倉又寿雄

倉又 寿雄
名前
愛称 クラさん[1][2][3]
カタカナ クラマタ ヒサオ
ラテン文字 KURAMATA Hisao
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1958-12-01) 1958年12月1日(66歳)
出身地 埼玉県[4]
身長 172cm[4]
体重 66kg[4]
選手情報
ポジション DF (SB)
利き足 右足
ユース
1974-1976 日本の旗 武南高校
1977-1980 日本の旗 日本体育大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1981-1992 日本の旗 日本鋼管 / NKK
代表歴
1982 日本の旗 日本 0 (0)
監督歴
2006 日本の旗 FC東京U-18
2006 日本の旗 FC東京
2007-2011 日本の旗 FC東京U-18
2013-2014 日本の旗 日本体育大学
2015- 日本の旗 立教大学
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

倉又 寿雄(くらまた ひさお、1958年12月1日 - )は埼玉県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(右サイドバック[5])。武南高校[4]及び日本体育大学卒業[4]

来歴

武南高等学校から日本体育大学体育学部体育学科に進学。サッカー部で主将を務め、1980年には関東大学リーグでの1部昇格に貢献[6]

1981年に日本鋼管(後にNKK)に入社。1年目から同社サッカー部のレギュラーに定着し[6]同年の日本サッカーリーグ2部及び天皇杯で優勝(天皇杯では初優勝)を果たす。1982年には日本代表にも選出された[4][5]1992年に現役を引退。

1993年からはNKKサッカー部のコーチに就任したが、同年で廃部となったため、当時水面下でJリーグ加盟を画策していた東京ガスサッカー部に招聘され、1994年からコーチとして出向した(NKKと東京ガスに業務上の密接な関連があったことから、NKKに籍を置いたまま出向することができた)[6]。同年末には大熊清の監督就任に伴い、ヘッドコーチに昇格。その後プロ化したFC東京も含め、2001年末に大熊が退任するまでの7年間に渡って大熊・倉又のコンビは続いた。

2002年には原博実監督の下でヘッドコーチに留任し、チームの継続性確保に貢献。縁の下の力持ちとしてチームに欠かせない存在(長澤徹談)だった[7]2004年にはJFA 公認S級ライセンスを取得。

2006年アレッシャンドレ・ガーロの監督就任に伴いトップチームを離れ、ユース年代の育成を担うべくFC東京U-18の監督に就いたが、同年8月のガーロ解任によってトップチームの監督に就任することになった[8][4]。第18節より指揮し立て直しを図ったが[9]、J1残留を確保するに留まった。シーズン終了後に監督を退任[10]

2007年からはFC東京U-18の監督に再任[11]。前線からの強烈なプレッシングによるサッカーで同年のJユースカップ優勝を始めとして各大会で好成績を収め、トップチームに選手を輩出した。2010年にはFUJI XEROX SUPER CUP 2010 フレンドリーマッチ「U-18Jリーグ選抜 vs 日本高校サッカー選抜」のU-18Jリーグ選抜の監督に選出された[12]2011年限りで退任し、翌2012年からは育成部長を務めた[13]

2013年より鈴木政一監督の後を継ぎ[1]、母校日本体育大学サッカー部(関東大学リーグ所属)の監督を務めた[14]。攻守の切替えとハードワークを重視し[1]、同年の東京都サッカートーナメントでは準優勝。

2015年立教大学体育会サッカー部監督に就任。基本技術を大事にする指導で関東大学リーグ復帰に向けた体制作りを続けた[2]

2017年、監督就任3年目、参入戦での激戦の末に立教大学41年ぶりの関東大学リーグ復帰を果たす。

2020年立教大学体育会サッカー部総監督に就任。[15]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 JSL杯 天皇杯 期間通算
1981 鋼管 JSL2部 5 2 1 5 2 8
1982 5 JSL1部 18 0 3 0 2 0 23 0
1983 JSL2部 11 0 0 0 2 0 13 0
1984 JSL1部 17 1 2 0 1 0 20 1
1985 17 2 2 0 2 0 21 2
1986-87 18 0 3 0 5 1 26 1
1987-88 20 0 5 1 2 0 27 1
1988-89 NKK 19 1 1 0 1 0 21 1
1989-90 22 0 2 0 2 0 26 0
1990-91 14 0 2 0
1991-92 JSL2部 29 1 2 0
通算 日本 JSL1部 145 4 20 1
日本 JSL2部 6 4 1
総通算 10 24 2

その他の公式戦

代表歴

指導歴

監督成績

年度 クラブ 所属 リーグ戦 カップ戦
順位 勝点 試合 ナビスコ杯 天皇杯
2006 FC東京U18 U-18関東 8位 16 9 5 1 3 -
2006 FC東京 J1 13位 22 (43) 17 7 1 9 - 5回戦
2007 FC東京U18 U-18関東 7位 18 9 5 3 1 -
2008 U-18関東1部 1位 27 11 9 0 2 -
2009 1位 27 11 8 3 0 -
2010 1位 29 11 9 2 0 -
2011 U-18プレミアEAST 9位 16 18 3 7 8 -
2013 日体大 関東大学1部 11位 22 22 5 7 10 -
2014 関東大学2部 7位 25 22 7 4 11 -
2015 立教大 東京都大学1部 5位 24 18 6 6 6 - -
2016 4位 26 18 7 5 6 - -
2017 2位 36 18 11 3 4 -
2018 関東大学2部 5位 33 22 10 3 9 -
2019
通算 J1 - - 17 7 1 9 - -
U-18プレミアEAST - - 18 3 7 8 - -
U-18関東1部 - - 51 36 9 6 - -
関東大学1部 - - 22 5 7 10 - -
関東大学2部 - - 44 17 7 20 - -
東京都大学1部 - - 54 24 14 16 - -
総通算 - - 206 92 45 69 - -
  • 2006年FC東京には18節から就任(カッコ内の数値はシーズン通算)。

タイトル

日本鋼管 / NKK
FC東京U-18

脚注

  1. ^ a b c 元F東京指揮官、倉又新監督就任の日本体育大が開幕3連勝!!:関東1部 ゲキサカ (2013年4月21日)
  2. ^ a b 東京都大学1部第9節 山梨学院大×立教大@立教大学富士見G J SPORTS (2016年7月3日)
  3. ^ FC東京の実体(2/3)05シーズン版FC東京 スポーツナビ (2005年6月2日)
  4. ^ a b c d e f g 倉又寿雄新監督就任のお知らせ”. 2006年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月6日閲覧。 FC東京 (2006年8月15日)
  5. ^ a b 『サポーターが選んだFC東京 名勝負BEST10』コスミック出版、2012年、39頁。 
  6. ^ a b c 荒川裕治『FC東京の挑戦』小学館、2001年、62-66頁。 
  7. ^ 『FC東京ファンブック2007』毎日新聞社、2007年、80頁。 
  8. ^ 登録役員 追加・変更・抹消のお知らせ Jリーグ (2006年8月18日)
  9. ^ 【J1:第18節】千葉 vs F東京:倉又寿雄監督(F東京)記者会見コメント Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2006年8月20日)
  10. ^ 倉又寿雄監督の退任について”. 2006年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月6日閲覧。 FC東京 (2006年12月3日)
  11. ^ FC東京育成部(U-18・U-15)スタッフ決定のお知らせ FC東京 (2007年2月1日)
  12. ^ 【FUJI XEROX SUPER CUP 2010】フレンドリーマッチ U-18Jリーグ選抜 対 日本高校サッカー選抜 U-18Jリーグ選抜参加選手・スタッフ決定のお知らせ Jリーグ (2010年2月5日)
  13. ^ FC東京育成部スタッフ決定のお知らせ FC東京 (2012年2月1日)
  14. ^ 元監督の倉又氏 日体大監督に”. 中日スポーツ (2013年3月20日). 2013年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月18日閲覧。
  15. ^ 2020年シーズンについて 立教大学体育会サッカー部

関連項目

外部リンク