勇知駅(ゆうちえき)は、北海道稚内市抜海村字上勇知にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。電報略号はユチ。事務管理コードは▲121848[2]。駅番号はW77。
歴史
駅名の由来
当駅の所在する地域名(字名)より。地域名は、アイヌ語の「イオッイ(イオチ)〔i-ot-i(i-otci)〕」〔それ(=蛇)・多くいる・ところ〕に由来する[8]。
駅構造
単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の東側(稚内方面に向かって右手側、旧2番線)に存在する[9]。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能駅で、駅舎側(東側)が上りの2番線、対向ホームが下りの1番線となっていた。ほかに1番線側に稚内方から分岐した側線を1本有していた[10]。当時、互いのホームは駅舎側ホーム中央と対向ホーム北側を結んだ構内踏切で連絡していた[10]。
稚内駅管理の無人駅。開業時からの駅舎は改築され、ヨ3500形[11]車掌車を改造した貨車駅舎となっている。駅舎は構内の東側に位置し、ホームに接している。駅舎内にトイレを有する[12]。
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外壁改修前の駅舎(2005年5月)
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ホーム(2017年10月)
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駅名標(2017年10月)
利用状況
乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。
また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
年度
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乗車人員
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出典
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備考
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年間
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1日平均
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JR調査
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1935年(昭和10年)
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9,760
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(26.7)
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[13]
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1949年(昭和24年)
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37,134
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(101.7)
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1968年(昭和43年)
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52,438
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(143.7)
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[14]
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1970年(昭和45年)
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43,236
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(118.5)
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1975年(昭和50年)
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26,956
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(73.9)
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1978年(昭和53年)
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63
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[15]
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1980年(昭和55年)
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20,248
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(55.5)
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[14]
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1981年(昭和56年)
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(28.0)
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[10]
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乗降人員56人
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1992年(平成04年)
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(22.0)
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[9]
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乗降人員44人
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2011年(平成23年)
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(0.0)
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[16]
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乗降人員0人
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2012年(平成24年)
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(1.0)
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乗降人員2人
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2013年(平成25年)
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(1.0)
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乗降人員2人
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2014年(平成26年)
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(2.0)
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乗降人員4人
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2015年(平成27年)
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10名以下
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[JR北 2]
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2016年(平成28年)
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3.6
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[JR北 3]
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2017年(平成29年)
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3.0
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[JR北 4]
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2018年(平成30年)
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3.8
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[JR北 5]
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2019年(令和元年)
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4.0
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[JR北 6]
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2020年(令和02年)
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3.8
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[JR北 7]
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2021年(令和03年)
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4.4
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[JR北 8]
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2022年(令和04年)
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4.4
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[JR北 9]
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2023年(令和05年)
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3.0
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[JR北 10]
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駅周辺
小さな集落が広がる。
- 市立稚内病院附属上勇知診療所
- 稚内警察署勇知駐在所
- 勇知郵便局
- 上勇知ふるさと資料館(稚内市立上勇知小・中学校の廃校舎を活用)
- 悠遊ファーム(観光農園)
- あとりえ華 画家高橋英生のアトリエ・カフェ
- 六花丘茶寮(レストラン・ギャラリー)
- 勇知川
簡易軌道勇知線
かつて当駅裏から勇知川河口の下勇知地区へ、簡易軌道勇知線が運行されていた。勇知駅前 - 下勇知間9.8km。動力は馬力で、農業開発が目的であった[17]。
歴史
隣の駅
- 北海道旅客鉄道(JR北海道)
- ■宗谷本線
- 兜沼駅 (W76) - 勇知駅 (W77) - 抜海駅 (W78)
脚注
注釈
出典
JR北海道
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
勇知駅に関連するカテゴリがあります。
外部リンク