呉服町(ごふくまち)は、兵庫県姫路市の町名。住居表示未実施。郵便番号は670-0923[3]。
地理
姫路市の中心市街地・内町に位置する。魚町通りの南北にあり、北に二階町、南に紺屋町がある。
歴史
堅町を隔てて恵美酒町の東にあり、西・中・東に分かれていた[5]。西呉服町は古は紙屋町であった[5]。
世帯数と人口
2021年(令和3年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
世帯数と人口の遷移
『姫路市統計一斑 明治31-33年』(1902年印刷・発行)によれば、戸数、人口(1898年)は、西呉服町66・212、中呉服町91・263、東呉服町70・231である[6]。『姫路誌』(1912年印刷・発行)によれば、西呉服町50・181、中呉服町97・311、東呉服町56・215である[7]。2015年9月30日現在の世帯数・人口は30・68[8]。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]。
経済
産業
- 店・企業
- 一星商事(設立は1918年12月)[10]
- 井筒屋
- 割烹 白瀬
- 喫茶ミチ
- 高等進学塾姫路校
- 三商
- サン大松
- 清水印章堂
- 祐本医科器械
- テーラー吉田
- 東進衛星予備校姫路中央校
- ドトールコーヒーショップ姫路みゆき通り呉服町店
- 都屋クリーニング東呉服町店
- 姫路ミヤコ みゆき通り本店
- 姫路 麺哲
- 松尾学院
- 圓山呉服
- むつみ
- Reizm(リズム)いしもとおみぞ筋店
- 吉田商店
- 四谷大塚ネット松尾学院姫路本部校
- 金融機関
- かつて西呉服町に居住した商人など
- 貴金属工作の平野、酒類の山口、電気器具の坂元、薪炭の三木、料理の中山、旅館の阿部・山根、公債株式現物問屋の栗岡などがいた[11]。
- かつて中呉服町に居住した商人など
- かつて東呉服町に居住した商人など
- かつて存在した企業
地域
健康
- 医療機関
- 空地内科院
- タキキタ歯科
- 田隅歯科医院
- 富岡医院
- 桃井整形外科
- 医師
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相談
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施設
- ビル、マンション
- 芦田ビル
- イシモトビル
- えびすやビル
- 呉服町アドバンスビル
- 呉服町菊屋ビル
- 空地ビル
- 第2POSHビル
- 高瀬ビル
- 津田ビル
- 野間ビル
- ハトヤ第一ビル
- フェリーチェ呉服町
- むつみビル
- レボビル
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- 駐車場
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出身・ゆかりのある人物
脚注
参考文献
- 姫路誌編『姫路市統計一斑 明治31-33年』姫路市、1902-1903年。
- 橋本治策編『関西実業名鑑 明治40年』関西実業名鑑編纂所、1908年。
- 姫路誌編『姫路誌』姫路市、1912年。
- 木内英雄編『姫路市飾磨郡神崎郡大正紳士録』木内英雄、1912年。
- 『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』時事新報社、1916年。
- 『兵庫県官民肖像録』博道社、1918年。
- 播磨史談会編『姫路市史 市制施行三十年記念』姫路市、1919年。
- 『姫路飾磨神崎紳士大鑑』姫路興信所、1924年。
- 高崎雅雄編『大日本医師名簿』光明社、1925年。
- 『統計年報 昭和2年』姫路商工会議所、1928年。
- 商業興信所編『日本全国諸会社役員録 第38回』商業興信所、1930年。
- 兵庫県総務部統計課編『兵庫県会社一覧 昭和4年12月末日現在』兵庫県総務部統計課、1930-1935年。
- 光明社編『最近調査大日本医師名簿』光明社、1931年。
- 兵庫県総務部調査課編『兵庫県会社一覧 昭和15年12月末日現在』兵庫県総務部調査課、1941年。