変則チェス変則チェス(へんそくチェス、Chess variant)とは、チェスから派生した、あるいはチェスの影響を受けたゲームの総称である[1]。変則チェスに分類されるゲームは、一般に様々な点で通常のチェスとの違いがある。 チェスの祖先とされるのはチャトランガだが、同じようにシャトランジ、マークルック、タメルラン・チェス、将棋、シャンチーなどもチャトランガから派生したゲームである。英語ではチェスのことを「国際チェス(International chess)」や「西洋チェス(Western Chess)」と代表的に呼ぶこともあるが、チェスはあくまでもチャトランガからの派生形の一つに過ぎず、チェス自体が「変則」して成立したものとも見ることができる[2]。 変則チェスの多くは、通常のチェスと同じ盤駒・道具類を使って遊ぶように作られている[3]。また、ほとんどの変則チェスには版権が存在しないが、商業化を前提にして考案される場合もある。さらに、コンピュータチェスや通信チェスの概念があるように、変則チェスも対面での対局に限らず、遠隔との通信やコンピュータソフトの形としても遊ばれている。一部のインターネットチェスサーバでも変則チェスを提供していることがある。 チェス・プロブレムの世界では、変則チェスは異端チェス(heterodox chess)、フェアリー・チェス(fairy chess)とも呼ばれる[4][5]。チェス・プロブレム界では、フェアリー・チェスは実際に対局して遊ぶためというよりも、チェス・プロブレムの創作のために考案されることの方が多い傾向にある。 知られている変則チェスの総数は、数千個にも及ぶ(変則チェスの一覧も参照)。書籍 "The Classified Encyclopedia of Chess Variants"(分類別・変則チェス百科事典)は約2000個もの変則チェスのルールを収録しているが、その序文には「変則チェスを考案するのは割合誰にでも出来ることであるため、その多くは掲載に値しない」という趣旨の記述がある[6]。 チェスの成立史
→「チェスの歴史」も参照
チェスに類するボードゲームの源流は、グプタ朝時代の古代インドで生まれた「チャトランガ」にまで遡ると言われている[2]。時を経るにつれて、チャトランガは独自に変化を遂げながら世界各地へと伝播し、土地ごとに異なったルールとなって各地に定着していった。サーサーン朝ペルシアでは、一部のルールが異なったチャトランガが「シャトランジ」として知られるようになった。シャトランジはさらに変化してヨーロッパへと伝わり、チェスの成立へと繋がった。クーリエ・チェスという派生ゲームは中世ヨーロッパで定着し、チェスが成立する上で特に大きな影響を与えたとされる[2]。 日本の将棋、中国のシャンチー、カンボジアのマークルックなども、チェスと同じようにチャトランガから派生・伝播して成立したゲームである。これらのゲームも「変則チェス」に含めることがあるものの、あくまでチェスにアレンジを加えたものが変則チェスの大半を占めている。19世紀までチェスのルールは標準化されておらず、多数の変形ルールが存在していた。その中で最も人気のあった変種が広まり、最終的に現在のチェスとなった。 変則チェスの種類→「変則チェスの一覧」も参照
一部の地域には、チェスに匹敵する、あるいはチェスよりも古い歴史的起源を持つ変則チェスも伝わっている。しかし変則チェスの大部分は、個人や小さなグループが、チェスを元に新しいゲームを創作しようとした結果生まれたものである。変則チェスの考案者は普通、チェス愛好家・より多くの一般層が興味を持つ新しいゲームを作ろうとしている。変則チェスは、チェスと同じくパブリックドメイン扱いになることが一般的であるが、ナイトメア・チェスなど、明示的な版権があり商業製品として販売されるものも一部ある。 通常のチェスの問題点への解決策として変則チェスが考案される場合もある。一例としてボビー・フィッシャーは、オープニングの研究次第でチェスの勝敗が左右されすぎることを問題視し、その解決策として駒の初期配置をランダム化するチェス960という変則ルールを考案した[8]。また、普通のチェスにない要素を追加して複雑にし、普通のチェスに慣れたプレイヤーに新鮮な楽しみをもたらそうとして考案される変種もある。例えば、クリーグシュピールという変則ルールでは、プレイヤーは相手の駒を見ることができない[注釈 1]。 下表は、普通のチェスと変則チェスのよくある変更点を例示したものである。
既存の変則チェスをさらに改変して、新しい変則チェスを作ることもある。一例として、ダンセイニ・チェスをアレンジした大群チェスが挙げられる[9]。 実際の対局よりも、面白いチェス・プロブレムやチェス・パズルの創作を主目的として考案される変則チェスも存在する。変則チェスに基づくチェス・プロブレムを、特に「フェアリー・チェス(en:Fairy chess)」と呼ぶ(変則チェスそのものをフェアリー・チェスと呼ぶこともあるが、英語圏では一般的な言い方ではない[10])。 フェアリー・チェスから派生した用語「フェアリー駒」とは、普通のチェスにはない特殊な動き方をする駒を意味し、変則チェスに関する文献で広く使われている。フェアリー駒の動き方を統一的に表す記法も複数考案されている。フェアリー駒を使うことを特徴とする変則チェスも複数存在し、特によく用いられるフェアリー駒に関しては著名なチェス用品メーカーから駒セットが市販されている[11]。 著名な考案者チェスのタイトルホルダーが変則チェスを考案した例が複数ある(ボビー・フィッシャー作のチェス960、ホセ・ラウル・カパブランカ作のカパブランカ・チェス、ヤッサー・セイラワン作のセイラワン・チェスなど)。 多数の変則チェスを考案した人物としては、V・R・パートン(アリス・チェスで有名)、ラルフ・ベッツァ、フィリップ・M・コーエン、ジョージ・R・デクル・シニアなどが著名である。 著名なボードゲームデザイナーが変則チェスを手掛けることもある。ロバート・アボット (ゲームデザイナー)(バロック・チェス作者)やアンディ・ルーニー(火星人チェス作者)などが、この例に当てはまる。 対局チェス・将棋・シャンチーなどではプロ制度やアマ向けの組織的な競技会が存在するのに対して、変則チェスが公的な場で指されることは稀である。ただし、ごく一部の変則チェスでは特別な競技会が開かれる場合もある。例えば「グリンスキの六角チェス」というゲームは1970年代〜80年代に人気を博し、その際に何度か競技会が開かれた。チェス960も競技会が開かれており、2018年には「非公式世界選手権」として、マグヌス・カールセン(当時のチェス世界チャンピオン)対ヒカル・ナカムラ(強豪グランドマスター)の対局が行われた[12]。クレージーハウスでも、トップ層のグランドマスターやチェスエキスパートによる、賞金付きの非公式世界選手権がChess.com・Lichess上で開かれている。 Chess.com[13]・Lichess[14]・Free Internet Chess Server[15]などのインターネットチェスサーバでは、有名な変則チェスのライブ対局機能が提供されている。 また、コンピュータソフト『Zillions of Games』『Fairy-Max』には、複数種類の変則チェスのコンピュータ対局機能が実装されている[16][17]。 コンピュータチェスソフトによっては、変則チェスをいくつか遊べる場合がある。例えば、Lichess上で提供されているバージョンのStockfishでは、クレージーハウス、キング・オブ・ザ・ヒル、スリーチェック・チェス、アトミック・チェス、大群チェス、レーシング・キングスに対応している[18]。「Zillions of Games」の内蔵AIは、同ソフトが対応する範囲でのほとんどあらゆる変則チェスを妥当な強さでプレイできる[17]。『5D Chess with Multiverse Time Travel』など、現実世界ではまず実現不可能で、最初からビデオゲームとして作られた変則チェスも存在する。 研究棋譜ほとんどの変則チェスは普通のチェスとの類似点が多いため、チェスの代数式棋譜法に従って棋譜を記録できるが、ルールに応じて記譜法のアレンジを要する場合が多い。例えば、ミレニアム3Dチェスでは3次元方向に積み重なった盤を用いるため、駒がどの階層に移動するのかを棋譜に含めなければならない。この場合、"N2g3" は「ナイトを2階のg3に動かす」ことを意味する。また、フェアリー駒を用いるゲームの場合は、棋譜上でその駒を表す文字を新しく導入する必要がある。 研究と分類1990年から2010年まで発行された雑誌 "Variant Chess" は、1997年から英国変則チェス協会が公式に刊行していた。この雑誌は多数の変則チェスを概説・紹介していた他、かなり深くまで研究した記事も掲載していた[19]。 変則チェス研究の重鎮・デイヴィッド・プリチャード (チェスプレイヤー)は、この分野に関する書物を多数著している。プリチャードの最も特筆すべき著作として、1000種類以上もの変則チェスをまとめた百科事典が挙げられる。2005年にプリチャードが死去した後、ジョン・ビーズリー(John Beasley)は同書の第二版 "The Classified Encyclopedia of Chess Variants" を執筆した[20]。より近年の文献として、2017年の書籍 "A World of Chess" は、過去から現代までの様々な変則チェスを紹介している[21]。 インターネットサイト『The Chess Variant Pages』は、2024年現在も更新が続いている変則チェスのカタログである。 コンピュータと変則チェス→「コンピュータチェス」も参照
変則チェスの中には、コンピュータを使った研究の対象にされてきたゲームもある。6×6マス盤を使用する変則チェス「ロスアラモス・チェス」は、1956年に、当時の非力なMANIAC Iコンピュータでも処理出来るよう小型化したチェスとして考案された。MANIAC Iはこのゲームで人間の初心者に勝利を収め、コンピュータが人間にチェス系ゲームで勝利した最初の例となった[22]。これに対して、2003年に考案された「アリマア」は、人間には易しくコンピュータには難しいようにわざと設定されたゲームであったが、2015年にコンピュータが人間を完全に上回っている[23]。 チェスの解決は2023年現在も達成されていないが、一部の変則チェスはコンピュータで解かれている。 5×5マス盤を用いるガードナーのミニチェスは弱解決され、最善進行で引き分けになることが示されている[24]。また、長期に亘る研究の結果ルージング・チェスも弱解決されており、最善進行で白番が勝利することが判明している[25]。 フィクションにおいて変則チェスは、様々なフィクション作品の中でも創作されてきた[26]。エドガー・ライス・バローズの小説『火星のチェス人間(The Chessmen of Mars)』には、火星人同士の戦いを描いた「ジェタン」というゲームが登場する。 原作中には詳しい言及がないにもかかわらず、ファンによって詳しいルールが整備される場合もある。『スター・トレック/宇宙大作戦』に登場する三次元チェス(トリディメンショナル・チェス)はこれに当てはまる。このゲームの具体的なルールは劇中に一切登場しないものの、総合的なルールブックが整備されている[2]。『スターウォーズ』のホロチェス(デジャリック)も、この有名な例である[27]。 チェスとボクシングを融合させたゲーム「チェスボクシング」は、エンキ・ビラル作の1992年の漫画『冷たい赤道』で登場し、21世紀初頭になって現実でも対戦されるようになった。 フィクション中の変則チェスは、現実にはありえないようなファンタジー的あるいは危険な要素を有することもある。先述の『火星のチェス人間』には、人間が駒になって行われるジェタンが登場する(人間将棋・人間チェスも参照のこと)。このゲームで「駒を取る」際は、取る駒の人間が取られる駒の人間を殺すことになる。ドラマ『ドクター・フー』のエピソード『ドクター最後の日』には、死に至る電気ショックの仕掛けがある「ライブ・チェス(Live Chess)」という名のチェスが登場する。 脚注注釈出典
参考文献
関連項目外部リンク変則チェスのデータベースソフトウェア
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