1990年ハンガリーグランプリ
1990年ハンガリーグランプリ(洪: 1990-es magyar nagydíj)は、1990年F1世界選手権の第10戦として、1990年8月12日にハンガロリンクで決勝レースが開催された。 概要社会主義国家でのF1初開催となった1986年から5年目を数え、前年の民主化運動によって新体制となったハンガリー共和国でのグランプリ開催となった。 1987年よりロータスのメインスポンサーを務めてきたキャメルが記者会見を開き、1991年よりベネトンとウィリアムズのスポンサーになることを発表した。名門ロータスは来期に向けて、存続の危機に立たされることになる。 予選ウィリアムズのベテラン、ティエリー・ブーツェンがF1出走115戦目で初めてポールポジションを獲得。2位はリカルド・パトレーゼで、ウィリアムズ勢がフロントローを独占した。 2台とも予選落ちしたモンティベルディ(オニクス)はこのレースを最後に撤退し、チームは消滅した。 予備予選結果
予選結果
決勝ホームストレートのレコードライン上にある奇数グリッドの車の方が良いスタートを切り、3番グリッドのベルガーがPPのブーツェンに並びかけたが、ブーツェンが首位を守った。セナはマンセルとアレジに抜かれて6位に後退した。 序盤はブーツェン、ベルガー、パトレーゼ、マンセルが先頭集団となり、10秒遅れてアレジ、セナ、ナニーニ、ピケ、プロストが続く展開。アレジに前を塞がれていたセナは21周目にようやくパスしたが、タイヤの異常を感じてピットインし、再び10位に後退する。抜きどころの少ないコース上でブーツェン対ベルガー、パトレーゼ対マンセルの我慢比べが続く間に、5位ナニーニがマンセルの背後に迫った。 37周目、8位のアレジが周回遅れのマルティニと絡んでリタイア。さらに7位のプロストがギアボックストラブルにより最終コーナーでスピンし、シリーズチャンピオン争いにおいて痛手となるリタイアを喫した。一方、セナはフレッシュタイヤを履いて急速なペースで挽回し、先頭集団に追いついてきた。 レース終盤に差しかかり、上位に動きが生じる。
これで先頭ブーツェンからナニーニ、セナ、マンセル、ベルガーまでの5台が一列縦隊の「トレイン」になり、周回遅れをかわしながら緊迫した優勝争いを展開した。
潰し合いを生き残ったセナはブーツェンにプレッシャーをかけたが、ブーツェンは消耗したタイヤで堅実に走り切り、通算3勝目をポール・トゥ・ウィンで飾った。 決勝結果
レース後の選手権順位
脚注
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