ジョエル・ハンラハン
ジョエル・ライアン・ハンラハン(Joel Ryan Hanrahan , 1981年10月6日 - )は、アメリカ合衆国・アイオワ州デモイン出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 経歴プロ入りとドジャース傘下時代2000年のMLBドラフト2巡目(全体57位)でロサンゼルス・ドジャースから指名され、プロ入り。 2006年までドジャース傘下のマイナー球団でプレーした。 ナショナルズ時代2006年11月6日にワシントン・ナショナルズと契約した。 2007年7月28日、メジャーデビューを果たし、シーズン終了までに11試合の先発を含む12試合に登板。 2008年からはリリーフとして起用され、ナショナルズのクローザーだったジョン・ラウシュが、7月22日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスへトレード移籍してからはクローザーを務めることになった[1]。8月3日のシンシナティ・レッズ戦でメジャー初セーブを記録し[1]、シーズン終了までクローザーとして9セーブを挙げた。 2009年開催の第2回ワールド・ベースボール・クラシックに、B.J.ライアンの出場辞退に伴い、アメリカ合衆国代表の一員として出場[2]。 シーズンでは、同年もクローザーとして起用されたが、セーブ失敗が続き、4月28日にクローザーの座を剥奪された。5月半ばから再びクローザーを務めたが、6月6日にマイク・マクドゥーガルがクローザー指名された[3]。その後は中継ぎで起用された。 パイレーツ時代2009年6月30日にナイジャー・モーガンとショーン・バーネットとのトレードで、ラスティングス・ミレッジと共にピッツバーグ・パイレーツへ移籍[4]。 2010年は、自己最多の72試合に登板した。 2011年は開幕からクローザーを任され、オールスターに初めて選出された。最終的に70試合に登板して1勝4敗40セーブ・防御率1.83・61奪三振と好成績を残した。 2012年もオールスターに選出され、この年もクローザーとして36セーブを挙げた。 レッドソックス時代2012年12月26日にジェリー・サンズ、ストルミー・ピメンテル、イバン・デヘスース・ジュニア、マーク・メランソンとのトレードで、ブロック・ホルトと共にボストン・レッドソックスへ移籍した[5]。 2013年5月2日のトロント・ブルージェイズ戦でセーブを記録し、通算100セーブを達成するも、試合後右肘に痛みを訴え、16日にトミー・ジョン手術を受ける。10月31日にFAとなった。 レッドソックス退団後2014年5月2日にデトロイト・タイガースと契約し、同日に前年の手術の影響で15日間の故障者リスト入りした[6]。この年はマイナーでも登板無く終わるが、11月14日にマイナー契約でタイガースと再契約する。 2015年、二度目のトミー・ジョン手術を受け、3月4日に自由契約となる。 現役引退後現役引退後の2017年からピッツバーグ・パイレーツ傘下のマイナー球団のコーチを歴任しており、2021年はAAA級インディアナポリス・インディアンズの投手コーチを務めている[8]。 投球スタイル速球(フォーシーム)とスライダーだけで投げるツーピッチ・ピッチャー[9]。 詳細情報年度別投手成績
獲得タイトル・表彰・記録
背番号
代表歴脚注
関連項目外部リンク
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