波戸 康広(はと やすひろ、1976年5月4日 - )は、兵庫県三原郡西淡町(現:南あわじ市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。元日本代表。現在は横浜F・マリノスのアンバサダーを務める。
経歴
1995年、滝川第二高校から横浜フリューゲルスに入団[1]。元々はフォワードだったが、サテライト監督のゲルト・エンゲルスによって右サイドにコンバートされ[2]、1997年に森山佳郎から右サイドのポジションを奪う形で頭角を現す。1998年の横浜F消滅の際に横浜F・マリノスへ移籍[2]。横浜FMではチーム事情からストッパーとしてプレーしたことがきっかけとなり、サイドバックやセンターバックもこなした[2]。
それまで日本代表および年代別の代表とも縁がなかったが、2001年4月のスペイン戦に向けて初招集され、この試合で先発メンバーとして代表デビューを飾った[2]。当時の日本代表は同年3月のフランス戦で0対5と大敗した直後で、守備の建て直しが急務と考えた監督のフィリップ・トルシエによって右ウイングバックに抜擢された[2]。
2001年の日本代表のほとんどの試合に出場していたが、2002年ワールドカップ本大会前には清水エスパルスで頭角を現していた市川大祐が起用されるようになり、波戸は本大会メンバーから外れた。
2003年は頭部に怪我を負い、治療に7か月を要した[2]。2004年シーズン途中に柏レイソルへ移籍し[2]、右ウイングバックのほか、センターバックやリベロでプレー。2005年のヴァンフォーレ甲府との入れ替え戦に敗れ、チームはJ2に降格した。
2006年より大宮アルディージャに完全移籍。4シーズンに渡って主にレギュラーとしてプレーしたが、2009年をもって契約満了となり大宮を退団した[2]。
2010年、古巣の横浜FMに復帰[2]。2011年11月19日に同シーズン限りでの現役引退を表明、12月3日の鹿島戦が現役最後の試合となった[2]。2012年より横浜FMのアンバサダーに就任。2014年1月18日にニッパツ三ツ沢球技場にて引退試合が行われた。2014年末、Jリーグ功労選手賞を受賞[3]。
エピソード
所属クラブ
個人成績
国内大会個人成績 |
年度 | クラブ | 背番号 | リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 | オープン杯 |
期間通算 |
出場 | 得点 |
出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
出場 | 得点 |
日本
| リーグ戦 |
リーグ杯 | 天皇杯
|
期間通算
|
1995 |
横浜F |
- |
J |
9 |
0 |
- |
1 |
0 |
10 |
0
|
1996 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0
|
1997 |
12 |
9 |
0 |
4 |
0 |
1 |
0 |
14 |
0
|
1998 |
16 |
0 |
3 |
0 |
5 |
0 |
24 |
0
|
1999 |
横浜FM |
J1 |
19 |
1 |
4 |
0 |
0 |
0 |
23 |
1
|
2000 |
4 |
26 |
0 |
6 |
0 |
3 |
0 |
35 |
0
|
2001 |
27 |
0 |
9 |
1 |
1 |
0 |
37 |
1
|
2002 |
27 |
0 |
0 |
0 |
2 |
0 |
29 |
0
|
2003 |
10 |
0 |
3 |
0 |
3 |
0 |
16 |
0
|
2004 |
1 |
0 |
1 |
0 |
- |
2 |
0
|
柏 |
38 |
20 |
1 |
2 |
0 |
0 |
0 |
22 |
1
|
2005 |
4 |
30 |
0 |
6 |
0 |
2 |
0 |
38 |
0
|
2006 |
大宮 |
22 |
28 |
0 |
4 |
0 |
2 |
0 |
34 |
0
|
2007 |
4 |
31 |
0 |
4 |
0 |
1 |
0 |
36 |
0
|
2008 |
34 |
0 |
4 |
0 |
1 |
0 |
39 |
0
|
2009 |
30 |
0 |
5 |
0 |
1 |
0 |
36 |
0
|
2010 |
横浜FM |
32 |
25 |
0 |
0 |
0 |
3 |
0 |
28 |
0
|
2011 |
20 |
16 |
0 |
3 |
0 |
1 |
0 |
20 |
0
|
通算 |
日本 |
J1
|
356 |
2 |
58 |
1 |
27 |
0 |
443 |
3
|
総通算
|
356 |
2 |
58 |
1 |
27 |
0 |
443 |
3
|
その他の公式戦
国際大会個人成績 |
年度 |
クラブ |
背番号 |
出場 |
得点
|
AFC | ACL |
2004 |
横浜FM |
4 |
1 |
0
|
通算 |
AFC
|
1 |
0
|
その他の国際公式戦
代表歴
試合数
- 国際Aマッチ 15試合 0得点(2001年 - 2002年)
出場
脚注
関連項目
外部リンク
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※記述のない年は該当者なし | 1990年代 | |
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2000年代 |
- 00: 松永成立
- 01: ストイコビッチ
- 02: サントス
- 03: 井原正巳, 福田正博, 北澤豪
- 05: ビスマルク
- 06: 相馬直樹, 小島伸幸, 澤登正朗
- 07: 本田泰人, アマラオ, 城彰二
- 08: 秋田豊, 名良橋晃, 黒崎久志, 山口素弘
- 09: 小村徳男, 加藤望, 名波浩, 福西崇史, 森岡隆三, 森島寛晃
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2010年代 |
- 11: 三浦淳宏, 松田直樹
- 12: 藤田俊哉, 田中誠
- 13: 中山雅史, 土肥洋一, 服部公太
- 14: 伊藤宏樹, 岡野雅行, ジュニーニョ, 服部年宏, 波戸康広, 山田暢久, 吉田孝行, ルーカス
- 15: 宮本恒靖, 柳沢敦, 中田浩二, 新井場徹, 藤本主税
- 16: 山口智, 鈴木啓太
- 17: 市川大祐, 大島秀夫
- 18: 石原克哉, 加地亮, 坂田大輔, 土屋征夫, 羽生直剛
- 19: 小笠原満男, 川口能活, 中澤佑二, 楢﨑正剛, 播戸竜二, 巻誠一郎, 森﨑和幸, アレックス
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2020年代 |
- 20: 佐藤勇人, 那須大亮, 明神智和
- 21: 大黒将志, 佐藤寿人, 清水健太, 曽ヶ端準, 徳永悠平, 中村憲剛, 前田遼一
- 22: 青木剛, 阿部勇樹, 石原直樹, 大久保嘉人, 角田誠, 小林祐三, 高橋義希, 田中達也, 田中マルクス闘莉王, 田中佑昌, 玉田圭司, 谷澤達也
- 23: 上里一将, 大谷秀和, 駒野友一, 田中隼磨, 鄭大世, 富田晋伍, 中村俊輔, 橋本英郎, 藤本淳吾, 槙野智章, 水本裕貴, 本山雅志, 赤嶺真吾
- 24: 遠藤保仁, 柏木陽介, 柴﨑晃誠, 林卓人, 南雄太, 梁勇基, 渡邉千真
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Jリーグアウォーズ(最優秀選手賞 - JB11 - 得点王 - JBYP賞 - JFP個人賞 - J2MEP - 功労選手賞 - 最優秀監督賞 - 最優秀主審賞 - 最優秀副審賞 - JBP賞) |
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