父島近海地震(ちちじまきんかいじしん)は、2010年12月22日2時20分に発生した地震である。
概要
小笠原諸島父島の東約170km付近、深さ8kmを震源として発生した。地震の規模を示すマグニチュードはMj(気象庁マグニチュード)で7.4[2]あるいは7.8[3][4]、Mw(モーメントマグニチュード)で7.3[3]〜7.4[5]と推定される。Mj7.8(Mj7.4)という規模は、周辺の深さ0km〜200kmで起きた地震としては1923年以降で最も規模が大きい[2]。東京都小笠原村で最大震度4を観測したほか、岩手県と関東地方から沖縄地方にかけて津波を観測した。
メカニズム
この地震の発震機構は西北西から東南東走向で北東-南西方向に張力軸を持つ右横ずれ成分含む正断層型[2]で、伊豆・小笠原海溝海溝軸東側の太平洋プレート内部で発生した海洋プレート内地震(所謂アウターライズ地震)である。地震の揺れから求めるMjは7.8[3][4][注 2]であり、気象庁によるCMT解析のMwは7.3[3]、遠地実体波解析のMwは7.4[5]と気象庁マグニチュードよりも小さかった。アメリカ地質調査所によるW-phase解析のMwは7.3、CMT解析のMwは7.4であった[6]。
また、GPS観測の結果、この地震によって父島で西南に1.4cm、母島で西南に1.7cmの地殻変動が観測された[7][8]。
この地震の震央付近は地震活動が活発で、伊豆・小笠原海溝の東側では南北方向〜北東-南西方向に張力軸を持つ型、伊豆・小笠原海溝の西側では東西方向に圧縮軸を持つ逆断層型の地震が多く発生している[2]。
震度
震度2以上を観測した地点は次の通り[4]。
小笠原村で震度4以上を観測したのは2001年9月13日に父島近海で発生した地震で震度4を観測して以来のことであった[2]。
津波
地震発生8分後の12月22日2時28分に、気象庁は津波警報を小笠原諸島に、津波注意報を伊豆諸島、静岡県、愛知県外海、三重県南部、和歌山県、徳島県、高知県、宮崎県、種子島・屋久島地方、奄美諸島・トカラ列島に発表し、地震発生5時間後の7時20分までに全ての津波警報・注意報を解除した。八丈島八重根で0.5m[注 1]、父島で22cmの津波を観測したほか、東北地方の一部、関東地方南部から沖縄地方にかけての太平洋沿岸でも4cm〜15cmの津波が観測された。津波が予想よりも低かった理由は、モーメントマグニチュードが小さかったためだと考えられている[1]。
脚注
注釈
出典
関連項目
外部リンク
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地震の発生日時はUTC |
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- 喜界島(1911年、M8.0)
- 日高沖(1913年、M7.0)
- 桜島(1914年、M7.1)
- 秋田仙北(1914年、M7.1)
- 石垣島北西沖(1915年、M7.4)
- 十勝沖(1915年、M7.0)
- 宮城県沖(1915年、M7.5)
- 明石海峡(1916年、M6.1)
- 静岡(1917年、M6.3)
- 択捉島沖(1918年、M8.0)
- 大町(1918年、M6.1+M6.5))
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