悪臭悪臭(あくしゅう)とは、ヒトに知覚できる臭気のうち不快なものを指す。 公害対策基本法で規定された典型七公害のひとつであるが、「不快」の定義及び数値化が困難で騒音以上に個人差が大きい感覚公害である。このこともあり、法令による規制対象としての悪臭は、日常生活でいうのとはいくぶん異なるものとなっている[1][2]。
嗅覚と悪臭ヒトの嗅覚は五感のうちでも特に鋭敏であり、本能的、原始的な感覚とされ、未解明の領域も多い。腐敗した有機物の発する物質を悪臭と感じるのは、進化の過程で死臭による危険の察知や、食物の状態を判断するため発達したものと考えられている。 臭気として知覚できる物質は数十万種はあるといわれ、日常的に「○○のにおい」と表されるものでも、その構成物質は数百に及ぶ。たとえばコーヒーの香りからは500種の物質が数えられている。また、ヒトが何らかの臭気を感じた時、それを不快に感じるかどうかは非常に幅が広く、様々な要素が影響する。
このため、悪臭を定性的・定量的にあらわすことは非常に困難であり、評価から人間の主観を排することができない。この問題の解決手段として期待されている臭気センサーの開発は、五感を代替するセンサーのなかでは最も遅れている。これまでに半導体や薄膜、細胞などを利用したものが考案され、製品も市販されているものの、ヒトの嗅覚、特に嗅ぎ分けには追いついておらず、用途は限られている。 悪臭物質アンモニア(公衆トイレの臭い)、硫化物(腐敗臭)、フェノール類、アルデヒド類などが代表的な悪臭物質である。特に悪臭のする物質は、特定悪臭物質として悪臭規制法で指定されている。 特に硫化物(有機硫黄化合物)は濃度に対する悪臭の強さが突出しており、ガスの付臭に用いられている[3]。 発生源
このほか、身近な臭気も規模は小さいが状況により悪臭となる。
苦情統計環境省は悪臭苦情の統計を取っており、令和二年度の状況は次のとおりである[5]。
対策悪臭は気体であるため、発生源の気密性を高め、ダクトで送気し、サーマルオキシダイザーなどの無害化装置に送り込むといった対策が採られる。 こうした処置は大掛かりかつ高価になるため、なかなか実行されないのが実情である。 サーマルオキシダイザー熱で悪臭分子を分解する装置。 →「サーマルオキシダイザー」も参照
煙突腐食性や毒性など有害性の懸念がない場合には、煙突を用いて高所へ放出し希釈・拡散する方法が有効な場合がある。 煙突を用いた高所への拡散は、悪臭防止法により二号規制として定められている。 法的規制悪臭防止法→「悪臭防止法」も参照
悪臭防止法は、当該法律において規定された地域の悪臭の発生を規制するものである。 自治体の長が悪臭を防止する必要のあるエリアを指定する。一般的には学校、病院、住宅街(住居専用地域)といった地域が指定される。 通常、工業地域はこの指定から外され、悪臭の規制は一切存在しないことがほとんどである。 二号規制工場などで発生する排気は、通常煙突を通じて高所に排出され、拡散し、いずれ地上に落下してくる。 この時の悪臭の程度を以って基準をクリアしているかどうかが判断される。 つまり、非規制地域である工業地域での排出であっても、最終的に規制地域内で悪臭が検知された場合は規制をクリアしたとはみなさない。 これを二号規制と呼ぶ。 所轄省庁悪臭防止法の所轄は環境省である。 環境省は、事業者の臭気対策のためにガイドブック、パンフレット、マニュアル、統計データなど広く公開している[4]。 また、トラブルの調整役として総務省が公害等調整委員会や公害紛争処理制度、公害苦情相談窓口を設置している[6]。 2つの規制基準悪臭は悪臭防止法により規制され、次の2つの規制基準が設定されている。
このどちらかの基準に則る必要がある。(環境基準は設定されていない) どちらの規制基準を採用するかは、各自治体に委ねられている。 抵触しているかどうかは、発生源を特定したうえで、その敷地境界線上での測定し、採用した規制基準に適合しているかどうかで判断される。 臭気指数規制への切り替え特定悪臭物質は、特に臭気が強いものを指定しリスト化したものであるが、すべてを網羅できるわけではない。 リストに含まれなくとも悪臭のする物質は無数に存在し、また一般的に悪臭とされないものであっても濃度や頻度によっては悪臭公害とみなされる。 そのため、より広範な規制体系が求められ新設されたものが臭気指数規制である。 臭気指数は規制する物質を特定せず、臭気判定士などの有資格者が直接その空気の臭いを嗅ぎ、臭いの強さそのものを判定する。 特定悪臭物質による規制では対処できない広範な悪臭に対して包括的に規制することができるため、より有用であると考えられる。 そのため、環境省は臭気指数規制への切り替えを支援しているが、ほとんど進んでいない。 環境省の統計によると、平成22年時点で全国の自治体のうち、臭気指数規制を行っている自治体はわずか27%程度である[7]。 切り替えが進まない要因としては、特定悪臭物質に含まれない悪臭物質を放出している事業者を抱えている場合、臭気指数規制に切り替えてしまうとそうした事業者が多額の費用をかけて悪臭対策をする必要があるため、難色を示すケースが多い。 2022年現在においてもパルプ工場や鋳物工場などがある自治体においては、その周囲の非工業地域、つまり悪臭防止法で保護されるべき地域であっても悪臭はあって当然のものとされている。 そのため、そうした自治体では臭気指数への切り替えは全く行われていない。 ただし、昨今の国民の環境意識の高まりやSDGs、企業の社会的責任などの普及、自治体への苦情の増加により、抜本的な対策である臭気指数規制への切り替えはなされなくとも、業者側が自主規制に努めて昭和の時代よりは改善されている傾向にある [8][9][10]。 特定悪臭物質法令上は「不快なにおいの原因となり、生活環境を損なうおそれのある物質」とされているが、香料として食品添加物に利用されているものもある。
臭気指数臭気指数とは、臭気濃度の常用対数を10倍とし、感覚的臭気強度と同程度の数値となるようにしたもの。
法令では、人間の嗅覚でその臭気を感知することができなくなるまで希釈した倍数、から算出される。 臭気をヒトの嗅覚で評価しようとする試みは古く、20世紀初め、ドイツのヘンドリク・ツワーデマーカー (Hendrik Zwaardemaker) に遡る。日本では1975年、東京都が開発・使用していた三点比較式臭袋法が注目され、やがて全国展開された。 測定方法嗅覚検査に合格したパネル(被験者)に、3つの袋のうちどれかに希釈した臭気試料が入っているサンプルを渡し、どれに入っているか当ててもらう。 パネルの正解率が3分の1まで低下した時点で、希釈により臭気が感じられなくなったと見なし、その希釈倍率を臭気濃度とする。 規制の歴史かつて、都市への人口集中を背景として、工場をはじめとする事業場等で使用される材料や製品、廃棄物などから発する臭気が問題となった。これに対し、測定可能な悪臭「物質」を定め、その濃度について設けた基準を用い、被害を評価する手法が採られた。規制されている物質には、有毒なものも無害なものもあるが、嗅覚刺激が強かったり、悪臭被害を招きやすい状況から共通して発生する物質のうち、定量的に測定できる物質が選ばれている。 これにより、悪臭に関する苦情件数は濃度規制導入時の年2万件弱から20年を経て年1万件まで減少したものの、複数または対象外の物質による複合臭気(原因物質が特定できない事も多い)、増加する都市型、生活型と表現されるタイプの臭気苦情への対応には限界があった。そこで、1996年から臭気判定士による測定から求めた臭気指数による規制を行うこととなった。 しかしながら、この改正を境に全国の悪臭苦情件数は急増し、2003年には過去最悪の年2万5千件に達した。その後減少し、2006年度実績は18805件となっている。なお、苦情が急増した背景には当時認識が広まった、野焼きによるダイオキシン類生成への警戒感があると見られる。 2000年に環境庁は「におい環境指針」を策定し、環境基準に準じるものとして、臭気環境目標(不快なにおいの低減と臭気に関する望ましい環境の維持・達成)として定性的目標(大部分の地域住民が日常生活において感知しない程度)を設定した。また、定量的目標の設定に必要な数値化手段の開発が産業技術総合研究所で行われている。 出典、脚注
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