悲しみは雪のように
「悲しみは雪のように」(かなしみはゆきのように)は、浜田省吾の楽曲。1981年11月21日に14枚目のシングルとして発売され、1992年にフジテレビ系テレビドラマ『愛という名のもとに』の主題歌として起用された[1][2][3]のを機にアレンジを大幅に変更して、同年2月1日に23枚目のシングルとして発売された。 概要1981年9月21日発売アルバム『愛の世代の前に』収録後、翌1982年1月の日本武道館公演に向けてシングルカットされた。 1981年にEPレコードとして発表されたものは、アルバム収録のテイクとはボーカルやコーラスアレンジ、ミックスが異なっており、表記にはないが厳密には"シングル・レコード・ヴァージョン"といえる。 そのため、後述のシングル・ヴァージョンと合わせて、同曲名で2種類のシングル・ヴァージョンが存在することになる。これはデビュー・シングル「路地裏の少年」でも同様のパターンである。 浜田の母親が脳閉塞[注 1]という病に倒れ意識不明の重体になった際、深い悲しみと絶望に暮れながらも、ふと人に対して優しい気持ちになれた、というエピソードを基にして書かれている[2]。母親は一命を取り留め、半身不随となったが2020年現在も、健在である。 歌詞の世界観は、浜田が敬愛する詩人・吉野弘の「雪の日に」をモチーフにしている。2007年11月27日の酒田市民会館のライブでは、吉野の地元ということもあって「雪の日に」を朗読。続けて本作を弾き語りで披露した。 収録曲
悲しみは雪のように(Single Version)
概要1988年に発売された「BREATHLESS LOVE」以来、約4年ぶりのシングルとなる。 1992年のフジテレビ系テレビドラマ『愛という名のもとに』の主題歌として起用され[1]、アレンジを大幅に変更してリメイク。ドラマタイトルにもなった挿入歌「愛という名のもとに」[注 2]とのカップリングで発売された。 浜田は「スタッフからは新曲を依頼されたが、内容を聞いて『このドラマの主題歌にするならこの歌しかない』と思った」と、語っている[4]。レコーディングは1991年9月1日アルバム『EDGE OF THE KNIFE』制作時に同時に行われた。当時のアルバム発売インタビューで浜田が、「アルバムの10曲以外に、あと1曲レコーディングした」と答えている。 基本的に浜田自身はタイアップをやることに否定的だが、フジテレビ側の幾度に渡る熱心な交渉により、この主題歌起用が実現した[2]。ドラマの劇中でも浜田の楽曲が多数流され、大々的に浜田をフィーチャーした内容だった。このドラマがきっかけで“浜省ブーム”が起こり、過去の数多のアルバムが多数チャートインした。 イントロがポリスのヒット曲「見つめていたい」と似ているが、浜田本人のイメージはジュード・コールというアーティストの作品で、その曲をアレンジャーの星勝に聴かせ「こういう感じにしたい」と依頼した[2]。 2005年3月24日[5]と2021年6月23日[6]に、マキシシングルとしてリサイズされ復刻された。 記録発売当時はトレンディドラマの全盛期で、主題歌からヒット曲が生まれるという図式が確立されており、同ドラマが社会現象にまでなったこともあり[3]、浜田としては初のオリコン・シングルチャート第1位を獲得したシングルとなった。過去にアルバムで1位を獲得したことがあるが、シングルはトップ10すらランクインしなかった。 チャート初登場から2週連続1位を記録。3週目でとんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」に1位を奪われたが、4週目で1位に返り咲き、そこから8週連続1位をキープ。通算10週に渡り1位を獲得し、累計売上170.3万枚(オリコン調べ)の大ヒットとなった。シングル売上歴代第47位(2010年時点・オリコン調べ)。通算10週の1位獲得は歴代9位の記録である[注 3]。結果的に、浜田のシングルとしては過去最大のヒットとなり、現在でも音楽番組などで浜田を紹介する際は大抵本作が流される。「浜田省吾は知らないが、この曲は知っている」という人も多く見受けられる。アレンジを担当した星勝は「この曲が発表から40年以上経っても愛され続けているのは、彼自身がずっと走り続けてきたことも大きいはずです」などと評している[2]。 その他最大のヒット曲ながら、ライブではセットリストから外すこともあり[2]、期待したファンから「『悲しみ』やりませんでしたね」とガッカリされることもある[2]。歌った場合はサビの「誰もが」の後「ウォウウォウ」と会場が一体となって声を合わせる[2]。 収録曲
参加ミュージシャン
カバー
脚注注釈出典
外部リンク
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