佐橋五十雄佐橋 五十雄(さはし いそお、1946年12月2日[1] - )は、日本の実業家、馬主。ぬいぐるみの卸売などを手がける株式会社アバンティーなどの代表取締役社長を務めた[2]ほか、オグリキャップの2代目馬主として知られた。愛知県名古屋市出身[2]。 経歴1946年、愛知県出身[2]。東邦高等学校卒業後、東京都で親族の営む装飾品店に勤め、航空会社に転職したのち1972年に名古屋市中川区にて事業を興す[2]。1976年10月に株式会社武蔵野を設立し社長に就任、1979年11月には同社名を株式会社ジャルダン武蔵野に改める[2]。その後一度社長を辞任するが1985年5月に同社を継承しミックスジャム株式会社を設立[2]、10月には株式会社アバンティーファイブ(88年5月より株式会社アバンティー)を設立した[2]。 2024年現在、佐橋の経営するアバンティーは愛知県名古屋市内に焼肉店「焼肉亭おぐり」を出店している[3]。 不祥事1986年2月26日、株式会社ジャルダン武蔵野が「スヌーピー」の人形の模造品を販売し意匠権を侵害したことに関して、名古屋地方裁判所によって原告のユナイテッド・フィーチャー・シンジケート・インコーポレッドへ411万円の賠償金の支払いを命じられた[4]。またその後も、1983年から3年間で約3億4700万円を脱税したとして名古屋国税局に摘発、1988年9月に法人税法違反で懲役2年6ヶ月(執行猶予4年)の判決を下されるも量刑不当を理由に控訴[1]。だが1989年2月15日の判決の前日の14日、佐橋は控訴を取り下げ、第一審の判決が確定した[1]。 馬主活動日本中央競馬会(JRA)および地方競馬全国協会(NAR)に登録していた馬主としても知られる。勝負服の柄は「青、白菱山形、赤袖」、次いで「青、黄菱山形、赤袖(上記画像)」、後に「赤、黄玉霰、青袖黄二本輪」。冠名は特に用いなかった。1987年1月に馬主資格取得[1]。 JRAの顕彰馬であるオグリキャップを一時所有していたことでも知られる。同馬を中央競馬に移籍させるにあたって、佐橋は当時JRAの馬主資格を取得していなかった前馬主・小栗孝一から2000万円で同馬を譲り受けた[5]。笠松競馬場所属時のオグリキャップの調教師であった鷲見昌勇によれば、佐橋は毎日朝の調教後に厩舎を訪れ、売却を催促してきたという[6]。鷲見は2億円で交渉に応じるとしたが、同馬の中央での可能性を信じた小栗によって2000万円で話がつくこととなった[6]。こうしてオグリキャップは1988年の間、佐橋の所有馬として有馬記念など重賞7勝を挙げた。しかし、のちに佐橋は先述した脱税による実刑判決のため馬主資格を喪失[5]。オグリキャップの馬主は近藤俊典に変更となり、引退まで近藤の名義で走り続けることとなった[5]。 なお、オグリキャップ以外の所有馬の多くも他の馬主から名義変更された馬となっている。 主な所有馬斜字は地方重賞。 GI級競走優勝馬
重賞競走優勝馬
その他の所有馬参考文献
脚注出典
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