高鼻町
高鼻町(たかはなちょう)は、埼玉県さいたま市大宮区の町名である。現行行政地名は高鼻町一丁目から高鼻町四丁目。住居表示未実施地区[4]。郵便番号は330-0803[2]。 地理さいたま市大宮区の北部に位置する。中央を氷川神社の参道が縦断し、それを境に東が一・三丁目、西が二丁目、大宮公園が四丁目となっている。町域は大宮台地に位置する。地区北部の低地はかつての見沼の入江であり、そのほとりに氷川神社が建っていた。現在は入江は埋め立てられ大宮公園として整備されているが、ボート池などが見沼の面影を残している。 神社の鎮座する地は、大宮台地の上にあり、その中でも鼻のように高く突き出た位置にある為、一帯の地名は高鼻町と呼ばれた。[5] 町域から縄文遺跡が複数発掘されている。また4丁目に弥生期の住居跡が発掘され県史跡となっている[6](埼玉県立歴史と民俗の博物館管理)。 地価住宅地の地価は、2015年(平成27年)1月1日に公表された公示地価によれば、高鼻町三丁目139番3の地点で298,000円/m2となっている[7]。 歴史かつてこの一帯は江戸期より存在した武蔵国足立郡大宮領に属する高鼻村で、村域に当たる場所は古くは安土桃山期より存在した高鼻郷に属していたと云われ、1591年(天正19年)より氷川社の社領となる[8]。なお、高鼻は高埇とも記される。村高は『元禄郷帳』では48石余、『天保郷帳』では289石余であった[8]。持添新田は何れも幕府領で1725年(享保13年)開発された見沼新田や1761年(宝暦11年)および1787年(天明7年)に開発された寿能原新田を領する[8]。助郷は中山道大宮宿に出役していたが、正徳・安永年間は日光御成街道大門宿にも出役していた[8]。村の規模は東西4町、南北18町であった[9]。上天沼村と大宮宿の間や[8]、上天沼村と新右衛門新田の間(現在の天沼町一・二丁目の概ね見沼の低地に当たる場所)にも飛地を領していた[10]。
地名の由来大宮台地が見沼の低地に向かって鼻のように高く突出した場所であることから、高鼻町と呼ばれる[5]。 世帯数と人口2017年(平成29年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
小・中学校の学区市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[28]。
交通鉄道北西端を東武野田線(東武アーバンパークライン)が通っているが駅はない。最寄り駅は大宮駅、北大宮駅、大宮公園駅のいずれかである。 道路
施設
脚注
参考文献
関連項目外部リンク |