仙台文学館
仙台文学館(せんだいぶんがくかん)は、宮城県仙台市青葉区北根にある仙台市立の文学館・社会教育施設。台原森林公園の西側に隣接し、同園の出入口の1つにもなっている。 概要德陽シティ銀行研修所跡地に1999年(平成11年)3月に開館した。8年間在任した初代館長の井上ひさしを初め、仙台市や宮城県にゆかりのある近代文学に関する資料の収集・展示を行っている。また、文学作品の劇の公演を主催する場合もある。2009年(平成21年)までは当館が主催する文学賞「晩翠賞」も授与してきた。 情報・交流コーナーやこどもの本の部屋の利用は無料だが、常設展・特別展・企画展の観覧および講習室の使用は有料。ただし、「仙台文学館友の会」、仙台都市圏「どこでもパスポート」[5]、および、石巻圏「ゆうゆうパスポート」[6] の会員などは無料で観覧できる。 当館の蔵書目録は、インターネット上の「学都仙台オンライン目録 (OPAC)」を用いて検索可能である。 沿革宮城県と仙台市には各々文学館の設置構想があったが、市が事業主体となり、建設費および開館までの資料購入費の半分に対して県が補助金を出すという形で計画が一本化された[7]。 同時期、県では宮城県図書館、市では仙台市図書館の移転・新築計画が各々存在していたが、文学館は地元の近代文学の資料収集および展示、両図書館は広範な図書の収集・閲覧を中心とした施設と役割分担がなされた。 また、同時期に宮城県美術館に「佐藤忠良記念館」が新設されたが、宮城県芸術協会による美術館建設の陳情が市にもなされ、美術ギャラリーと文学館を合わせて仙台市都心部の定禅寺通に設置する計画が生まれた[8]。その後、仙台市都心部から見て北郊外の台原森林公園隣接地にあった德陽シティ銀行研修所の跡地を市が取得したため、文学館は同跡地に建設し、美術ギャラリーと仙台市図書館とを合わせて定禅寺通に建設する計画に変更された[8]。定禅寺通の複合施設は、文学館開館後にせんだいメディアテーク (smt) として開館した。 年表
施設概要62,968m2の敷地面積のうち、建築面積は2,377m2である[3]。以下のような施設がある。
設計1994年(平成6年)に開催された仙台文学館全国公開設計競技において、最優秀賞を受賞したネオタイド建築計画(東京都)の案を元に建設された[9]。 同案は、建設予定地である七北田川水系仙台川支流の小川がつくったV字谷を「ダイナミックな空間」と捉え、ここに「自然環境との共生、古都仙台のイメージと四季や時間の流れ[16]」をテーマとし、台原森林公園と市街地との間に設けられた「ゲート」、建設地のV字谷の両岸をつなぐ「ブリッジ」、仙台城などの歴史を表す「白壁」をキーワードに設計された[16]。 画像
土井晩翠顕彰会「土井晩翠顕彰会」は、仙台市長を会長とし、当館に事務局を置いている。 仙台市出身の詩人・土井晩翠の顕彰と、東北の詩人の活躍を後押しする意味で1960年(昭和35年)に創設された以下のような賞を当会が主催して授与してきた[17]。しかし、第50回にあたる2009年(平成21年)を最後に休止となった[13]。 「晩翠賞」「晩翠賞」は詩集に対する賞で、近年は選考対象が東北出身者以外にも広げられていた。東京都の山の上ホテルで選考会、当館で贈賞式が行われ、柳原義達制作の土井晩翠レリーフと副賞100万円が贈られていた[18][19]。当賞を授与するに値する作品が選考対象期間に複数発表された場合は、各々を同一回の受賞作とした。
「晩翠あおば賞」「晩翠わかば賞」東北地方および仙台市の国内姉妹都市の詩作品を対象とした賞で、「晩翠あおば賞」は中学生、「晩翠わかば賞」は小学生に授与された。柳原義達制作の土井晩翠レリーフと副賞の記念品が当館での贈賞式で贈られた。 利用者数・決算仙台市に提出された指定管理者評価シート[23] に記載されているデータによると、近年の利用者数は年間4 - 5万人である。うち、企画展などの観覧者数は2 - 3万人[24]。
アクセス
脚注
関連項目外部リンク
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