神置町
神置町(かみおきちょう)は、岐阜県各務原市の地名。現行行政町名は神置町及び神置町一丁目から四丁目。 地理町域の東部は下中屋町、成清町、西部は川島笠田町及び羽島郡岐南町平島、羽島郡笠松町米野、南部は川島笠田町、下中屋町(弥平島集落)、北部は成清町である。 町域には県道178号下中屋笠松線が通過し、木曽川(北派川・新境川)が流れる。
歴史江戸時代、この地域は羽栗郡間嶋村であったが、東は熊野神社を鎮守とし、西は八幡神社を鎮守としていたため、事実上は東と西とは異なる村であった。1874年(明治7年)に住民の対立が激化したため、羽栗郡は村の分轄を認め、東間島村と西間島村に分立する。翌年に 権令小崎利準の仲裁などもあり、東間島村と西間島村が合併。神置村となる。1889年(明治22年)に町村制施行に伴い村制施行し、神置村が発足[4]。 1897年(明治30年)に羽島郡神置村、松本村、上中屋村、下中屋村、大佐野村、成清村合併し、羽島郡中屋村が発足。中屋村大字神置となる[4]。 1955年(昭和30年)に稲葉郡更木村、前宮村、羽島郡中屋村が合併、稲羽町が発足すると稲羽町神置町に改称[4]。1963年(昭和38年)、蘇原町、鵜沼町、鵜沼町、稲羽町が合併し各務原市が発足すると、各務原市神置町となる[5]。 1979年(昭和54年)、成清町、神置町の一部、下中屋町の一部で成清町が成立[6]。神置町の大部分をもって神置町一丁目から四丁目が成立[5]。 世帯数と人口2024年(令和6年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[7]。尚、丁番の無い神置町は殆どが木曽川(三派川・新境川)河川敷であり、住民は0人である。
小・中学校の学区市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8][9]。
主な施設
交通
※各務原市ふれあいバス稲羽線にも「神置」停留所があるが、所在地は成清町である。 脚注
参考文献
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