中学受験中学受験(ちゅうがくじゅけん)とは、中学校の入学試験を受験すること。中学入試(ちゅうがくにゅうし)、中受(ちゅうじゅ)と略称される。現代日本の教育において中学校までは義務教育であり、自治体が運営する地元学区の公立中学校には誰もが入学できる。中学受験の対象となるのは主に私立学校や国立大学附属学校、高等学校(高校)との中高一貫校である。1998年(平成10年)6月の学校教育法改正により、中等教育学校の設置が認められ、中高一貫教育校の併設型・連携型が認められ[1]、小学校を卒業見込みの者が受験できる入試は広がってきている。 本記事では狭義の中学校のみならず、広く前期中等教育の学校(中学校・中等教育学校前期課程・特別支援学校中学部など)の入学試験について取り上げ、特に断らない限り「中学校(等)」「前期中等教育(の学校)」という表記は前掲の全てを含む。同様に「私立中学(等)」という表記は選抜制でない公立中学以外の全てを含む。 第二次世界大戦後前の旧制中学校は、優秀な男子のみが進学する道であった。戦後の新制中学校は義務教育となり、入試を課す中学校を受験することで、選抜試験に合格するための準備が必要となる点で、戦前とは位置付けが異なる。 概要中学受験の歴史は、近代教育制度である学制を導入した明治以降に始まる。明治末期の小学校の就学率は98%に達していた[2]。当時の義務教育は小学校までであり、官立の上級学校に進学できるのは富国強兵を支えうる優秀な男子のみで、少数であった。 大正に入ると、第一次世界大戦による大戦景気により、富裕層が多くいる都市部で中学への進学希望者が増加していく。1920年(大正9年)の中学進学希望者は4万7,000人だったが、1924年(大正13年)には7万3,000人に増加している。 この頃に創立された公立校や私立校は多くあるが、進学希望者が増えても定員は急に増えるわけではないため、競争は鮮烈を極めた。先述の通り、義務教育は小学校までなので、浪人生がいた。1919年(大正8年)の中学合格者は、現役よりも浪人の方が多かったという[2]。家庭教師をつけ、睡眠時間を削りながら一日のほとんどを勉強に費やす児童も少なくなかったという[2]。 高等小学校は浪人生の受け入れ先としても機能していた。 1927年(昭和2年)と1939年(昭和14年)、文部省(当時)は、中学入試における学科試験を禁止し、代わりに小学校からの報告書、人物考査、身体検査によって選抜を行うよう通達・指示している[3]。 戦時中は、物資や人手が不足し、筆記受験は行われず面接や作文のみで合否を判断する場合もあった。 戦前から戦後にかけて、旧制中学校のうち公立は多くは共学の新制高等学校となり、私学は、男子校・女子校の男女別学の形態を現在に至るまで継承した学校が多い。ミッションスクールの多くもその一例である。都市部の特に港町にキリスト教のミッション系女子校が多いのはそのためである。2020年(令和2年)3月時点、東京の私立女子中学校の9割近くは、戦前に創立されている。 戦後、富裕層が多い東京、阪神間では戦前とは比にならない中学受験ブームとなり[4]、後述する御三家や国立大学附属中学校、早慶や関関同立の附属中学校が難関校となる[5]。 全国の公立高校入試で総合選抜や学校群制度が敷かれ、実力があっても第一志望の公立高校には必ずしも入れないことに失望した受験生・家庭は、私学を目指した。これが現在の中学受験の基となる。難関国立大学への合格実績における国立・私立中高一貫校の台頭と、中学受験の受験者数の増加および難化は強い正の相関があるといえる。 1998年(平成10年)6月、学校教育法が改正され、中等教育学校の設置、中高一貫教育校の併設型・連携型が認められるようになる[1]。これにより、国公私立問わず、中学・高校課程を制度上弾力的に取り扱うことができるようになり、公立高校の制度上の中高一貫化が始まり出した。 出願資格年齢日本において、義務教育課程である中学校またはそれに相当する学校(中学校、中等教育学校前期課程、特別支援学校中学部など)に入学するには、通例、初等教育の課程(小学校、義務教育学校、特別支援学校小学部など)を修了する必要がある。したがって、日本では学齢により、初等教育課程を修了し、前期中等教育課程に入学する者は満12歳以上である。日本の法律・制度上は、12歳を超える年齢の者や既卒者の入学が禁止されているわけではない。しかしながら、中学校の昼間課程においては、実際には、年齢に上限を設けたり、過年度卒業生の入学を認めていなかったりする場合がほとんどである。 ただし、帰国子女の場合は各国間で学校制度に違い(年度のずれなど)があることから、日本国内からの受験生とは異なり、ある程度年齢に幅を持たせて募集している場合もある。 中学校の夜間課程・中学校の通信教育においては、逆に生徒のほとんどが学齢超過者である(詳しくは「過年度生」を参照)。 性別1947年(昭和22年)の教育基本法で推奨されてきた男女共学は、その使命は十分に果たされたとして、2006年(平成18年)の法改正で削除されることとなった。現在、国立と私立のそれぞれ中学校で男女別学の学校が存在する。 男女別学の国立中学校は、男子校の筑波大学附属駒場中学校のみである。(お茶の水女子大学附属中学校、奈良女子大学附属中等教育学校は共学) 全国の私立中学校で、男女別学の学校は、戦前から続く学校が多い。ミッションスクールの特に女子校もその一例である。これは、学制改革で公立の旧制中学校の多くは共学になった(ただし、埼玉県、群馬県、栃木県は男女別学を受け継いでいる)のに対し、私学は、5年制である旧制中学校を6年制である中高一貫校にし、形態を継承したからである。ただし、21世紀に入って、西日本では私立男子進学校の共学化が見られ、女子校の共学化は首都圏などで見られる。 学区学校側が体力や時間の負担を考え、中学では学区を設けたり、通学時間を制限したりする(例えば新幹線通学などの遠距離通学を認めない)場合がある。国立中学校には多い。下宿については、中高一貫校においては高校生なら下宿を認めるが、中学は不可の場合が多い。 完全小中一貫校完全小中一貫校へは、当然入学できない。そのような例は多くないが、例えば、田園調布雙葉中学校、聖心女子学院中等科は完全小中一貫校である。また、義務教育学校の場合も、第7学年時への編入を認めていない場合が多い。 学校側の指針への理解加えて、学校側の指針への理解が特に求められる場合がある。例えば、国立大学教育学部附属中学の場合、教員・学生への教育研究協力への使命、私学ではキリスト教、仏教などの宗教教育への理解である。 また、学校の広告への協力、併設の高校に内部進学すること(特に、中等教育学校、中高一貫教育校)、大学進学希望を前提とすることなども挙げられる。 中学受験の現状中学受験が盛んな地域は、首都圏、京阪神をはじめとする都市圏である。 国立中学は、各都道府県に分散している。対して私立中学は、2023年度(令和5年度)時点では[6]、日本に781校あるうち、首都圏では東京都187校、神奈川県63校、埼玉県31校、千葉県25校と1都3県で306校と全体の39%を占める。京阪神では大阪府60校、兵庫県43校、京都府26校と2府1県で129校に上り、全体の17%を占めている。 そのため、中学受験に対する情報量には地域によって差がある。都市部では小学生の半数以上が中学受験する地域もあれば、郊外などで皆無やそれに近い地域がある。地域によっては小学生の大部分が国私立中へ進学するため、地域の公立中学が大幅な定員割れを起こす地域もある。また、そもそも中学受験という選択肢自体を知らない人が大半という地域も多い。 中学校は義務教育であり、小学校では、一部の私立小学校を除き、中学受験を前提にしていないカリキュラムが組まれる。そのため、一般には、進学塾や個別指導なしに有力な中学校に合格するのは難しいといわれており、進学後の学費だけでなく塾や個別指導の学費も必要である。したがって、中学受験は、教育の機会均等を奪っているのではという指摘もある。 質の高い小学生が中学受験で他地域の中学へ流れ、無試験である地域の公立中学校の質の低下を見たときに、いっそう中学受験が過熱するのではという指摘もある。 1999年度(平成11年度)より[1]、全国の一部の公立高校で附属中学を設置したり、中等教育学校に改組したりする学校も出てきた。公立中では「学力検査を行わない」[注 1]としており、入試に当たるものは「適性検査」・作文・面接など、受験に当たるものは「受検」としている。出題内容・形式は科目横断型、記述式であり、知識の暗記を積み重ねなければ対応できないものではないという、国私立中の従来の入試とは大きく異なるのが特徴である。一見機会均等に見えるが、難関私立中学に合格する程度の学力が必要との指摘もある。入試倍率が10倍を超える公立中高一貫校もある。 公立中高一貫校の数は、地方自治体の取り組みや方針によって差がある。 地域ごとの中受率首都圏・京阪神をはじめとする都市部の中でも、地域によって中受率に差がある。 私立中学在籍率は、全国では7.8%[7]であるが、首都圏では東京都は25.8%、神奈川県は11.2%、近郊では千葉県6.8%、埼玉県5.3%である。富山県は0.8%で圧倒的な格差がある。 さらに首都圏でも、郊外、下町では少ない。私立中学進学率は、2022年度(令和4年度)[8]では、文京区49.5%に対し江戸川区11.5%と大きな差がある。また、都心・山の手では、付属小学校からの内部進学も多い。 西日本の一部では首都圏・京阪神並みに中学受験が盛んである。高知県18.4%、広島県10.3%となっている。 東北地方や北陸地方では中学受験ができる学校は少なく、必然的に中受率も低くなる。2013年度(平成25年度)以降、秋田県と山形県には生徒募集している私立中学校はない。 御三家戦前戦前では、高等学校(旧制)の中でも一高への合格者数の高さが中学入試での人気・難度の高さにもなった。高等教育校に進学できるのは男子に限られたため、進学校とは、当然男子校に限られた。当時の一高合格者数の上位は、官立のそれも「一中」など若い番号のナンバースクールであった(第一高等学校 (旧制)#一高生の出身校を参照)。その中でも、東京府立第一中、愛知県立第一中、兵庫県立第一神戸中は「一中御三家」[9]と呼ばれていた(「御三家#教育機関」を参照)。 明治以来、公立よりも私立を優先するという歴史は、富裕層が多くいた東京と阪神間で始まった[4]。私立の上位3校を称した「私立御三家」は開成中、麻布中、芝中[10][11]である。武蔵高校は戦前から公立に次ぐとされたが[4]、当時は7年制高等学校であった。東京帝国大学への合格率では一高を上回ることもあったという(「武蔵高等学校 (旧制)#設立と発展」を参照)。 戦後戦後すぐは、新制東京大学合格者数において、戦前の公立旧制中学校が改組した公立高校が上位を占め、共学化して校名が変わった以外は戦前とあまり変わらなかった[12]。 しかし、全国の公立高校で総合選抜、学校群制度が導入された1960年代後半以降、東大合格者数で私立中高一貫校が台頭し始める[4]。その頃から、開成、麻布、武蔵が「東京男子御三家」と呼ばれるようになる。 神奈川の男子校においては、栄光学園が、1980年〜1990年代の神奈川県公立高校の学区細分化により、県有数の進学校であった湘南高校を凌いだ。それに次ぐ進学校として、聖光学院がある。1990年代前半までは、マンモス校である桐蔭学園が台頭していたが、2000年(平成12年)以降、もともと実績のあった浅野が伸長し、桐蔭学園に代わって「神奈川男子御三家」と呼ばれるようになる。 関西においては、1980年代後半から2000年代前半まで、東大・京大合格者数が多い灘、甲陽、東大寺、洛星、大阪星光学院、洛南が6強と呼ばれていた[13]。2000年代後半以降、東大・京大合格者数の漸増減、高校募集の停止、洛南の男女共学化により、6校で括るのが難しくなってきている。 西日本においては、関西の難関中学に落ちた者が、寮を設置している西日本の中学を受験し始めた[4]。その結果、西日本の寮を設置しているラ・サール、愛光が台頭し始め、灘と合わせて「西の御三家」と呼ばれるようになる。 東京の女子校においては、日本人の女性のみの手で創設された桜蔭、日本で最初に創設されたミッションスクールである女子学院、外国人として初めて来日したシスターによる雙葉が進学実績、入試難度で上昇し「東京女子御三家」と呼ばれるようになる。神奈川ではフェリス、横浜雙葉、横浜共立学園が「神奈川女子御三家」と呼ばれるようになる。 全国の私立進学校は20世紀後半まで男子校が多く、成績上位の女子は公立高校に進学するしかなかった。2000年代以降、私立男子進学校の共学化が、少子化にあえぐ西日本で始まった[4]。 九州においては、青雲、久留米大附設が共学となり、合格実績が上昇した。ラ・サールと併せて「九州私立御三家」と呼ばれるようになる。 進学校の大学合格実績は、成績上位の入学者数で変化する。合格実績によって括りが変わることもある。21世紀以降は旧帝大合格者数や率だけが上位の進学校であることを示す指標でもなくなってきている。例えば、国公立大医学部や海外大学への合格者数・率である。合格者数が下がっても、それまでの伝統かつ質のある教育を評価し、御三家に称されることがある。 1990年代末の制度改正以降、公立高校が附属中学を設置し、中高一貫教育を開始したり(最初は1999年の岡山市立岡山後楽館中学校・高等学校)、中等教育学校に改組したりする学校(最初は1999年の宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校)が現れたりしている。 合格への準備入試の偏差値入試の難易度を表す指標として、これまでに批判も受けつつも学力偏差値が便利である。大手の進学塾(学習塾)では公開模擬試験(模試)により広く大きい母集団から各学校の偏差値を割り出している。例えば、SAPIX小学部や四谷大塚、日能研、あるいは中小の学習塾の連合である首都圏模試センターである。これは学校が発表するものではない。定員が男女ごとに決まっている場合も多いため、偏差値は男女別で表示される。 京阪神では各学習塾が個別に模試を行うことが多く、複数の塾が開催するのは関西統一模試など少数である。また、関西だけは、社会を除く3科型または4科との選択が挙げられる。 日本の私立中学在籍率は、2023年(令和5年)の時点で8%弱[7]でかなり少数精鋭の集団であるため、偏差値が例えば50でも、中学受験のそれと高校受験のそれでは指標はかなり異なる。 合格可能性の見定め自分が合格する確率を見定めるには、以下の情報が必要である。
学習塾による模試の結果は、独自に集計されたデータやアンケートなどを元に概算の値が算出される。 複数回の入試を設けている学校では、複数回受験すると点数を加算する学校と一切考慮しない学校がある。 また、両親や親戚、兄弟姉妹で同校出身の者がいれば加算する学校もある。 中学受験の利点と問題点心身が発達の段階である小学生が、自律・自立して自身の努力だけで学習し、希望の中学校に合格するのは、並大抵のことではない。保護者や家族の協力が不可欠である。加えて、学費、時間を割いて塾、家庭教師の利用がほとんどである。 選抜試験を経た中学校に進学することで、質の良い教育、質の良い級友に恵まれることができる。ここでは、中学受験の利点と問題点を挙げてみる。 利点学習課程
部活動
進路
問題点入学前
入学後
小学校時代は成績優秀でも、中学受験を突破して進学した後は学年で成績が下位に沈んでしまい、そのギャップに悩んだり、逆に学年最下層に安住してしまったりすることを「深海魚現象」と比喩的に呼ばれることがある[16]。 入試日程受験日私立中入試においては、各都道府県の私学協会で入試解禁日を設けている。私立中の帰国子女向け入試は通常、解禁日以前の早期に実施されている。 首都圏などの都市部では、私立中の入試解禁日は曜日に関係なく設定されている。首都圏の場合、埼玉県が1月10日、千葉県が1月20日、東京都・神奈川県が2月1日となっている。埼玉・千葉の私立中入試には首都圏一円の受験生が腕試しに受験する。 入試形態の多様化などにより、入試を複数回実施している私立中学校が多い。現在入試回数が1回の学校は、国公立中、私立の難関校または伝統校などに限られている。 いわゆる御三家は全て2月1日のみに入試を実施している。したがって、御三家を併願することはできない。ただし、2月1日が日曜日の年は、ミッションスクールで試験を翌日の月曜日に設定する学校がある。これは日曜礼拝との重複を避けるためである。これを「サンデーショック」という。サンデーショックの年は、1日校は集中するが、2日校は集中と分散がある。 また、21世紀初頭から、午後入試を実施する学校が現れ始めた。午後入試では2科目入試も多く、また、2010年代末に算数1科目入試を午後入試で実施する学校も現れ始めた。 合格発表通常、公立中高一貫校を除く国私立中は、最大で2日後、早い学校は当日の夜に発表する。 発表の形式は、近年では、校内掲示板またはインターネットの専用ページで発表する学校がほとんどである。かつては、発表日の所定時間にFAX、電子メール、レタックス、電報にて個別送信する学校もあった。 2020年(令和2年)3月以降の新型コロナウイルスの流行を受けて、合格発表を伝統的に校内掲示としていた学校も、人の殺到を避けるため、インターネットでの発表も行うようになってきている。 合格者全員が入学するわけではないため、過年度のデータを基に、若干多めに発表される。見込んだ人員以上に辞退者が出た場合、繰り上げ合格者を出すことがある。それにより入学手続済みの学校で新たな辞退者を生み、順次波及して年度末の一定期日まで繰り上がり合格者を出していくことがある。 逆に、入学辞退者が見込みより少なかった場合、学級数増で対応し、次年度募集人員を減らす[注 2]形で翌年の受験に影響することがある。 入学手続合格発表後、学校側が定めた一定の期間で合格者からの入学手続きが行われる。難関校や名門校とされる学校の中には、受付期間を短く設定しているものもあり、中には受付が1日限りで終了する学校もある。逆に合格者の併願校の合否を待つため、長期間や二段階で入学受付を行うところもある。 手続きは合格証書他、手続き書類一式を受け取る。多くの場合、入学金とその他初期費用を学校または指定の金融機関の口座に事前に納付しておき、必要書類と納付済書を提出して入学への手続きは完了する。入学手続きそのものは学校の受付窓口、事務所、郵送など学校ごとに異なる。併願している学校がある受験者については、まず一時金を納め、その後の合格発表の日程に合わせて残金延納可としているところもある。 合格発表日と入学手続開始日が異なることも多く、この場合、入学手続き用書類の受取期限に注意を要する。受取期限を過ぎても受領しなかったり、手続き期間ても入学の手続きを済ませなかった合格者は自動的に入学辞退として扱われ、定員に対して空きが発生した場合には補欠合格者に繰り上げ合格の通知が行われる。 学校で手続きを行う場合は併せて入学式までの日程の案内が行われることも多いが、これとは別に3月中に事前登校日を設定して入学予定者を召集する学校も多い。また、入学手続きの際や事前登校日には、制服の採寸を行ったり、学校生活やカリキュラムについての説明が行われることもある。特に名門校や伝統校の場合には、別途保護者を集めて学校関係者との事前の懇談会が行われることもある。また保護者に対しては生徒を狙った学習塾などの勧誘や寄付金詐欺などに対する注意をしたり、幼稚園受験や小学校受験などと同様にほかの保護者への対応の心得[注 3]などの説明を行ったり、これらをまとめた冊子が配布される場合もある。 なお、他校への入学が決まった場合、入学手続き後であっても辞退を申し出ることはできる。受付期間後に生じた繰り上げ合格者については学校側の都合であるので別途受付を行う。 出題範囲と内容国公立中学校は、小学校課程を超えない範囲で出題しなければいけない。 私立中学校では、小学生の言葉で誘導することで、事実上中学課程以上の内容が出題されていることが多く見られる。 公立小学校の学習のみで難関中学校の入学試験に合格するのは事実上不可能に近い。 科目・配点4科目入試が主流であるが、2科目入試の学校も一部見られる。ただし、関西は社会を除く3科目入試が主流である。 4科目の配点は、4科目均等である学校(一部の国立中学、慶應普通部、女子学院、鷗友、頌栄、鎌倉女学院、市川、東大寺、東海、南山、西南学院、片山学園など)は少なく、また100点満点ではない学校も多く、科目ごとの配点は学校によってまちまちである。 また、下記の学力以外の要素を判定に加味する学校もある。一部の国立中学や私立中学では体育、図工、音楽などを課している。 公立中高一貫校との併願を想定した、「適性検査型入試」を実施する私立中学が2010年(平成22年)以降増え始めており、その名称は学校ごとに様々である。 国語国語は漢字、語法、ことわざなどの基礎的な国語力を問われるほか、読解力を見る長文読解問題が出題される。アドミッションポリシー(どんな生徒に入学して欲しいか)を伝えやすい科目であることから、工夫を凝らした出題をする学校が見受けられる。 近年、有名作家の文を使用した入試問題をそのままウェブサイトや過去問集に掲載したとして、複数の会社の出版物などが問題となった。 算数算数は点数の差がつきやすいことが多く、そのため難度の点でも話題に上ることが多い。出題形式は大むね、問題数が多く、正確さとスピードが重視されるタイプの学校と、3~6題程度の応用問題のみ出題する学校とに分かれる。 文章題では、方程式だけに頼らず、単元に固有の性質に着目して解くことが求められる。小学校では方程式を習わないため、方程式だけを使おうとすると、文字数や等式が多くなったり、立式が困難になる問題がほとんどである。
理科理科は、知識を問うもの、実験を要約・考察させるもの、論理や計算により答えを求めさせるもの、などからなる。どの分野が出題されるかは、学校、年によってまちまちである。 パターン問題からなるセットに加えて、誘導文から答えを探す・推測するセット、計算問題の比重が多いセットがある。比較的文章が長いセット、1つのテーマに沿って話を展開するセット、配られた物を考察する問題、自分の意見を問う問題、といったユニークな出題をする学校もある。 理科系の時事が問われることも多い。誘導文により中学課程以上の話題を展開する場合も多く見られ、範囲は多岐にわたる。そのため、用語、結果、解法を覚えるだけでなく、因果関係の筋道を立てられるようにすることが、未知の問題を解く鍵となる。 理科でも社会(地理など)、国語(文学作品など)の内容から出題された事例がある。 社会社会は地理・歴史・公民から出題される。時事問題の出題が多く、四谷大塚の調査では、時事問題を出題する中学は8割にも上り、年々増加傾向にあるといえる。 地理・歴史の、複合的な出題が見受けられる。例えば、地理の問題からそこを舞台とした歴史を問い、さらに現在の社会の仕組みと結びつける、などである。 英語かつては、私立中学の帰国入試で英語を取り入れる場合があったが、2014年(平成26年)から一般入試でも試験科目に英語を取り入れる学校が出てきた[20]。試験科目に英語を導入した学校数は、2014年は15校であったのがその後急激に増加し、2015年には33校、2016年64校、2017年95校、2018年112校、2019年125校、2020年141校となり、その後は上げ止まっている[注 4]。特に女子校に多く見られる[21]。国立中学校では東京学芸大学附属国際中等教育学校が採用している。公立中高一貫校では、2019年(平成31年)4月に開校したさいたま市立大宮国際中等教育学校が採用している。 2020年(令和2年)時点、英語入試の形態は大きく
となっており、英語の試験内容は大きく分けてインタビュー形式とペーパーテストの2つの型がみられる。
学力以外の要素実技試験
面接実施する学校によって、親子面接、志願者・保護者別の面接、志願者のみの単独・グループ面接などがある。 志願理由書受験生または保護者が記載する。出願時または受験時に提出。面接を課す場合はその内容を照合しながら行われる。 抽選国立中学では応募者が多すぎる場合に抽選を実施する。実施時期は第1次選考と称して学科試験の前に行う場合と、学科試験などによって選抜したあとに行う場合とがある。 報告書、通知表のコピー報告書は小学校に依頼して担任が作成する書類であり、高校受験における調査書に相当する。中学校独自の様式もあれば、地域で統一した様式もある。厳封したまま志望校に提出する。通知表のコピーで代用できる場合も多い。これは欠席日数や成績を確認するためのものであり、受験率の高い地域にあっては短期間に仕上げなければならない担任の事務負担が高い。この2つは不要の場合もある。 脚注注釈出典
参考文献
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