詩語法』ではなく、写本 A (AM 748 I b 4°), W (AM 242 fol) の『第三文法論文』に収録されている(Clunies Ross (2017c))。

出典

  1. ^ a b 伊藤訳「原典資料」p.110 の表記。
  2. ^ 山室・米原訳『北欧神話物語』p.305 の表記。
  3. ^ 山室・米原訳『北欧神話物語』p.314 の表記。
  4. ^ a b c d e Clunies Ross 2017a, introduction.
  5. ^ マッキネル「原典資料」p.110。
  6. ^ a b 谷口訳 1983, pp. 53, 75(第51章、第62章)
  7. ^ a b Faulkes 1998, pp. 50, 72(第42章、第50章)
  8. ^ 『北欧神話物語』p.305。
  9. ^ 『北欧神話物語』pp.313-314。
  10. ^ LoveToKnow 1911 - Sweden - ウェイバックマシン(2006年5月16日アーカイブ分)
  11. ^ 「ウールヴ・ウガソン」の表記は谷口訳 (1983), p. 20 などにみられる。
  12. ^ 「フヴィンのショーゾールヴ」の表記は谷口訳 (1983), p. 27 などにみられる。

出典

外部リンク