日本三大花火大会日本三大花火大会(にほん(にっぽん)さんだいはなびたいかい)は、日本で開催される主要な3つの花火大会をまとめた。 日本三大花火大会いずれの「三大」も、根拠となる文献的初出、あるいは、命名者については不明である。 江戸時代江戸時代には、以下の3つの花火大会をまとめて「日本三大花火」と称されていたとされる[1][2][3][4]。
現在以下の3つの花火大会をまとめて「日本三大花火大会」と称されている[5][6][7]。
大曲と土浦が含まれる「日本三大競技花火大会」では、決められたルールである尺玉(10号玉)などで競い合う。一方、長岡を含む新潟県等では花火の巨大化を競い合う「ギネス世界記録」競争が繰り広げられた。これについては「正四尺玉」「越後三大花火」等を参照。 日本三大競技花火大会公益社団法人日本煙火協会(2017年(平成29年)12月31日時点の正会員:325、うち打揚製造:125[8])が後援する以下の表の3つの競技花火大会をまとめて「日本三大競技花火大会」と称されている[9]。伊勢神宮奉納全国花火大会の競技性が高まった2008年(平成20年)よりこの名称の存在が確認されているが、それ以前からあったかは不明。 以下の表では、各部門の優勝者に与えられる賞も掲載する。特に、国務大臣の賞は太字で示すが、大臣からの賞の授与数は、全国花火競技大会(大曲の花火)が3、土浦全国花火競技大会が2、伊勢神宮奉納全国花火大会が1である。なお、大曲では各部門の優勝者に大曲商工会議所会頭賞および大会会長賞も授与される。大曲と土浦では、2位以下にも賞が与えられている。 長年に渡って「通商産業大臣賞(現:経済産業大臣賞)」が各競技花火大会での最高賞であった。この時期には少なくとも5つの大会に同賞は授与されていた。その中で2000年(平成12年)より、大曲および土浦の両大会にのみ「内閣総理大臣賞」の授与が始まり、他の競技花火大会から抜きん出た地位を得た。すると、両大会を以って「日本二大競技花火大会」と称する例も見られるようになった。
沿革大曲の花火大会は東北地方の花火師を対象として1910年(明治43年)に始まるが、当時としては優勝賞金が極めて高かったため全国の花火師が参加するようになり、第一次世界大戦の大戦景気に沸いていた1915年(大正4年)に「全国花火競技大会」と改称した[10][11]。一方、土浦の花火大会は大正関東地震(関東大震災)による震災恐慌中の1925年(大正14年)に始まり、戦後占領期の1946年(昭和21年)に大曲と同様の「全国花火競技大会」に改称して全国の花火師が競う大会となった[12]。 1959年(昭和34年)、土浦で「速射連発」(現在でいうスターマイン)を独立した競技部門としたことで競技花火大会としての特色が生まれた。1961年(昭和36年)3月、日本煙火工業会が社団法人日本煙火協会を創設することを決議すると、同年に土浦が日本で初めて通商産業大臣賞および中小企業庁長官賞が授与される花火大会となった[13](中小企業庁は通商産業省(現:経済産業省)の外局)。 大曲でも2年後の1963年(昭和38年)に通商産業大臣賞(現:経済産業大臣賞)が授与され始め、翌1964年(昭和39年)に「創造花火」という独自の競技部門が生まれた[11]。また、1966年(昭和41年)から中小企業庁長官賞の授与が始まり、1978年(昭和53年)には「昼花火」という独自の競技部門が生まれた[11]。 バブル景気が始まると大曲では競技後に行われる「大会提供花火」が人気となり[11]、観客数が急増した。1992年(平成4年)、土浦が「土浦全国花火競技大会」と改称し[12]、半世紀近く続いた大曲と土浦の両大会が同名である状態は解消された。1996年(平成8年)、大曲で科学技術庁長官賞が授与され始めた[11]。 2000年(平成12年)から、大曲および土浦の両大会で内閣総理大臣賞が授与され始めた[13]。同賞を授与出来るのは、全国の競技花火大会の中で大曲と土浦のみであるため、両者をまとめて「日本二大競技花火大会」と言う場合もある[14]。なお、中央省庁再編に伴い、2001年(平成13年)から通商産業大臣賞は経済産業大臣賞に、科学技術庁長官賞は文部科学大臣奨励賞(2015年(平成27年)より文部科学大臣賞)に改称された。 2005年(平成17年)から伊勢神宮で第62回式年遷宮が始まると伊勢市は、伊勢神宮奉納全国花火大会が1889年(明治22年)の第56回式年遷宮に由来し、中断を経て1953年(昭和28年)の第59回式年遷宮から現在に至るとの見地に立って[15]、競技花火大会としての質向上を目指し始め、審査体制を2007年(平成19年)に全面的に見直した[16]。大曲と土浦に伊勢を加えた3者をまとめて「日本三大競技花火大会」という名称は古くからあると同市では主張している[15]が、観光PRで使用し始めたのは同市で「全国花火サミット」が開催された2008年(平成20年)からである。このような中、伊勢でも経済産業大臣賞(競技花火界では内閣総理大臣賞に次ぐ格式の賞と認識)の授与を始めたいと経済産業省に掛け合ったところ、大曲の創造花火、土浦のスターマイン、諏訪の若手花火師限定といった特色が伊勢には無いからとの理由で断れてしまう[15]。しかし国土交通省に掛け合い、2011年(平成23年)から国土交通大臣賞および観光庁長官賞を授与し始めることに成功した[15](観光庁は国土交通省の外局)。 表彰以下に、競技花火大会において授与されている国務大臣の賞を列挙する。なお、「日本三大競技花火大会」以外の大会も含む。 内閣総理大臣賞
経済産業大臣賞(旧:通商産業大臣賞)かつてこの賞は競技花火大会での実質的な最高賞であった。しかし、2000年(平成12年)に大曲と土浦で最高賞が内閣総理大臣賞となり、また、2011年(平成23年)に伊勢の最高賞が国土交通大臣賞になったため、この賞の地位は曖昧になった。
過去文部科学大臣賞(旧:科学技術庁長官賞→文部科学大臣奨励賞)
国土交通大臣賞
脚注
関連項目外部リンク
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