行列 の行ベクトル
数学 の線型代数学 の分野における、ある行列 の行空間 (ぎょうくうかん、英 : row space )とは、その行列の各行ベクトル の線型結合 として起こり得るすべてのものからなる集合のことを言う。K を(実数 や複素数 の全体などのような)体 とする。K に属する成分からなる m × n 行列の行空間は、n -空間 K n の線型部分空間 である。行空間の次元 は、その行列の行ランク と呼ばれる[ 注 1] 。
整数 の全体などのような環 K についての行列に対しても、同様の定義が存在する[ 注 2] 。
定義
K をスカラー の体 とする。A を、行ベクトル r 1 , r 2 , ... , r m を伴う m × n 行列とする。それらの行ベクトルの線型結合 は、次の形式で記述される任意のベクトルで与えられる:
c
1
r
1
+
c
2
r
2
+
⋯
+
c
m
r
m
,
{\displaystyle c_{1}\mathbf {r} _{1}+c_{2}\mathbf {r} _{2}+\cdots +c_{m}\mathbf {r} _{m},}
ここで c 1 , c 2 , ... , cm はスカラーである。ベクトル r 1 , ... , r m の線型結合として起こり得る全てのものからなる集合のことを、A の行空間 と呼ぶ。すなわち、A の行空間は、ベクトル r 1 , ... , r m の張る部分空間 である。
例えば、行列
A
=
[
1
0
2
0
1
0
]
{\displaystyle A={\begin{bmatrix}1&0&2\\0&1&0\end{bmatrix}}}
に対し、その行ベクトルは r 1 = (1, 0, 2) および r 2 = (0, 1, 0) で与えられる。この r 1 と r 2 の線型結合は、
c
1
(
1
,
0
,
2
)
+
c
2
(
0
,
1
,
0
)
=
(
c
1
,
c
2
,
2
c
1
)
{\displaystyle c_{1}(1,0,2)+c_{2}(0,1,0)=(c_{1},c_{2},2c_{1})\,}
の形式で記述される任意のベクトルである。そのようなベクトルすべてからなる集合が、行列 A の行空間である。この場合の行空間は、方程式 z = 2x を満たすようなベクトル (x , y , z ) ∈ K 3 の集合で与えられる(デカルト座標 を用いることで、この集合は3次元空間 において原点を通る平面 となる)。
同次線型方程式系 を表す行列に対し、行空間はその系におけるすべての線型方程式によって構成される。
A の列空間は、A T の行空間と等しい。
基底
行空間は、行に関する基本変形 には影響されない。このことから、行空間の基底 を見つけるためにガウスの消去法 を使用することが可能となる。
例えば、行列
A
=
[
1
3
2
2
7
4
1
5
2
]
{\displaystyle A={\begin{bmatrix}1&3&2\\2&7&4\\1&5&2\end{bmatrix}}}
を考える。この行列の行は、行空間を張る が、それらは線型独立 でないこともあり得る。そのような場合、それらは基底にはならない。ここでは行列 A の基底を見つけるために、行階段形 へと A を書き下す:
r1 、r2 、r3 は行列 A の各行を表す。
[
1
3
2
2
7
4
1
5
2
]
∼
⏟
r
2
−
2
r
1
[
1
3
2
0
1
0
1
5
2
]
∼
⏟
r
3
−
r
1
[
1
3
2
0
1
0
0
2
0
]
∼
⏟
r
3
−
2
r
2
[
1
3
2
0
1
0
0
0
0
]
∼
⏟
r
1
−
3
r
2
[
1
0
2
0
1
0
0
0
0
]
{\displaystyle {\begin{bmatrix}1&3&2\\2&7&4\\1&5&2\end{bmatrix}}\underbrace {\sim } _{r_{2}-2r_{1}}{\begin{bmatrix}1&3&2\\0&1&0\\1&5&2\end{bmatrix}}\underbrace {\sim } _{r_{3}-r_{1}}{\begin{bmatrix}1&3&2\\0&1&0\\0&2&0\end{bmatrix}}\underbrace {\sim } _{r_{3}-2r_{2}}{\begin{bmatrix}1&3&2\\0&1&0\\0&0&0\end{bmatrix}}\underbrace {\sim } _{r_{1}-3r_{2}}{\begin{bmatrix}1&0&2\\0&1&0\\0&0&0\end{bmatrix}}}
行列が階段形になれば、そのときの非ゼロの行が行空間の基底となる。今回の場合、基底は { (1, 3, 2), (0, 1, 0) } となる。他にあり得る基底として、さらなる書き下しの結果、{ (1, 0, 2), (0, 1, 0) } を得ることが出来る[ 注 3] 。
この計算方法は、ベクトルの集合の張る部分空間の基底を見つけるために、一般的に用いられる。行列がさらに行既約階段形 へと簡略化されるなら、その結果として得られる基底は行空間により一意的に定められる。
次元
行空間の次元 は、その行列の階数 と呼ばれる。この数は、その行列から選ぶことの出来る線型独立な行の数の最大と等しい。例えば、上述の例の 3 × 3 行列の階数は 2 である[ 注 3] 。
行列の階数はまた、列空間 の次元とも等しい。零空間 の次元は、その行列の退化次数 (nullity)と呼ばれ、次の方程式によって行列の階数と関係付けられる:
rank
(
A
)
+
nullity
(
A
)
=
n
.
{\displaystyle \operatorname {rank} (A)+\operatorname {nullity} (A)=n.}
ここで n は行列 A の列の数である。この方程式は、階数・退化次数の定理 として知られる。
零空間との関係
行列 A の零空間 は、A x = 0 が成立するようなすべてのベクトル x の集合として与えられる。行列 A とベクトル x の積は、ベクトルのドット積 を用いて次のように書くことが出来る:
A
x
=
[
r
1
⋅
x
r
2
⋅
x
⋮
r
m
⋅
x
]
{\displaystyle A\mathbf {x} ={\begin{bmatrix}\mathbf {r} _{1}\cdot \mathbf {x} \\\mathbf {r} _{2}\cdot \mathbf {x} \\\vdots \\\mathbf {r} _{m}\cdot \mathbf {x} \end{bmatrix}}}
ここで r 1 , ... , r m は A の行ベクトルである。したがって、A x = 0 が成立するための必要十分条件は、x が A の各行ベクトルと直交 することであることが分かる。
A の零空間は、A の行空間の直交補空間 であることが従う。例えば、三次元において、行空間が原点を通る平面であるなら、零空間は原点を通る垂線となる。このことは、階数・退化次数の定理 の証明を与える(上節次元 を参照)。
行空間と零空間は、行列 A に関わる四つの基本部分空間 の内の二つである(残りの二つは、列空間 と左零空間 である)。
余像との関係
V と W をベクトル空間 とするとき、線型変換 T : V → W の核 は、T (v ) = 0 が成立するようなベクトル v ∈ V の集合で与えられる。線型変換の核は、行列の零空間と同様の概念である。
V が内積空間 であるなら、その核の直交補空間は、行空間の一般化と見なすことが出来る。それはしばしば、T の余像 と呼ばれる。変換 T はその余像上で一対一であり、その余像は T の像 の上への同型 である。
V が内積空間でないなら、T の余像は商空間 V / ker(T ) として定義することが出来る。
脚注
注釈
^ この記事でも述べられているように、線型代数学は非常によく発達した数学の学問分野であり、多くの関連文献が存在する。この記事で述べられているほとんど全ての内容は、Lay 2005、Meyer 2001 および Strang 2005 に見られる。
^ 環に対する定義と性質は、「n -次ベクトル空間 K n 」を「左自由加群 」で置き換え、「線型部分空間」を「部分加群 」で置き換えることで、同様なものとして成立する。非可換環に対しては、この行空間はしばしば「左行空間」として区別される。
^ a b
この例は、実数、有理数 およびその他の代数体 において有効となる。しかし、非ゼロの標数 を持つ体や環については、必ずしも有効とはならない。
参考文献
Axler, Sheldon Jay (1997), Linear Algebra Done Right (2nd ed.), Springer-Verlag, ISBN 0-387-98259-0
Lay, David C. (August 22, 2005), Linear Algebra and Its Applications (3rd ed.), Addison Wesley, ISBN 978-0-321-28713-7
Meyer, Carl D. (February 15, 2001), Matrix Analysis and Applied Linear Algebra , Society for Industrial and Applied Mathematics (SIAM), ISBN 978-0-89871-454-8 , http://www.matrixanalysis.com/DownloadChapters.html
Poole, David (2006), Linear Algebra: A Modern Introduction (2nd ed.), Brooks/Cole, ISBN 0-534-99845-3
Anton, Howard (2005), Elementary Linear Algebra (Applications Version) (9th ed.), Wiley International
Leon, Steven J. (2006), Linear Algebra With Applications (7th ed.), Pearson Prentice Hall
外部リンク