リカルド・クアレスマ

リカルド・クアレスマ
ポルトガル代表でのクアレスマ(2017年)
名前
本名 リカルド・アンドラーデ・クアレスマ・ベルナルド
Ricardo Andrade Quaresma Bernardo
愛称 ハリー・ポッター、マスタング
スィガーノ
ラテン文字 Ricardo Quaresma
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1983-09-26) 1983年9月26日(41歳)
出身地 リスボン
身長 173cm
体重 67kg
選手情報
ポジション MF / FW
利き足 右足
ユース
1997-2001 ポルトガルの旗 スポルティングCP
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2003 ポルトガルの旗 スポルティングCP 59 (8)
2003-2004 スペインの旗 バルセロナ 22 (1)
2004-2008 ポルトガルの旗 ポルト 114 (24)
2008-2010 イタリアの旗 インテル・ミラノ 24 (1)
2009 イングランドの旗 チェルシー (loan) 4 (0)
2010-2012 トルコの旗 ベシクタシュ 46 (18)
2013 アラブ首長国連邦の旗 アル・アハリ 10 (2)
2014-2015 ポルトガルの旗 ポルト 42 (10)
2015-2019 トルコの旗 ベシクタシュ 181 (20)
2019-2020 トルコの旗 カスムパシャSK 26 (4)
2020-2022 ポルトガルの旗 ヴィトーリアSC 51 (6)
代表歴2
2000  ポルトガル U-17 5 (2)
2000-2001 ポルトガルの旗 ポルトガル U-19 4 (0)
2002-2006 ポルトガルの旗 ポルトガル U-21 22 (7)
2003-2018 ポルトガルの旗 ポルトガル 80 (10)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年8月26日現在。
2. 2018年7月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

リカルド・アンドラーデ・クアレスマ・ベルナルドRicardo Andrade Quaresma Bernardo, 1983年9月26日 - )は、ポルトガルリスボン出身のサッカー選手。元ポルトガル代表。ポジションはミッドフィールダーで主に左右のサイドミッドフィールダーとしてプレーしている。ポルトガルでの発音はクァレズマかクァレジュマに近い。

優れたプレーヤーを輩出してきたスポルティングCPのアカデミーの出身であり、先輩にルイス・フィーゴ、後輩にクリスティアーノ・ロナウドナニらがいる。

経歴

クラブ

ポルトガルの首都・リスボンにて生まれる[1]。スポルティングCPのアカデミーに練習生として加入し、17歳であった2001-02シーズンの開幕を前に、当時の監督のラースロー・ベレニの采配によってトップチームに昇格。 一部リーグで28試合に出場して3得点を挙げ、チームの二冠達成に貢献した[2][3]

2003年、クアレスマは600万ユーロの年収とファビオ・ロッケンバックとのトレードでスペインの名門・FCバルセロナに引き抜かれた[4]。バルセロナでの1年目は10試合に先発出場・12試合に途中出場し、5-0で勝利したホームでのアルバセテ・バロンピエ戦で得点を記録した[5]

しかし2003-04シーズン最終週で足の甲を骨折し、噂されていたUEFA EURO 2004とU-21欧州選手権の両方に欠場することを余儀なくされた[6]。また監督のフランク・ライカールトとの確執も生じ、ライカールト指揮下のチームではプレーしないと公に宣言するまでに至った[7]

シーズンの終了後、クアレスマはポルトガル代表のデコと入れ替わる形で、ポルトガルの名門であるFCポルトに移籍した[2][8]。2004-05シーズンはSLベンフィカとのスーパーカップにて唯一となる得点を挙げ、勝利に貢献するなど順調なスタートを切る[9]。また試合は2対1で敗北したものの、UEFAスーパーカップのバレンシアCF戦でも得点を挙げた[10]

初のシーズンでは32試合に出場し5得点を挙げ、リーグ2位に貢献した。翌2005-06シーズンには、ドリブルだけではなくクロスから多くの好機を演出しリーグのアシスト王となり、29試合に出場してリーグとカップの二冠に大きく貢献した。活躍が代表監督・ルイス・フェリペ・スコラーリの目に止まり、2006 FIFAワールドカップの予選で招集を受け試合にも出場するものの、本大会のメンバー入りはならなかった。[要出典]

2006-07シーズンにはリーグ2連覇を達成した。自身も26試合に出場し6得点を記録し年間最優秀選手を受賞。技術的にも精神的にも成長を見せ、代表も継続的に呼ばれるようになり、左右のウイングとして先発出場も増えた。シーズンオフにはリーガ・エスパニョーラアトレティコ・マドリードや、プレミアリーグリヴァプールFCといったビッグクラブへの移籍も噂されたが残留し、リーグ3連覇とチャンピオンズ・リーグでの躍進を目指す事となった。[要出典]

インテル時代のクアレスマ(2009年)

2008年8月に移籍期限ぎりぎりでイタリアの強豪インテルに1860万ユーロという高額な移籍金、加えてペレのトレードという事で加入した[11][12]。「ビッググラブでプレーしたい」という本人の希望に加え、インテル監督に就任したジョゼ・モウリーニョが強く求めていた選手の1人であった。デビュー戦のホームでのカルチョ・カターニア戦では、トレードマークのカーブシュートで得点を記録し、2対1での勝利に貢献した[13]。しかしこのシーズンは先発11試合の出場に留まり、さらに監督のモウリーニョも「クアレスマは素晴らしい選手だが、イブラヒモビッチはさらに素晴らしい働きをしてくれる[14][15]」と語るなど、同じポジションのイブラヒモビッチに活躍を譲る事となる。シーズン終了後には、ラジオ局のリスナーが選ぶイタリア年間最悪選手賞である「金のバケツ賞」を受賞してしまい[16]、その後はチャンピオンズリーグの登録メンバーからも外れる等、イタリアでの挑戦は散々な結果となってしまった。

2009年2月冬の移籍市場で期限ギリギリでチェルシーFCレンタル移籍[6][17]し、5日後のホームでのハル・シティ戦で初出場を果たし、試合は0-0の引き分けに終わった[18]。また3月7日のFAカップ6回戦のコベントリー・シティ戦では、アレックスへのクロスを送り得点をアシストした。当時クアレスマは「インテルにいたときはあまり自信がなかった。良いプレーができなかったし、満足していなかった。でも、チェルシーに来てからは自信を取り戻す事ができた。インテルでは味わえなかった喜びが、僕に戻ってきた。」と語っている[19]。 シーズン終了後、インテル側はジェノアへの放出を検討する[20]が本人が拒否し、インテルに復帰した[21]。復帰後は引退した同じくポルトガル出身のレジェンドであった、ルイス・フィーゴが付けていた背番号7番を引き継いだ[22]。だがチームは三冠を達成したものの、自身はわずか13試合の出場に終わった[23][24]

ベジクタシュで2011年のUEFAヨーロッパリーグに出場するクアレスマ

2010年6月13日、トルコのベシクタシュJKに移籍した[25]。UEFAヨーロッパリーグ予選第3ラウンドのプルゼニ戦で加入後初ゴールを決めた[26]他、トルコカップ決勝のイスタンブール・バシャクシェヒルFK戦では33分に先制ゴールを決め、チームもPK戦の末に4対3で勝利し、試合後には決勝戦のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた[27]

2011年4月25日の試合では、クアレスマはチームメイトのニハト・カフヴェジと試合中に口論を起こしたが、チームメイトの仲裁により和解した[28]。また3対1で敗れた3月8日のヨーロッパリーグのラウンド16の1stレグのアトレティコ・マドリード戦では、ハーフタイムでイスマイル・コイバシュとの交代を指示された事で、ドレッシングルームで監督のカルロス・カルヴァリャルと口論となり、「俺がいなけりゃアンタもここにはいなかっただろう」と口にし、水筒を投げつけたと報じられた[29]。この一件でクラブからは無期限の出場停止処分を受け、契約満了を6か月残して契約を解除した[30][31]

2013年1月にUAEリーグアル・アハリに加入した[32][33]。しかし、2013年5月に契約を解除した。

アル・アハリ退団後、無所属の状態が続いていたが、2014年1月1日、5年半ぶりにポルトに復帰した[34]

2015年7月、ベシクタシュに復帰した。

2019年8月29日、カスムパシャSKへの完全移籍が発表された[35]。2019-20シーズンはリーグ戦27試合に出場し4ゴールを挙げた[36]。2020年7月29日、カスムパシャを退団することが発表された[36]

2020年9月7日、ヴィトーリアSCに移籍した[37]

代表

代表では、2003年にデビューを飾ると、以降徐々に出番を得た。2007年からはコンスタントに出場してUEFA欧州選手権に3大会連続で出場するなど、代表に定着した。EURO 2016では、ラウンド16のクロアチア戦で決勝ゴールを挙げる[38]など、ポルトガル代表の初優勝に貢献した。FIFAワールドカップには2018年のロシア大会に34歳で初出場を果たすと、グループリーグ第3戦のイラン戦で1得点を挙げている。

人物・エピソード

個人成績

クラブ

クラブ リーグ カップ リーグカップ 国際大会 その他 通算
クラブ シーズン リーグ 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ポルトガル リーグ タッサ・デ・ポルトガル タッサ・ダ・リーガ ヨーロッパ その他 通算
スポルティングCP 2001-02 スーペル・リーガ 28 3 6 2 - - 2 0 - - 36 5
2002-03 31 5 2 0 - - 4 0 1 0 38 5
通算 59 8 8 2 0 0 6 0 1 0 74 10
スペイン リーグ コパ・デル・レイ スーペルコパ・デ・エスパーニャ ヨーロッパ その他 通算
バルセロナ 2003-04 リーガ・エスパニョーラ 22 1 2 0 - - 4 0 - - 26 1
通算 22 1 2 0 0 0 4 0 0 0 28 1
ポルトガル リーグ タッサ・デ・ポルトガル タッサ・ダ・リーガ ヨーロッパ その他 通算
ポルト 2004-05 スーペル・リーガ 32 5 1 0 - - 8 0 1 1 42 6
2005-06 29 5 4 0 - - 6 0 - - 39 5
2006-07 26 6 1 0 - - 8 2 1 0 36 8
2007-08 27 8 3 1 - - 8 2 1 0 39 11
通算 114 24 9 1 0 0 30 4 3 1 156 30
イタリア リーグ コッパ・イタリア - ヨーロッパ その他 通算
インテル 2008-09 セリエA 13 1 0 0 0 0 6 0 - - 19 1
2009-10 11 0 0 0 0 0 2 0 - - 13 0
通算 24 1 0 0 0 0 8 0 0 0 32 1
イングランド リーグ FAカップ リーグカップ ヨーロッパ その他 通算
チェルシー 2008-09 プレミアリーグ 4 0 1 0 0 0 0 0 - - 5 0
通算 4 0 1 0 0 0 0 0 0 0 5 0
トルコ リーグ テュルキエ・クパス - ヨーロッパ その他 通算
ベシクタシュ 2010-11 スュペル・リグ 21 3 8 3 - - 10 5 - - 39 11
2011-12 25 5 1 0 - - 8 2 - - 34 7
通算 46 8 9 3 0 0 18 7 0 0 73 18
UAE リーグ UAEプレジデントカップ リーグカップ ヨーロッパ その他 通算
アル・アハリ 2012-13 UAEプロリーグ 10 2 1 1 - - - 11 3
通算 10 2 1 1 0 0 0 0 0 0 11 3
ポルトガル リーグ タッサ・デ・ポルトガル タッサ・ダ・リーガ ヨーロッパ その他 通算
ポルト 2013-14 スーペル・リーガ 12 4 3 1 3 1 6 4 - 24 10
2014-15 30 6 0 0 3 1 10 3 - 43 10
通算 42 10 3 1 6 2 16 7 0 0 67 20
トルコ リーグ テュルキエ・クパス - ヨーロッパ その他 通算
ベシクタシュ 2015-16 スュペル・リグ 26 4 5 0 - 6 1 - 37 5
通算 26 4 5 0 0 0 6 1 0 0 37 5
通算 ポルトガル 215 42 20 4 6 2 52 11 4 1 297 60
スペイン 22 1 2 0 - - 4 0 - - 28 1
イタリア 24 1 0 0 0 0 8 0 0 0 32 1
イングランド 4 0 1 0 0 0 0 0 0 0 5 0
トルコ 72 12 14 3 0 0 24 8 0 0 110 23
UAE 10 2 1 1 0 0 0 0 0 0 11 3
総通算 347 58 40 8 6 2 88 19 4 1 486 87

代表歴

ポルトガル代表でプレーするクアレスマ

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 80試合 10得点(2003年-2018年)[39]


ポルトガル代表国際Aマッチ
出場得点
2003 1 0
2004 1 0
2005 2 0
2006 2 0
2007 12 1
2008 7 2
2009 0 0
2010 2 0
2011 5 0
2012 3 0
2013 0 0
2014 4 1
2015 6 0
2016 17 4
2017 10 1
2018 8 1
通算 80 10

得点

# 開催日 会場 対戦国 スコア 結果 大会
1. 2007年3月24日 ポルトガルの旗 リスボンエスタディオ・ジョゼ・アルヴァラーデ  ベルギー 3-0 4-0 UEFA EURO 2008予選
2. 2008年2月6日 スイスの旗 チューリッヒレッツィグルンド  イタリア 2-1 3–1 親善試合
3. 2008年6月11日 スイスの旗 ジュネーヴスタッド・ドゥ・ジュネーヴ  チェコ 1-3 1-3 UEFA EURO 2008
4. 2014年10月11日 フランスの旗 サン=ドニスタッド・ド・フランス  フランス 2-1 2–1 親善試合
5. 2016年5月29日 ポルトガルの旗 ポルトエスタディオ・ド・ドラゴン  ノルウェー 1-0 3-0
6. 2016年6月8日 ポルトガルの旗 リスボン、エスタディオ・ダ・ルス  エストニア 2-0 7-0
7. 6-0
8. 2016年6月25日 フランスの旗 ランススタッド・フェリックス・ボラール  クロアチア 0-1 0-1
(延長)
UEFA EURO 2016
9. 2017年6月18日 ロシアの旗 カザンカザン・アリーナ  メキシコ 1-0 2-2 FIFAコンフェデレーションズカップ2017
10. 2018年6月25日 ロシアの旗 サランスクモルドヴィア・アリーナ  イラン 0-1 1-1 2018 FIFAワールドカップ

タイトル

ポルトガル代表
個人
  • ポルトガル最優秀選手賞 : 2 (2005, 2006)
  • ポルトガル・ゴールデンボール : 1 (2007)
  • ビドーネ・ドーロ : 1 (2008)

脚注

  1. ^ Rei da trivela, Quaresma fracassou no Barcelona e sofreu com preconceito por ser cigano” [King of trivela, Quaresma failed at Barcelona and fought prejudice for being gypsy] (ポルトガル語). ESPN (25 June 2018). 14 March 2022閲覧。
  2. ^ a b Porto seal Quaresma deal”. UEFA (6 July 2004). 29 June 2018閲覧。
  3. ^ Palma, Tiago (13 June 2016). “Quaresma. As sete (ou oito, ou nove) vidas de um desalinhado com pernas tortas [Quaresma. The seven (or eight, or nine) lives of a misfit with crooked legs]” (ポルトガル語). Observador. https://observador.pt/2016/06/13/quaresma-as-sete-vidas-de-um-desalinhado-com-pernas-tortas/ 6 August 2018閲覧。 
  4. ^ Higham, Paul (18 July 2003). “Barca seal Quaresma swoop”. Sky Sports. 3 February 2010閲覧。
  5. ^ Piñol, Àngels (2 February 2004). “Una goleada balsámica [Therapeutic rout]” (スペイン語). El País. https://elpais.com/diario/2004/02/02/deportes/1075676407_850215.html 6 August 2018閲覧。 
  6. ^ a b Quaresma signs on loan”. Chelsea F.C (2 February 2009). 26 February 2009時点のオリジナルよりアーカイブ。24 April 2013閲覧。
  7. ^ Acedo, Francisco (2004年). “Quaresma in Barca quit threat”. Sky Sports. 24 April 2013閲覧。
  8. ^ Facto relevante” [Relevant fact] (ポルトガル語). FC Porto (6 July 2004). 5 December 2010時点のオリジナルよりアーカイブ。17 April 2009閲覧。
  9. ^ “FC Porto-Benfica, 1–0: Dragão ganha primeira taça de futebol de praia [FC Porto-Benfica, 1–0: Dragon wins first beach soccer cup]” (ポルトガル語). Record. (21 August 2004). https://www.record.pt/futebol/futebol-nacional/liga-nos/fc-porto/detalhe/fc-porto-benfica-1-0-dragao-ganha-primeira-taca-de-futebol-de-praia.html 6 August 2018閲覧。 
  10. ^ 2004: Baraja brings joy to Valencia”. UEFA. 21 May 2014閲覧。
  11. ^ インテル、ポルトガル代表MFクアレスマを獲得”. ゲキサカ. 2021年10月3日閲覧。
  12. ^ Quaresma completes Inter switch”. Inter Milan (2008年9月1日). 2012年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月1日閲覧。
  13. ^ “Prima vittoria dell'Inter di Muorinho〔ママ〕 – Sconfitto il Catania, ma che fatica [First win for Mourinho's Inter – Catania beaten, but what an effort]” (イタリア語). La Repubblica. (13 September 2008). http://www.repubblica.it/2008/09/sezioni/sport/calcio/serie_a/giornata-2/inter-catania/inter-catania.html 6 August 2018閲覧。 
  14. ^ Mourinho: A deserved victory”. Inter Milan (2008年10月22日). 2012年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年10月23日閲覧。
  15. ^ Mourinho fires warning to Quaresma”. PortuGOAL (2008年10月20日). 2012年5月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年10月23日閲覧。
  16. ^ Quaresma wins Bidone d'Oro”. ESPN Soccernet (12 December 2008). 9 September 2012閲覧。
  17. ^ チェルシーがクアレスマを獲得!”Goal、2009年2月3日
  18. ^ Hassan, Nabil (7 February 2009). “Chelsea 0–0 Hull”. BBC Sport. 24 April 2013閲覧。
  19. ^ The Thursday Interview: Ricardo Quaresma”. Chelsea F.C (26 March 2009). 24 April 2013時点のオリジナルよりアーカイブ。24 April 2013閲覧。
  20. ^ Masiello, Vince (7 September 2009). “Ricardo Quaresma vows to win over Inter fans”. Goal. 20 October 2009閲覧。
  21. ^ “Ricardo Quaresma pledges future to Internazionale”. The Guardian. (27 May 2009). https://www.theguardian.com/football/2009/may/27/ricardo-quaresma-wants-internazionale-return 29 June 2018閲覧。 
  22. ^ Mira, Luís (10 July 2009). “Jose Mourinho to give Ricardo Quaresma second Inter chance”. Goal. 2013年1月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。14 July 2009閲覧。
  23. ^ Inter claim first gong of the treble”. ESPN Soccernet (6 May 2010). 2012年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。29 June 2018閲覧。
  24. ^ Bayern Munich 0–2 Internazionale”. ESPN Soccernet (22 May 2010). 2012年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。29 June 2018閲覧。
  25. ^ Ovunc, Ozdem (13 June 2010). “Quaresma Beşiktaş'ta [Quaresma in Beşiktaş]” (トルコ語). Hürriyet. http://www.hurriyet.com.tr/spor/futbol/15010579.asp?gid=373 13 June 2010閲覧。 
  26. ^ “Eagles advance to playoffs after beating Czech side”. Today's Zaman. (7 August 2010). オリジナルの14 April 2011時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110414123215/http://www.todayszaman.com/news-218312-5-eagles-advance-to-playoffs-after-beating-czech-side.html 11 April 2011閲覧。 
  27. ^ “Eagles advance to playoffs after beating Czech side”. Today's Zaman. (7 August 2010). オリジナルの14 April 2011時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110414123215/http://www.todayszaman.com/news-218312-5-eagles-advance-to-playoffs-after-beating-czech-side.html 11 April 2011閲覧。 
  28. ^ Landolina, Salvatore (27 April 2011). “Besiktas' Nihat confirms intention to boycott Turkish football after Quaresma fight”. Goal. 2013年6月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。24 April 2013閲覧。
  29. ^ Quaresma suspended indefinitely by Besiktas”. Goal (11 March 2012). 2013年6月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。12 March 2012閲覧。
  30. ^ Quaresma released by Besiktas”. ESPN Soccernet (20 December 2012). 2013年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。21 December 2012閲覧。
  31. ^ Goal.com (2012年12月20日). “ベジクタシュ、クアレスマとの契約を解消”. 2012年12月20日閲覧。
  32. ^ Qoly.jp (2013年1月9日). “クアレズマ、UAEへの移籍が決定”. 2013年1月9日閲覧。
  33. ^ ベジクタシュ退団のクアレスマがUAEへ”Goal、2013年1月9日
  34. ^ サッカーキング (2014年1月2日). “クアレスマが古巣ポルトに復帰「愛するクラブの力になりたい」”. 2014年1月3日閲覧。
  35. ^ ポルトガルの魔術師クアレスマ、カスムパシャ移籍が決定!”. 超ワールドサッカー (2019年8月30日). 2023年10月17日閲覧。
  36. ^ a b ポルトガルの魔術師クアレスマがカスムパシャを退団…新天地は古巣ポルトか”. 超ワールドサッカー (2020年7月30日). 2023年10月17日閲覧。
  37. ^ 元ポルトガル代表FWクアレスマがヴィトーリア・ギマランイスに完全移籍”. 超ワールドサッカー (2020年9月8日). 2023年10月17日閲覧。
  38. ^ ポルトガル対クロアチア - UEFA公式サイト
  39. ^ リカルド・クアレスマ - National-Football-Teams.com

外部リンク