坂本村(さかもとむら)は、かつて岐阜県恵那郡にあった村である。
旧中山道沿いの村であり、現在の中津川市の西南部、木曽川の南岸に該当する。
村名は、坂本神社[1]に由来する。
大字・小字
- 大字:千旦林(せんだんばやし)
- 小字:
- 上見(あげみ)、芦学(あしがく)、足沢(あしざわ)
- 五ツ峯(いつつみね)、一本木平(いつぽんぎだいら)、乾林(いぬいばやし)、岩屋堂(いわやど)
- 後屋(うしろや)、馬見岩上(うまみいわうえ)、馬見岩平(うまみいわだいら)
- 樫ノ木(かしのき)、鍛治屋平(かじやだいら)、上県(かみがた)
- 北原(きたはら)
- 源済(げんさい)
- 小石塚(こいしづか)
- 坂本(さかもと)、山堺(さんかい)
- 空見(そらみ)
- 竹ノ腰(たけのこし)
- 茶臼(ちやうす)
- 辻原(つじはら)
- 道泉(どうせん)、樋泉(といずみ)
- 中平(なかだいら)、中根(なかね)、中原(なかはら)
- 西垣外(にしがいど)、西林(にしばやし)
- 沼尻(ぬまじり)
- 日向平(ひなたびら)、広久手(ひろくて)、広沢(ひろさわ)
- 福田(ふくでん)
- 洞垣外(ほらがいど)
- 松本(まつもと)、丸岩(まるいわ)
- 三津屋(みつや)
- 横打(よこうち)、与ケ根(よつかね)
- 六地蔵(ろくじぞう)
(過去に存在した小字)
中洗
- 大字:茄子川(なすびがわ)
- 青木(あおき)、赤沼(あかぬま)
- 上畑(うわばた)
- 大沼(おおぬま)、桶田(おけだ)
- 金屋(かなや)、上諏訪(かみすわ)
- 絹屋(きぬや)
- 鯉ケ平(こいがひら)、庚申前(こうしんまえ)
- 坂本(さかもと)
- 下諏訪(しもすわ)、下畑(しもはた)
- 長連寺(ちようれんじ)
- 筑田(つくだ)、堤下(つつみした)、津戸井(つどい)
- 中垣外(なかがいと)、中島(なかしま)、通(なかどうり)、中畑(なかばた)
- 西通(にしどうり)
- 野畔(のぐろ)、野田(のだ)
- 東通(ひがしどうり)、広久手(ひろくて)
- 二ツ岩(ふたついわ)
- 鳳雲奄(ほううんあん)、坊太郎(ぼうたろう)、堀田(ほつた)
- 前田(まえだ)
- 明光保(みようこうぼ)
- 湯南(ゆなん)
(過去に存在した小字)
諏訪の前、中町、東町、中切、下洗
歴史
経済
1905年当時、住民の9割ほどが農業に従事しており、その5割が養蚕業に従事していた。1902年から1915年にかけて旧千旦林村域北部に溜池が3つ完成し。県内各地から150戸ほどの入植者を集めた[2]。
交通機関
教育
- 1907年、坂本村立千旦林尋常高等小学校と坂本村立茄子川尋常高等小学校が合併して坂本村立坂本尋常小学校が誕生。1941年、国民学校令により坂本村立国民学校となる。上の名称は戦後のものである[2]。
人口
- 1905年:3,309人
- 1927年:4,602人
- 1936年:5,222人
[2]
神社・仏閣
観光など
脚注
関連項目