ビシュブルン (ドイツ語 : Bischbrunn ) は、ドイツ連邦共和国 バイエルン州 ウンターフランケン行政管区 のマイン=シュペッサルト郡 に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)で、マルクトハイデンフェルト行政共同体に加盟している。
地理
位置
エッセルバッハ川はこの町から湧出している。この川はヴァッヒェンバッハ川を経てハーフェンロール川 (ドイツ語版 、英語版 ) に注ぐ。町内の最高地点は、シュペッサルト山地 (ドイツ語版 、英語版 ) の最高峰であるガイアースベルク山頂の海抜 586 m、最低地点はツヴィーゼルミューレ近くのハスロッホバッハ川 (ドイツ語版 、英語版 ) 沿いの海抜 229 m である。
自治体の構成
自治体ビシュブルンは、2つのオルツタイル(行政上の地区区分)[ 2] 、8つのジートルング(集落)に分けられる。
ビシュブルン
ブライトゾル
シュライフミューレ
シュトラースリュッケ
トーアハウス・アウローラ
オーベルンドルフ
ゲマルクング(伝統的な地籍区分)は、ビシュブルン、ビシュブルナー・フォルスト、フュルストリヒ・レーヴェンシュタインシャー・パルクおよびオーベルンドルフである。
隣接する町村
郡名が明記されていない町村および地区はいずれもマイン=シュペッサルト郡に属す。
地名の後に「*」があるのは、市町村に属さない地域である。
地名
語源
町名は、中高ドイツ語 の単語 Bischof と Brunne からなる。「司教の水源」を意味しており、これはマインツ大司教 に由来する[ 3] 。町の創設伝承によれば、ケンデルスブルネン(エッセルバッハ川の水源)を指している。
古い表記
この町は、様々な古地図や史料に以下のような表記で記されている[ 3] 。
1423年 Bischofbrunnen
1791年 Bischbrun
1819年 Bischbrunn
歴史
自治体の成立まで
ビシュブルンはマインツ大司教領の一部として、1803年 の帝国代表者会議主要決議 により新たに創設されたアシャッフェンブルク侯国 に属したが、1814年 にバイエルン王国 領となった。バイエルンの行政改革に伴う1818年 の自治体令により現在の自治体が成立した。
行政史
1862年 にベツィルクスアムト・マルクトハイデンフェルトが創設され、ビシュブルンはその管轄下に置かれた。1939年 にドイツ国 全土で「ラントクライス」(郡)の呼称が用いられることとなった。ビシュブルンはマルクトハイデンフェルト郡の47市町村の1つとなった。マルクトハイデンフェルト郡の廃止によりビシュブルンは、1972年 7月1日に新設されたミッテルマイン郡に編入された。この郡は、10か月後に現在の「マイン=シュペッサルト郡 」と改名された。
町村合併
1978年 5月1日、それまで独立した町村であったオーベルンドルフ(ノイバウとジルヴァン・イム・ヴァイアースグルントを含む)が合併した[ 4] 。2009年 1月1日にウンターフランケン行政管区 当局は、町の依頼に基づき、それまで市町村に属さない地域であった面積 28.22km2 の「ビシュブルナー・フォルスト」を新たにビシュブルン町の管轄下に編入した。これにより町域面積は 36.18 km2 となり、シュペッサルト山地の最高峰である、高さ 586 m のガイアースベルクを町域に含むこととなった。ブライトゾル送信所は遠くからも望むことができる。
町域分離
この町は、2008年1月1日にクロプフブルン地区を分離し、アルテンブルーフ町に移管した[ 5] 。ツヴィーゼルミューレ地区は古くからすでにショルブルンに編入されていた。
ビシュブルンの創設伝承
シュペッサルト山地 (ドイツ語版 、英語版 ) の最高峰であるガイアースベルクの麓を、アシャッフェンブルク とマルクトハイデンフェルト とを結ぶ街道が古くから通っていた。シュペッサルト山地の所有者であったマインツ司教は、シカ狩りやイノシシ狩りの時だけでなく、隣接するヴュルツブルク への旅にもこの街道を使っていた。
ある時、人の住まない荒涼とした道を何時間も進むうち、司教の従者たちは飲み物を使い果たしてしまった。旅は困難で、ガイアースベルクへの登り道は日中、快晴の青空の下であり、上り坂で皆のどの渇きを覚えた。司教も新鮮な飲み物を欲した。
1人の森をよく知る従者が街道からほど近い、現在のトーアハウス・アウローラとシュトラースリュッケとの間で新鮮な泡立つ湧き水を見つけた。彼は水をコップに汲み、まず司教に飲ませた。彼は爽やかな水を味わい、コップを従者に返し、大いに満足して、これからこの泉を「ビショフスブルネン」(司教の泉)と呼ぶよう命じた。この泉の麓に、その後すぐにフォルストハウス(森林官の役宅)が設けられ、次第に「ビショフスブルネン」という集落が形成され、略して「ビシュブルン」と呼ばれるようになった。
住民
人口推移
1988年から2018年までの間に、この町の人口は1,731人から1,774人に43人、約 2.5 % 増加した。
1961年: 1,633人[ 4]
1970年: 1,855人[ 4]
1987年: 1,723人
1991年: 1,841人
1995年: 1,904人
2000年: 1,917人
2005年: 1,866人
2010年: 1,836人
2015年: 1,796人
宗教
ビシュブルンではカトリック が多数を占める。町には2つの司祭区 が存在する。
行政
首長
2014年にそれまで30年間町長を務めたリヒャルト・クレプスと交替し町長に就任したヨアヒム・エンゲルハルト (Bürgerliste)[ 6] は、2016年4月23日に亡くなった[ 7] 。2016年8月25日にアグネス・エンゲルハルトが町長に就任した[ 8] 。彼女は2020年3月15日の選挙で 87.6 % の支持票を集め、さらに6年の任期を獲得した[ 9] 。
紋章
図柄: 銀地 と赤地 に左右二分割。向かって左は、金 のドングリ をつけた緑 のオーク の枝。向かって右は、金の鎖と金のバケットのつるべ井戸 [ 10] 。
紋章の歴史: 井戸 (Brunnen) は町名との語呂合わせである。枝は、シュペッサルト山地の中にあるこの町の環境を表している。銀と赤の配色は、マインツ大司教領の配色であり、町の創設から旧帝国終焉の1803年までその領邦に属していたことを示している[ 10] 。
経済と社会資本
経済状況
2018年6月30日現在、この町で働く社会保険支払い義務のある就労者は86人である。一方、この町に住む社会保険支払い義務のある就労者は875人である。従って、この町から他の市町村に通勤する就労者は、他の市町村からこの町に通勤する就労者に比べて789人多い[ 11] 。失業者数は17人であった[ 12] 。2016年、この町には8軒の農家があった[ 13] 。
教育
以下の教育施設がある。
幼稚園・保育園: 2園。合わせて定員111人に対して、園児数は66人(2019年現在)[ 14] 。
シュペッサルト基礎課程学校ビシュブルン。教員数11人、8クラス、児童数151人(2018/19年現在)[ 15] 。
脚注
出典
^ https://www.statistikdaten.bayern.de/genesis/online?operation=result&code=12411-003r&leerzeilen=false&language=de Genesis-Online-Datenbank des Bayerischen Landesamtes für Statistik Tabelle 12411-003r Fortschreibung des Bevölkerungsstandes: Gemeinden, Stichtag (Einwohnerzahlen auf Grundlage des Zensus 2011)
^ “Gemeinde Bischbrunn | Landkreis Main Spessart | Städte, Märkte & Gemeinden ”. 2021年3月15日 閲覧。
^ a b Wolf-Armin von Reitzenstein (2009). Lexikon fränkischer Ortsnamen. Herkunft und Bedeutung. Oberfranken, Mittelfranken, Unterfranken . München: C. H. Beck. p. 39. ISBN 978-3-406-59131-0
^ a b c Statistisches Bundesamt, ed (1983). Historisches Gemeindeverzeichnis für die Bundesrepublik Deutschland. Namens-, Grenz- und Schlüsselnummernänderungen bei Gemeinden, Kreisen und Regierungsbezirken vom 27. 5. 1970 bis 31. 12. 1982 . Stuttgart/Mainz: W. Kohlhammer GmbH. p. 763. ISBN 978-3-17-003263-7
^ Regierungsamtsblatt (Regierung von Unterfranken) (24), (2007)
^ “Ergebnis Bürgermeisterwahl 2014 - Bischbrunn ”. 2021年3月15日 閲覧。
^ “Bürgermeister Joachim Engelhardt ist tot” . Main-Post . (2016年4月24日). https://www.mainpost.de/regional/main-spessart/buergermeister-joachim-engelhardt-ist-tot-art-9202551 2021年3月15日 閲覧。
^ “Ergebnis zur Bürgermeisterwahl Bischbrunn 2016 am 24.07.2016 ”. 2021年3月15日 閲覧。
^ “Wahl des ersten Bürgermeisters - Kommunalwahlen 2020 in der Gemeinde Bischbrunn - Gesamtergebnis ”. 2021年3月15日 閲覧。
^ a b “Haus der Bayerischen Geschichte - Bayerns Gemeinden - Gemeinde Bischbrunn ”. 2021年3月15日 閲覧。
^ “6. Sozialversicherungspflichtig beschäftigte Arbeitnehmer seit 2013” (PDF), Statistik kommunal 2019 Gemeinde Bischbrunn : p. 8, https://www.statistik.bayern.de/mam/produkte/statistik_kommunal/2019/09677120.pdf#page=8 2021年3月15日 閲覧。
^ “7. Arbeitslosenzahlen seit 2012” (PDF), Statistik kommunal 2019 Gemeinde Bischbrunn : p. 8, https://www.statistik.bayern.de/mam/produkte/statistik_kommunal/2019/09677120.pdf#page=8 2021年3月15日 閲覧。
^ “22. Betriebsgrößenstruktur in der Landwirtschaft 2003, 2005, 2007, 2010 und 2016” (PDF), Statistik kommunal 2019 Gemeinde Bischbrunn : p. 14, https://www.statistik.bayern.de/mam/produkte/statistik_kommunal/2019/09677120.pdf#page=14 2021年3月15日 閲覧。
^ “28. Kindertageseinrichtungen seit 2014” (PDF), Statistik kommunal 2019 Gemeinde Bischbrunn : p. 16, https://www.statistik.bayern.de/mam/produkte/statistik_kommunal/2019/09677120.pdf#page=16 2021年3月15日 閲覧。
^ “29. Allgemeinbildende Schulen und Wirtschaftsschulen 2018/19” (PDF), Statistik kommunal 2019 Gemeinde Bischbrunn : p. 17, https://www.statistik.bayern.de/mam/produkte/statistik_kommunal/2019/09677120.pdf#page=17 2021年3月15日 閲覧。
外部リンク
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