キ53 (航空機)キ53は、大日本帝国陸軍が計画した多座戦闘機。計画のみで実機は存在しない。 概要1939年(昭和14年)、陸軍は同年の研究方針で、爆撃機編隊の掩護を行う多座戦闘機を新たに正規の機種とした[1][2]。これを受け、中島飛行機による新規開発機としてキ53が計画されたが、計画段階で中止となった[1][2]。キ53は多座戦闘機の中でも「多座戦闘機乙」に分類される機体であり[1]、航続力などの飛行性能は重爆撃機と同等のものを持ち[1][2]、爆撃機と比較して軽快な性能を用いて[1][2]爆撃機編隊と行動をともにしつつ掩護を行うという[1]、通常の戦闘機とは大きく性格が異なる機体とされていた[2]。 キ53と同種の多座戦闘機として陸軍が計画した機体にはキ58、キ69、キ75があるが[3][4]、キ75以外は爆撃機編隊内で掩護を行う「多座戦闘機甲」(爆撃掩護機)とされており[5]、爆撃機と編隊を組む都合上[1]、新規開発機であるキ53と異なり、キ58は一〇〇式重爆撃機の[1][6]、キ69はキ67(のちの四式重爆撃機)の改造機となっている[7][8]。このうち、キ69は計画のみに終わったが[8][9]、キ58は試作に漕ぎ着けている[1][6]。 脚注参考文献
関連項目
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