ジャン・ポール・ゲティジャン・ポール・ゲティ(Jean Paul Getty、1892年12月15日 - 1976年6月6日)は、アメリカ合衆国の実業家。石油王。生前は、世界一の大富豪でありながらケチだったことで有名であり、孫のジョン・ポール・ゲティ3世が誘拐された事件の際の振る舞いも話題となった。 略歴1892年、ミネアポリスの裕福な家庭に生まれた。父親のジョージ・ゲティは弁護士だった。ゲティ家は祖父の代に北アイルランドからアメリカに移民した長老派の一族である(母方はオランダ・スコットランド系[1])。 1903年、40代であった父親のジョージは当時油田が見つかり石油ブームに沸いていたオクラホマに転居した。ジョージは石油会社を設立して財を成し、一家はロサンゼルスに移り住んだ。ゲティもカリフォルニア大学バークレー校を卒業した1914年から父親の石油採掘業を手伝い、23歳で100万ドルを稼いでいた。ジョージとジャンはゲティ・オイル・カンパニー(のちのゲティ・オイル)を設立した。 父親の死後、金銭問題で母親と不仲になったが、ビジネスは買いたたきと見切り価格の良さで成功する。世界恐慌時には、全従業員を解雇した後、安く雇い直した。1932年にドイツに ナチス政権が誕生すると高官たちと親しく付き合い、オーストリア併合時にロスチャイルド家の資産放出を狙った。第二次世界大戦で1941年12月にドイツがアメリカに宣戦布告するとアメリカ本国で役職についたが、常にFBIの監視下にあった。 大戦後は、イギリスの大邸宅を購入し移住。1948年にはサウジアラビア、イラン、クウェートで権利を獲得し油田を開発する。1950年には石油やホテルビジネスなど関連会社で40社を保有し1956年、フォーチュン誌で世界一の大富豪に選ばれた。1976年、がんで死去。 生前は世界的な美術品のコレクターとして知られ、1971年に孫のジョン・ポール・ゲティ3世が誘拐された時も、身代金は支払わずに美術品を買い漁るほどの熱の入れようだった。 死後死後、遺産の大部分は美術館を管理するゲティ財団へと託された。これに不満な一族は、財団・兄弟同士・子供は親を訴えたりと、泥沼の訴訟合戦を長期間続けた。ゲティ石油は、一族によってテキサコに売却された。 逸話
「類まれなケチ」
家族5人の妻との間に、ジョージ、ジャン・ロナルド、ユージン、ゴードン、ティモシーの5人の息子がある。
孫のゲティ3世誘拐事件1973年7月10日の午前3時、16歳のジョン・ポール・ゲティ3世はローマのファルネーゼ広場で誘拐された。1700万ドルの身代金を要求する脅迫状が届けられた。脅迫状が届いた時、一部の家族は彼が以前から冗談として言っていたように、単に反抗的な若者による倹約家の祖父から金を引き出すための狂言誘拐だと思った。 彼は山中の隠れ家に目隠しをされ、監禁されていた。 2通目の脅迫状が届いたが、イタリアの郵便局のストライキにより配達が遅れた。ジョン・ポール・ゲティ・ジュニアは父のジャン・ゲティ卿に金を要求したが拒否された。ゲティ卿は身代金を支払ってしまうと、14人いる他の孫たちにも誘拐の危険が及ぶと主張した。 1973年11月、一房の髪と切り落とされた人間の耳が入った封筒が、320万ドルを払わなければ更なる危害を加えるという脅し文句と共に日刊紙に届けられた「これはポールの耳だ。我々が10日以内に身代金を得られなければ、もう片方の耳も送る。 言い換えると彼には殆ど猶予は残されていない」。 この時点でゲティ卿は身代金支払いに同意したが、支払ったのは所得から控除できる最大限度額の220万ドルのみであった。残りの金額は4%の利子で息子に貸し付けた。支払いを渋るゲティ卿は交渉により約290万ドルで孫を取り戻した。身代金が支払われた直後の1973年12月15日、ゲティ3世はポテンツァ県ラウリーアの給油所で生きて発見された。 誘拐犯一味として9人が逮捕された。メンバーには大工、衛生兵、前科者、オリーブ油ディーラーのみならず、ジローラモ・ピロマーリやサヴェーリオ・マンモリーティといったカラブリア州のマフィア組織ンドランゲタの幹部も含まれていた。この内2人には有罪判決が下り刑務所に送られたが、ンドランゲタのボスも含む他のメンバーは証拠不充分で無罪となった。身代金の大半は戻らなかった。1977年、ゲティ3世は誘拐犯によって切り落された耳の再生手術を受けた。 誘拐事件の映像化2017年、リドリー・スコット監督によりゲティ3世誘拐事件が『ゲティ家の身代金』として映画化され、ジャン・ポール・ゲティをクリストファー・プラマーが演じた。ゲティ役は当初ケビン・スペイシーが特殊メイクにより81歳のゲティを演じ映画は完成していたが、セクハラ騒動により降板。2017年12月のアメリカ公開を1ヶ月後に控えた11月にプラマーに出演をオファーし、1,000万ドルの追加予算で9日をかけて再撮影した。オファーから撮影、公開、賞レースまで稀に見る短期間となったが、プラマーは各映画賞(第75回ゴールデングローブ賞助演男優賞、第71回英国アカデミー賞 助演男優賞、第90回アカデミー賞助演男優賞)にノミネートされた。 脚本サイモン・ボーファイ、監督ダニー・ボイルでテレビドラマ化もされ、『トラスト』の名で2018年3月よりFX (テレビ局)にて放映が開始された。ジャン・ポール・ゲティ役はドナルド・サザーランドが、ゲティ3世の母親であるアビゲイル・ハリスはヒラリー・スワンクが、元CIA工作員でゲティの手下フレッチャー・チェイスはブレンダン・フレイザーが演じる。 参考文献
脚注
関連項目外部リンク |
Portal di Ensiklopedia Dunia