兵藤釗兵藤 釗(ひょうどう つとむ、1933年4月21日[1] - 2022年12月13日 )は、日本のマルクス経済学者。東京大学名誉教授。 概要愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)生まれ[2]。挙母尋常高等小学校(現・豊田市立童子山小学校)、旧制愛知県挙母中学校・新制愛知県立挙母西高等学校(現・愛知県立豊田西高等学校)卒業[3]。1957年、東京大学経済学部卒業。1962年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。 東京大学経済学部教授を経て、名誉教授。1984年から1986年まで社会政策学会代表幹事[4]。1994年から1998年まで埼玉大学経済学部教授。1998年4月から2004年3月まで埼玉大学学長[5]。2007年から2011年まで学校法人成城学園学園長[2]。2009年に瑞宝重光章を受章[6]。 マルクス経済学専攻で、近代経済学には疎いと自認していた[7]。労働研究者の濱口桂一郎は、「労使関係史研究の金字塔『日本における労資関係の展開』や、やや一般向けの名著『労働の戦後史』は、いまでも基本枠組み」[8]と評している。 著書単著
共編著
脚注
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