池田 仲律(いけだ なかのり)は、因幡鹿奴藩(鳥取東館新田藩)の第8代藩主。
生涯
文化2年(1805年)6月26日、第7代藩主・池田仲雅の三男として江戸で生まれる。文化4年(1807年)9月に世子に指名される。文政7年(1824年)9月26日、父の隠居により家督を継ぎ、12月16日に従五位下・壱岐守に叙位・任官する。
天保12年(1841年)、宗家の鳥取藩主池田斉訓が死去した際、仲律の長男慶行が養嗣子として跡を継いだ。
嘉永3年(1850年)3月11日、江戸で死去した。享年46。跡を三男・仲建が継いだ。
家系
- 父母
- 兄弟姉妹
- 豊子
- 英子(高木正明室)
- 文之助
- 品子(松平定寧室)
- 池田仲律
- 鉄之丞
- 泰次郎
- 寿子(秋元昭朝室)
- 池田仲諟
- 仲諟の長女・映は仲建夫人、長男清緝は若桜藩第9代藩主、三男徳澄は鹿奴藩第10代藩主となっている。
- 池田清直(池田定保養子)
- 若桜藩第8代藩主。
- 鋼子(竹中熊三室)
- 正子(伊東祐鷹室)
- 池田栗
- 栗の子・源は、第12代当主となっている。
- 子女
- 長男:池田慶行(池田斉訓養子)
- 本家の養子となり、鳥取藩第10代藩主となった。
- 三男:池田仲建
- 鹿奴藩第9代藩主。
- 二女:整子(池田慶行養女、池田慶栄室)
- 慶栄は鳥取藩第11代藩主。金沢前田家から婿養子に迎えた。
- 三女:銓子(池田輝知養女、池田源室)
- 四女:千世子(津軽承叙正室)
略系図
- 実線は実子、点線は養子および婚姻を示す。
- すべての人物を掲載してはおらず、また兄弟・姉妹の順に配列してはいない。
- ※印は、同じ英字を付した人物が同一人物であることを示す。
- 太字の数字 6, 7…… は鳥取東館新田藩(鹿奴藩)主の代数を示す。
- 「鳥」を付した数字は鳥取藩主代数、「若」を付した数字は鳥取西館新田藩(若桜藩)主の代数を示す。
参考文献
- 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』霞会館、1996年。
鹿奴藩第8代藩主 (1824年 - 1850年) |
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