テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観
「テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観」はメキシコの世界遺産のひとつ。メキシコの特産品であるリュウゼツランから造られる蒸留酒は、ハリスコ州テキーラ市周辺の限られた原料・製法で作られたもののみをテキーラ、それ以外のものをメスカルと呼んで区別する。世界遺産に登録されているのは、テキーラの原料となるリュウゼツランの一種(テキラリュウゼツラン、Agave tequilana Weber var. azul)の栽培地や醸造所群が中心となっている。 歴史テキラリュウゼツランは、3500年前にはこの地に自生していたものと見なされている。テウチトラン文化期にこの地に住んでいた先住民たちは、リュウゼツランの様々な部位を、縄や織物、建材などとして活用した。そして何よりも、その絞り汁を発酵させた飲料(プルケ)を製造するのに用いていた。 16世紀になるとスペイン人のコンキスタドールたちが入植し、フランシスコ会士たちの手によって、この地方の最初の植民都市サンティアゴ・デ・テキーラも建造された。 スペイン人たちは、手持ちのブランデーが尽きると、リュウゼツランの発酵飲料を蒸留し、新大陸で最初の土着原料による蒸留酒を製造した[2]。 その80年ほど後に当たる1600年ころになると、アルタミラ侯ペドロ・サンチェス・デ・タグレ(Pedro Sánchez de Tagle、「テキーラの父」ともいう)が、現ハリスコ州内で、最初の工場を作り、テキーラの生産に着手した。1608年までには、ヌエバ・ガリシア(Nueva Galicia)の総督が、これに税金をかけるようになり、その税収は総督府に大きな富をもたらした[3]。ただし、これは史実上の人物の生存年代と大きく食い違うため、ペドロ・サンチェス・デ・タグレを「テキーラの父」と呼ぶのは伝説に過ぎないと見られる[4]。 18世紀になると、農園の中に、現存する施設群が建設され、生産量・需要量とも増大していった。19世紀になると、鉄道網の整備に助けられて、他の地方でのリュウゼツラン蒸留酒が他の地域でも製造されるようになった。こうして広い意味でのテキーラは、19世紀後半には、地域の特産品からメキシコの国民的製品となり、さらには国際的にも認知されるようになっていった。 登録対象この物件の登録対象は多岐にわたる。 リュウゼツランの栽培地リュウゼツランのうち、テキーラの原料となるテキラリュウゼツランの野は、テキーラ山からリオ・グランデ・デ・サンティアゴ川の渓谷までの標高 2,000 m 前後に広がっている[5]。もともとテキラリュウゼツランはリオ・グランデに自生していたようだが、現在は野生種は絶滅しており、テキーラ用に栽培される形で残っている。 醸造所と工場登録対象には、テキーラ市や近隣市の様々な醸造所が含まれている。多くは18世紀から20世紀前半に建てられたもので、稼動を停止し展示館などに転用されているものがある一方で、現在でも稼動しているものもある。伝統的な建造物群の多くには、日干しレンガや漆喰などが用いられており、新古典主義様式やバロック様式の装飾が施された建物もある[6][7]。 稼動していない施設群工場設備が現存するものや、住宅などの一部が現存するもの、遺跡として残っているものなどがある[7]。
稼動中の施設群
以上のうち、規模や現存する施設群などの観点から特に重要なものは、テキーラ市のラ・ロヘナ醸造所とアマティタン市のサン・ホセ・デル・レフヒオ農園である[9]。 タベルナタベルナ(Tabernas)は、スペイン語で酒場の意味だが、ここでは、かつてアルコール規制が行われた時代にテキーラを密造していた施設を指している。登録対象は2件で、ともにアマティタン市の施設である[10]。
街並みテキーラ、エル・アレナル、アマティタンの3つの街並みも登録対象となっている。伝統的な街並みというだけでなく、エル・アレナルとアマティタンには、建築家ルイス・バラガンが1940年代に手を加えた教会堂が存在している[10]。 テウチトラン文化の遺跡テキーラの醸造に直接関わるものではないが、世界遺産にはスペイン人の入植以前の遺跡群も登録されている。登録されているのは、テウチトラン文化期(西暦200年頃 - 900年頃)のものである。テキーラ地方では、この時期の神殿、祭祀場、住居などの遺構が発見されており、以下の遺跡が登録対象になっている[10]。
登録世界遺産の暫定リストに登録されたのは2001年11月のことで、2004年に正式に推薦された[5]。世界遺産委員会の諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)は、現地調査を踏まえて「登録」を勧告し、2006年の世界遺産委員会で正式に登録された[11]。 登録名世界遺産としての正式登録名は、Agave Landscape and Ancient Industrial Facilities of Tequila(英語)、Paysage d'agaves et anciennes installations industrielles de Tequila(フランス語)である。その日本語訳は資料によって以下のような違いがある。
登録基準この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。
登録に当たっては、リュウゼツランの茂る景観がスペイン人入植以前から先住民たちの生活と結びついてきた文化的景観をなしていること、アメリカ先住民の伝統とヨーロッパの技術の融合によって生まれたテキーラ酒の歴史的意義、テキーラがメキシコの代表的飲料のひとつとして国際的に知られ、音楽や映画などへの様々な文化的影響を及ぼしたことなど、多面的に評価された[11][6]。 脚注
参考文献
外部リンク |