青山剛昌
青山 剛昌(あおやま ごうしょう、1963年〈昭和38年〉6月21日[2] - )は、日本の漫画家。血液型はB型。鳥取県東伯郡大栄町(現・北栄町)出身[2]。鳥取県立由良育英高等学校[3][注 1]、日本大学藝術学部美術学科絵画コース卒[2]。 代表作の『名探偵コナン』と『YAIBA』は、それぞれ小学館漫画賞を受賞し、テレビアニメ化やコンピュータゲーム化がされている。特に『名探偵コナン』は、連載が30年続いており、劇場アニメ化、テレビドラマ化もされている(2021年に発行部数が2億7000万冊を突破)。ほかに、『まじっく快斗』『4番サード』などの作品がある。 来歴生い立ち1963年、鳥取県大栄町(現・北栄町)に4人兄弟の次男として生まれる[4][5]。子供のころから漫画が好きで描いてはいたが親に叱られるためこっそり描いていた[6]。北栄町立大栄小学校を卒業[3]。小学生の時の卒業文集に「私立探偵専門の漫画家になりたい」と書いており、青山剛昌ふるさと館に展示されているが[7]、本人はそのことを覚えていなかったと発言している[6]。北栄町立大栄中学校時代、民藝運動に関わる染織家で美術教師の吉田たすくから絵を褒められ、「やりたいことがあったらそれをやったらいいよ」と薦められ、美術関係の道を考えるようになった[8]。鳥取県立由良育英高等学校を卒業した後、漠然と美術教師を目指して日本大学芸術学部へ進学する[3][6]。剣道少年であり、部活動は小中高とずっと剣道部に在籍していたが、アニメーターに憧れて高2から美術部に入った[9]。 大学時代とデビュー大学時代は漫画研究部「熱血漫画根性会」に所属[10]。元々はアニメーターを志望していたが[11]、漫研の先輩である矢野博之にアニメーターよりも、漫画家のほうが儲かると言われ、漫画家を目指すことになる[12]。 ちばてつやの大ファンであり、『おれは鉄兵』が好きだったことから『週刊少年マガジン』に持ち込み、佳作をもらい、担当編集者とも上手く行っていたが、ある時、編集長から「青山くんの絵が気に食わない」「このまま『マガジン』でやるなら絵柄を変えたほうがいい」と担当経由で伝えられ、『マガジン』でやっていくことを断念[12][13]。 その後、講談社を出て、持ち込み先を選ぶために近くの本屋へ雑誌を探しに行き、その場にあった『週刊少年サンデー』を見たことやあだち充のファンで絵が可愛いこともあり、編集部へ連絡し、その足で原稿を持ち込んだ[13][14]。この時に原稿を見てくれた編集者の世話になり、1986年、『ちょっとまってて』で小学館新人コミック大賞に入選し、同作でデビューした[13]。 それを機に就職活動はせず、生活費は『ひらけ!ポンキッキ』の背景を描くアルバイトをしたり新人賞の賞金を使ったりして、半年間は頻繁にネームを編集者へ持って行った[6][15]。 デビュー後1987年に、『週刊少年サンデー』増刊号で『まじっく快斗』の連載を開始。 1988年には、『週刊少年サンデー』でチャンバラアクション漫画『YAIBA』の連載を開始する。これが人気作となり初の長期連載となって、1993年に『YAIBA』で第38回小学館漫画賞・児童部門を受賞。その後、『剣勇伝説YAIBA』としてテレビアニメ化される。 1994年(平成6年)、『週刊少年サンデー』で『名探偵コナン』の連載を開始する。これはサンデー編集部から、「『マガジン』で『金田一』がヒットしているので、『サンデー』でも推理モノのマンガをやってほしい。」と打診されたのを受けて描き始めたものだった。この経緯から青山自身はコナンの開始当初あまり乗り気ではなく、ネタ的に続かないため3か月程度で終わるだろうと思っていた[16]。 2000年代以降2005年、高山みなみと結婚、2007年に離婚。 2007年3月18日には出身地である鳥取県北栄町の道の駅大栄に青山剛昌ふるさと館が開館した[17]。 2017年、画業30周年を記念して『青山剛昌 30周年本』が発売された[18]。また石ノ森萬画館で名探偵コナン原画展が開催された[19]。12月13日、療養と充電のため、『名探偵コナン』の再開時期未定の長期休載が、『週刊少年サンデー』第3・4合併号で発表された[20]。2018年4月に連載を再開した[21]。「NEWS ZERO」にVTR出演した際には4か月の休養については編集部の意図であり、青山本人は「病床に伏せっていたわけではない」と述べている[22]。 2022年には小学館、集英社という出版社の垣根を越えて週刊少年ジャンプの代表作家である尾田栄一郎とのコラボレーションと対談が実現している[23][24]。 年譜
人物
2005年5月5日に声優の高山みなみと結婚[26][27]。青山自身の作品『YAIBA』の主人公・鉄刃(くろがねやいば)役や、『名探偵コナン』の主人公・江戸川コナン役として出演しており、それがきっかけとなった。愛猫は結婚祝いにアシスタント達から贈られたロシアンブルーのカイト[注 2]。その後、2007年12月10日に離婚したことが報じられた[29]。 2002年に『名探偵コナン』の制作は1つのエピソードが描き終わると仮眠、起きるとその日のうちに編集者と次の話作りに取りかかり結末まで一気に3、4話を打ち合わせ、3日間でネームを仕上げ、再び打ち合わせ、そして4日間でペン入れと仕上げという1週間の流れで原稿を完成させており、睡眠するときくらいしか休みはなく休載時に旅行へ出かけてもコナンのことを考えて完全な休みはないと話している[14][30]。「結婚するとこの生活が続けられない」と質問されたのに対して結婚するとペースを維持できないと肯定しており、上の人から何を言われても勝手にさせてもらわないとやらないと言ったこともあり、生活も作品も好き勝手にやっているから続けていけるんだろうと語っていた[31]。 4人兄弟の次男で、兄は科学者、1つ下の弟は実家を継いでエンジニア、1番下の弟が米子市の病院に勤務する医師。科学的なことは兄に聞き、アニメにも詳しいことから登場人物の声優は誰がいいか助言を受けたり、死亡推定時刻などは医師である弟に聞き、もう1人の弟から車関係のことを聞いている[32]。また、従兄弟の一人に小学校教員がおり、県警の警視であるアシスタントの義父も合わせて、コナンを描くときのアドバイスを貰っているとのこと[9]。従兄弟の一人にはお笑いコンビ・オキシジェンの田中知史がいる[33]。
作風「(主人公やヒロインの精神年齢に対する)肉体の年齢が、ある日突然大きく狂わされる」または「肉体の年齢を飛び越える」というモチーフを多く使用している。例えば、年上の恋人と同い年になるためにタイムスリップを試みる少年を描いたデビュー作『ちょっとまってて』、桜が起こした奇跡で青年の姿に若返った老剣士が、つかの間蘇った青春を楽しむ活劇『プレイ イット アゲイン』、永遠の命をもたらす伝説の宝石を追う組織に父親を殺害された高校生が、組織の野望を砕くために二代目怪盗として活躍する『まじっく快斗』、若い娘の生気を吸い老婆に変える宇宙人の女王によってヒロインが老婆の姿にされる『YAIBA』かぐや編、名探偵として名を馳せた高校生が未完成の毒薬の作用で小学1年生相当の姿に若返り、探偵としての地位や証言能力を失った状態で正体を隠したまま組織を追うため、奇想天外な秘密道具の行使や幼馴染の父を影武者に仕立て上げる事で子供姿のまま探偵稼業を続ける『名探偵コナン』など。 以前は作品が完結しないで連載・執筆を終えることもあった。しかし『名探偵コナン』の最終回のプロットは、作者自身の頭の中ですでに出来上がっていると話している[44]。その後2019年4月24日に放送された『1周回って知らない話』にゲスト出演した際には最終回のオチが本格的に決まったことを明かしている[45]。 アニメーター志望であったこともあり[11]、『剣勇伝説YAIBA』の最終回や『名探偵コナン』の劇場版、2019年1月12日放送の新春・連載1000回記念2週連続1時間スペシャル『紅の修学旅行(恋紅編)』では、原画や絵コンテをはじめ、ゲストキャラクターのデザインや脚本の監修など(いずれも一部)、積極的に関わっている。原画は、主にクライマックスなど、キャラクターの見せ場となるシーンを担当している。 絵の特徴の一つである目のハイライトの入れ方のルーツは、大学1年の時にハマっていた『戦闘メカ ザブングル』のキャラの瞳であり、通称「ネジ目」と呼ばれる虹彩のない瞳に1本のハイライトが入ったデザインを変化させ、もっとキラキラさせたのが最初とのこと。また、光の入れ方には「目線の逆方向に入れる」という法則がある[9]。この特徴的な目の描き方について「これは発明した!」と答えている[36]。 作品一覧
原作担当漫画
書籍情報少年サンデーコミックス
少年サンデーコミックス スペシャル
少年サンデーコミックス ワイド版
少年サンデーブックス
小学館文庫
その他の参加作品
テレビ・ラジオ出演
脚注注釈出典
参考文献
外部リンク |