JR西日本クモハ84形電車
クモハ84形は、西日本旅客鉄道(JR西日本)が1988年(昭和63年)に荷物電車を改造して導入した旅客用電車である。 概要瀬戸大橋線開業後に宇野線の茶屋町 - 宇野間専用電車として、余剰となった旧性能荷物電車クモニ83形を改造して製作された旅客用車両である。 3両が改造され、クモハ84001 - 003の番号となった[2]。改造種車はクモニ83005・026・027の3両で、施工所は幡生車両所である[3]。なお、種車のクモニ83形0番台も72系からの改造車である[4]。 登場の経緯![]() 岡山 - 宇野間を結ぶ宇野線は宇高連絡船と接続する本州・四国間の連絡路線であったが、1988年3月に瀬戸大橋線が開業すると本州と四国が鉄道で結ばれ、茶屋町 - 宇野間は連絡ルートから外れたローカル線の扱いとなった[6]。ローカル区間は短距離であり、輸送量適正化の面から1両で運転可能な1M方式の電車が投入されることになった[6]。 国鉄分割民営化直前は荷物輸送廃止で荷物車が余剰となり、新性能荷物電車を改造した旅客車としてクモハ123形が国鉄末期に登場していた[7]。瀬戸大橋線開業の時点でクモハ123形へ改造可能な余剰車が無かった[5]ことから、荷物輸送廃止後もJR西日本に継承され保留車となっていた旧性能荷物電車クモニ83形0番台3両を旅客車に改造し、クモハ84形が登場した[2]。 車両概説車体車体は荷物車から旅客車に改造されたため、従来の荷扱車掌室やトイレ、貴重品棚、荷物室などを撤去して客室に変更した[2]。 側窓は種車の構体がなるべく生かされる形となり、側窓は幅690 mmで上段下降・下段上昇式のユニット窓が設置された[2]。側扉は種車の荷物室用扉と同じ位置に両開きの客用扉を設け、前後非対称の変則的な配置となった[2]。ドアエンジンはTK4形である[2]。車内の座席はロングシートで、袖仕切りや荷棚は201系に準じた構造とされた[2]。 車体塗装は黄6号をベースとし、213系で採用された青色の濃淡帯(青26号と青23号)を配したもので、前面の帯はV字状のアクセントが設けられた[2]。 主要機器冷房装置は設けられず、屋根上には種車と同じくグローブ型通風器が4基設置された[2]。パンタグラフはクモニ83005がPS13形を、クモニ83026・027がPS23A形を各1基搭載していたが、全車ともPS16形に統一された[2]。 中央東線用であったクモニ83026・027の台車にはスノープラウが搭載されていたが、これを撤去の上で代わりに排障器が設置された[3]。種車のクモニ83形に搭載されていたブレーキの「新旧切換装置」は撤去された[2]。 運用クモハ84形は1988年より宇野線の茶屋町 - 宇野間を主体に運用された[8]。1995年6月に阪和線羽衣支線で運用されていたクモハ123-5・6が宇野線に転用されたのに伴い、1995年7月11日をもって定期運転から引退し同年7月23日にさよなら運転を実施した[9][10]。翌1996年3月27日に3両とも廃車回送され[11]、同年3月31日付で全車廃車となった[3][12]。 脚注
参考文献
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