ゲーム脳ゲーム脳(ゲームのう)は、日本大学文理学部体育学科教授で脳科学者である森昭雄が2002年7月に出版した著書『ゲーム脳の恐怖(NHK出版)』において提示した前頭前野のβ波が低下した状態を表す造語である。マスメディアや教育者に支持され話題となったが、その後、様々な研究者などから批判され、疑似科学(ニセ科学)ともいわれた。ここでいう「ゲーム」とは狭い意味でコンピュータゲームに限定した用語であり、将棋や囲碁などのボードゲームは含まない。 森は、独自開発の簡易脳波計でゲーム中の脳波を測定する実験によって、「テレビゲーム・携帯電話のメール入力・パソコンといった電子機器の操作が人間の脳に与える悪影響」を見出したと主張している。ここでいう「脳に与える悪影響」とされるものを象徴的な言葉で表現したのが「ゲーム脳」である。 概要以降の解説において、森が独自に開発した簡易脳波計による測定結果と「α波」「β波」など脳波に関する専門用語が頻出するが、精神科医の斎藤環[1][2]や東京大学大学院情報学環教授の馬場章[3]、医学・医療用機器や関連技術の教育研修を手がけるメディカルシステム研修所[4]などにより以下の指摘があるため、あらかじめ注意されたい。
本項のゲーム脳に関する解説においては、原則として森の発表に沿って記述し、ゲーム脳の反証や批判については、後の節で述べる。 ゲーム脳の定義長い歴史を持つテレビゲームは、今や若者や子供の定番の娯楽として普及しており、ゲームセンターや家庭用ゲーム機などでゲームに熱中する者も数多い。これを『ゲーム脳の恐怖』のまえがきで「テレビゲームが蔓延している」と表現した森は、自身が独自に開発した簡易型の脳波計(以降で述べる「簡易脳波計」は、すべて森独自のものである)で、テレビゲームのテトリス(『ゲーム脳の恐怖』内では「積み木合わせゲーム」と表現)などをプレイしている人間の脳波を計測した結果、ゲームに熱中している人間の脳波にはβ波が顕著に減衰する場合があると発表した。そして、この状態の脳波は簡易脳波計における認知症患者と同じだとし、脳の情動抑制や判断力などの重要な機能を司る前頭前野にダメージを受けているという説を論じている。 森は、脳波の中でもとくにα波とβ波の関係に着目し、数人の被験者を対象にゲームが脳波に及ぼす影響を調べた。その実験結果によれば、テレビゲームを始めるとかなりの割合でゲーム中にβ波がα波より低位になり、β/α値(α波に対するβ波の割合)が低下する。すなわち、ゲームをすることでβ波が激減してほとんど出ないようになるという。また、普段ゲームをしていない人はゲームをやめるとすぐにβ/α値が元に戻るが、一日に何時間もゲームをするなどゲーム漬けになっている人は回復が遅く、簡易脳波計において認知症患者と同じような波形を示すという。森はこの状態を「ゲーム脳」と定義した。 ただし、森の簡易脳波計で計測された脳波においては「認知症患者と同じ」としながらも、森は短時間のお手玉を2週間続けることでこの状態を回復できるとしている(ここでいう回復とは、β波が上昇することを指す)。また、この状態になっていても、記憶障害や言語障害などの認知障害や、脳の梗塞や萎縮といった、一般に知られている「認知症の症状」は一切伴うものではない。この点において、治療法が確立されておらず重度の障害を伴うアルツハイマー型認知症などの「医学として定義されている認知症」とは大きく異なる。 この違いについて、森は「若者は脳のほかの場所は働いているから、会話もできるし、ものを覚えることもできる。認知症の人は、こういったこともできなくなっている」としている。 ゲーム脳研究の始点森は当初、高齢者の脳波の測定を目的に「認知症のレベルを定量化できる」とする独自の簡易脳波計の開発を行っていた。2000年頃、この簡易脳波計の開発を委託していたソフトウェア開発会社のプログラマ8名を被験者として試作段階の簡易脳波計の動作検証を行ったところ、β波の出現割合が著しく低い、つまりこの簡易脳波計において「認知症」の状態とされる脳波であることが発見された。森は機械が壊れているのかと疑い、プログラマ以外の者で測定してみると、ここでは正常とされる結果が出た。そこで、最初の被験者となったプログラマ達と面談した結果、彼らが「認知症」とされる脳波を示した理由について
以上のような点を挙げた。 この結果を受けて、森は、前頭前野の機能低下(森の簡易脳波計において、β波の割合が低いことを指す)は画面に向かう時間が長いのが原因ではないかと仮定し、視覚が中心であるテレビゲームにおいての脳の状態について調査を行うことにした。森が所属している日本大学の学生のうち、まずテレビゲームを長く遊んでいるという学生10名を対象にこの簡易脳波計で計測を行ったところ、β波がほとんど出ていない、α波やβ波が重なっているなどの結果か出た。その後、無作為に選んだとする幼児から大学院生までの約300人(ただし、2002年7月8日の毎日新聞の報道では、6〜29歳の男女240人としている)を対象に脳波を調べ、各被験者のゲーム中のβ波の出力をもとに調査を行った。これらの調査においての簡易脳波計におけるβ波の有無を、「認知症」の問題とは別に、テレビゲームとの関連性と位置づけたものがゲーム脳だとしている[6][7]。 定義された脳の分類森は多くの大学の学生(標本集団である人数には触れられていない)に協力を受け、簡易脳波計を使ってテレビゲーム中の脳波の調査し、脳波の傾向などを以下の4種類に分類した[8]。
このタイプ分けが正しいとする前提の元で、実践的に活用された例として埼玉県川口市の市立東本郷小学校で行われた取り組みが挙げられる。この小学校では、森の協力により、保護者の承諾を得られた児童約300人(全児童の約9割)を対象に脳波を測定した。この測定結果をもとに、児童たちをそれぞれ「ノーマル脳」「半ゲーム脳」「ゲーム脳」の3種類に分類し、それぞれのタイプ別に生活の改善指導が行われた[9]。 ゲーム脳の原因と特徴森はゲーム脳の背景について、以下のように考察している[10]。
ゲーム脳の原因については、森はテレビゲーム、コンピュータ操作、携帯電話のメール入力操作を挙げている。また、テレビやビデオについても脳への影響があるとしており、子供には長時間見せないようにとしている。ゲーム脳型の人間になると、大脳皮質の前頭前野の活動レベルが低下し、この部位が司る意欲や情動の抑制の機能が働かなくなって、思考活動が衰えるという。これが感情の爆発、いわゆる「キレる」状態にもつながり、ひいては凶悪な少年犯罪にもつながる、という危惧を述べている。また実験としてホラーゲームをプレイしてもらった大学生が、「このゲームを一人で深夜にプレイすると、恐怖心にかられる」との感想を述べていた。この感想のみをもとに、森は「くり返しおこなっているとナイフで自分を防御しようと思うようになるかもしれない。さらにエスカレートすると、自分の身を守るために警官のピストルを奪おうとする行為に及んでしまうかもしれない」と推測を述べている[8]。その他のゲーム脳の特徴として、森は「無気力(ぼーっとしている)」「笑わない」「コミュニケーション不全」「記憶力が悪い」「落ち着きがない」「集中力に欠ける」「約束を守らない」「羞恥心がない」「理性がない」「もの忘れが多い(数分前のこともすぐ忘れる)」などの事象を挙げている。 また、森は、『ゲーム脳の恐怖』の中で、子供に以下のような印象があれば、簡易脳波計がなくても、見た目だけでその子供がゲーム脳であるという見当をある程度つけられるとしている。
このゲーム脳状態を回復させる方法として、お手玉のような遊びを推奨している。森によると、一日五分のお手玉を二週間継続すれば、前頭前野のβ波未レベルが改善できるという。さらに、全身をフルに使った運動も推奨している。運動中はβ/α値が下がり(これに関しては、『ゲーム脳の恐怖』内に掲載されている、「ゲーム脳および認知症とされる脳波」と「運動中の脳波」は同じものであるという指摘があるが、本書では後者のみを良い脳波としている)、運動をした後にβ/α値が上昇するというデータも示されている。また、「ゲームは一日30分(または15分)まで。その後は、3倍の時間読書をさせ、その感想文を書かせるように」といった呼びかけも行っている。 ただし、テレビゲームの中でも例外が存在し、『ゲーム脳の恐怖』内では、体を動かすダンスゲーム(ダンスダンスレボリューションと思われる)では運動時に似た効果がある(β/α値がプレイ中に下降した後、プレイ後に上昇する)としている。 自閉症とゲーム脳2005年、ある小学校で保護者らなどを対象に行われたゲーム脳に関する講演で、森が自閉症に関して言及し「最近、自閉症の発症率が100人に1人 = 1%と増えているのは、ゲーム脳のせい。先天的な自閉症の数は変わらないので、増えた分はゲーム脳による後天的自閉症だ。」と発言したという伝聞がインターネットコミュニティを中心に広まった。医学上の通説によれば、自閉症は先天性の脳機能障害であり、あらゆる外的要因でも後天的に起こる自閉症は一切存在しないとされている。このような誤解が広まると、自閉症を抱えた子どもを持つ親は辛い思いをすることになる[注 1]ため、この発言が事実とすれば、自閉症に対する理解不足のみならず、倫理的な観点からも問題がある[11]。 ある主婦が運営するウェブサイトに、自身が参加した講演のレポートとして掲載されたのが知られる発端であり[12][13]、そのレポート上でも自閉症に対する大きな誤解であることを明確に記していたため、重大な問題発言であると受け止めた個人ブログやウェブサイトなどに取り上げられ、次第に広まっていった。 これを知ったあるブログ運営者が日本自閉症協会(現・NPO法人東京都自閉症協会)に質問メールを送付した[11]ことを受け、協会は森に抗議文書を送付したが、森は自身の発言を否定しており、録音した音声などの正式な発言記録も残されていなかった。そのため、協会は抗議を撤回し、ウェブサイトに森への謝罪文を掲載することとなった[14]。森は「ゲームで自閉症になるとは言っていないが、川崎医科大学(岡山県)小児科教授の片岡直樹がテレビにより自閉症類似の症状となるという研究を行っている[15]のを紹介したことがある。自閉症の話を扱う際は、慎重に発言している」とした。 しかし、森の著書『ITに殺される子どもたち-蔓延するゲーム脳』(2004年刊)には「多動児や自閉症は先天的なものだけが原因とはいえない」という趣旨の記述が残されている。また、のちにある個人により、2004年に行われたゲーム脳を題材とした講演(伝聞で発言したとされる講演とは別の会場で行われたもの)の音声が公開された。ここでは川崎医科大学の研究について言及しているが、自閉症を抱えた子どもたちを「おかしい子ども」と表現し、「テレビ・ビデオが原因で自閉症の状態になる」「岡山では100人に1人が自閉症であるが、先天的なものは非常に少ない」という森の発言が残されている[16]。 将棋とゲーム脳森は過去に「将棋も最初は脳が働くが、繰り返して慣れると脳の動きがパターン化して働かなくなってしまう。初期の段階はいいと思う。」と発言した[17]。テレビゲームにおける「将棋のゲーム」については、『ゲーム脳の恐怖』の中で「ゲーム脳タイプの被験者においてβ波の活性がやや高まるケースがあったが、慣れるとβ波が低下したままになってしまう。考えなくてもゲームができるようになるからだろう」として、測定結果から、テレビゲームの形態では「考える」ことが抜け落ちた状態で将棋を指してしまうことになると指摘している。 のちの2004年に行われた講演では、「(実物の)将棋や囲碁は、指先だけでなく腕を動かすことにゲーム脳を防止する効果がある。」としつつも、「テレビゲームの将棋や囲碁は、慣れないうちは良いが、慣れるとパターン化してゲーム脳になってしまう」としている。つまり、高度な思考を伴うはずの将棋や囲碁であっても、その形態がテレビゲームであればゲーム脳の原因となり、実物がテレビゲームのものとは対照的にゲーム脳抑止に効果があるとする根拠は「腕を動かすから」の一点のみ見解として示している[16]。 一方で、東北大学教授の川島隆太によると、「囲碁や将棋のプロ級の対戦では前頭前野がほとんど使われていなかった」という実験結果から、これは多くのテレビゲームにおける実験結果と類似しているとしており[18]、東京大学教授の馬場章も、棋士の羽生善治が将棋を指しているときの脳波を「しっかりとした脳波計」で測定したところ同様に前頭前野が全く働かなかったという結果が出たとしている。馬場は、実験結果から「ゲーム脳の定義をそのままあてはめると、羽生もゲーム脳にあてはまってしまうのではないか」と指摘している[3]。 なお、川島と馬場の両者は、ともにゲーム脳の「テレビゲームにより脳が壊れる」というゲーム脳の理論を一貫して支持しない立場にあり、これらの見解はゲーム脳仮説そのものを否定する意図によるものである。 メール脳ゲームに限らず、携帯電話を頻繁に利用する若者も、ゲーム脳と同様に前頭葉の働きが低下するという。森はこれをメール脳と名付けた[19]。森によると、携帯電話のメールを利用する中高生210人を約2年間に渡って調査したところ、全体の約6割に集中力の欠如や、忘れ物が多いなどの傾向を発見し、ゲーム脳と同じか、それ以上に前頭葉の働きが低下した[20]。また、テレビゲーム経験がなく、パソコンも所有しないが、携帯電話でメールを毎日1時間程度入力するという女子高校生が、携帯メールの入力時にβ波がほぼ半減していたという結果についても触れている[19]。 ネトゲ脳2012年に発行された森の著書『ネトゲ脳 緊急事態 - 蔓延する「ネット&ゲーム依存」の正体』においては、著書名にもある通りネトゲ脳という言葉が提唱された。しかし、本書にはネトゲ脳の新しい定義ではなく、終始ゲーム脳についての持論や批判への反論が書かれており、「ネトゲ脳」は実質的に「ゲーム脳」と同じ意味を持った言葉と思われる。 また、「ネトゲ」という言葉は一般的には「ネットゲーム(オンラインゲーム)」を指す俗語であるが、本書においてはネットゲームに限らず、ビデオゲーム、ソーシャルゲーム、ネットサーフィンなど、(オフラインを含む)デジタルゲーム全般とインターネットを混同したものを「ネトゲ」としている。 広い範囲を覆う仮説としてのゲーム脳テレビや新聞などのマスメディアにおいては、少年および若者による凶悪犯罪事件が発生し、その犯人が過去や日常においてゲームを所持、または遊んでいたと判明した場合、しばしば森にインタビューを求めたうえでゲーム脳について言及し「犯行の原因がテレビゲームによるゲーム脳ではないか」と報じられることがある。 マスメディアの報道においてゲーム脳が取り上げられるケースは、凶悪な事件に限らない。JR福知山線脱線事故が起こった翌日、森は夕刊フジのインタビューで後の救助活動にて遺体で発見された運転士が「過去に乗務において3度のミスを犯していたこと」「事故寸前に総合司令所が運転士を呼びかけたが応答がなかったこと」の二点を理由に「注意力が散漫」「大事な場面で倫理的な行動がとれず、キレやすい」という特徴にあてはめ、「ゲーム脳の疑いがある」との見解を示した[21]。この見解は当日の一面記事の見出しとなった。 これらの報道のほか、森は著書や講演において、若者のファッションの流行、マナーや言動の乱れなど、その他の行動などについても述べており、以下のような事象についても「すべてゲーム脳ないし何らかの脳の異変が原因で理性や羞恥心などを失っているためである」と述べている。
さらに、文部科学省の調べによる近年の高校生の学力低下についても、ゲームやITが原因としている。 北海道大学医学部教授の澤口俊之は、講談社のウェブサイト「Web現代」で、女性が人前で平気で下着を見せるというようなこと(当時の女性の間で流行していたローライズパンツを履いた状態で座ると、股上が浅いために腰から「見せパン」が見える状態、および、アウターに見えるデザインのブラジャーである「見せブラ」のことを指している)を羞恥心の欠如と考え、前頭前野の働きが鈍っているのではないだろうかという仮説を立てたが、ゲーム脳が原因であるとは述べていない[23]。 また、『ゲーム脳の恐怖』のまえがきでは2001年開催のテレビゲームショーを訪れた際、「中学生風の女の子が、左右に立派な白い羽をつけたエンジェルの格好をして、真面目な顔で歩いていた」こと、その周りに「ゲームのキャラクターの衣装に身を包み、無表情で歩いている小中高生が百人前後いた」ことについて、ショックを受け日本の将来について危機感を覚えたと述べている。なお、これはごく一般的なコスプレであり、コミックマーケットや東京ゲームショウのように、コスプレ専用のスペースが設けられるイベントもあるため、まったく珍しいものではない。 こういった主張がマスコミの報道や講演を通して広く認知されたことにより、「テレビゲームやITは犯罪の温床となる」または「学力を低下させる原因」という認識を持つ層が現れた。ゲームやITが絶対悪であることを望む保護者や教育関係者らに支持され、小学校などの教育現場で児童・生徒にゲーム脳の影響を教育したり、ゲームの規制を呼びかける際の論拠としてしばしば引き合いにされたりすることがある。また、自分または自分達と思想・主張が異なったり対立したりしている者を「あいつはゲーム脳だから」などと非難する際に用いられることもある。 その一方で、科学的正当性や根拠、客観性などについての反証や批判的な見解も少なくない。その他の批判や反証については、後の節で述べる。 また、暴力的な表現を含むゲームの子供への影響については、ハーバード大学の2人の心理学者による2004年から5年間にわたる研究により、「影響は武道アクション映画の視聴後と同程度であり、ストレス発散に過ぎない」[24][25][26]、en:Oxford Internet Instituteの2019年の研究は、心理的欲求不満により心理社会的機能を損なう経過という点において、制御不能なゲーム行動という経路は重要では無く欲求不満の兆候の1つであると示唆する。[27][28]、アメリカ心理学会の2020年の知見として怒鳴ったり押したりするような攻撃性との間に小さな関係性は認められるがより暴力的な問題にもそれを適用する事は困難である[29]という研究結果が存在する。詳しくは残虐ゲームの項目を参照。 研究発表ゲーム脳に関する研究については、2002年10月以降、森が主催する日本健康行動科学会[注 2]の学術大会において口頭発表を行なっており、同会の会誌には英語論文が掲載されている。 また、のちに森は128チャンネルによる追試実験を行い、ゲーム依存症の被験者の前頭前野をはじめとした大脳皮質全体のβ波が低下しているというデータを示したとしている。 肩書きについて森はマスメディアで「脳神経学者」の肩書きとされることが多いが、実際は文学部出身(日大文理学部体育学科)であり、修士号は教育学で取得(同大学教育学研究科)、博士課程で医学に転向した。博士論文は脳神経ではなく筋肉に関する論文であり、専門分野は運動生理学のみとされている[注 3]。 提唱者に関する誤った認識「テレビゲームで脳が壊れるという理論の最初の提唱者は、東北大学教授の川島隆太である」という説があるが[23]、これはイギリスのタブロイド誌が川島の発言を誤解して報じてしまったためであり、誤りである。川島本人はこれらを発端とした一連の出来事を「忌まわしい過去の出来事」と書き、「テレビゲームで遊ぶことで脳が壊れてしまうことは100%ない」と書いている[30]。川島自身もゲームと脳機能の関係についての研究は行っているが「ゲームの種類により使う脳が違うために "ゲーム" という一括りにはできない」とし、ゲーム脳のような「ゲームをすると脳が壊れる」という理論を「全くの迷信、妄想」と述べている。8割ぐらいのゲームは「前頭前野の働きが下がる」という実験結果も出ているが、この「前頭前野の働きが下がる」状態は「肩が凝っているときに肩をもんでもらい "気持ちいい" と思った瞬間と全く同じ反応」であると分析し、その結果から「ゲーム中の脳はリラックスしている状態。脳のリラクゼーションアイテムだと私たちはとらえている」としている。 2004年以降は、セガトイズから発売された知育玩具「脳力トレーナー」(ゲームソフト版も発売されている)や、任天堂のゲームソフト『脳を鍛える大人のDSトレーニング』など、脳および前頭前野を活性化できる携帯ゲームや脳トレの監修も積極的に行っている。 しかし、2006年には、ゲームをした直後には一時的に前頭前野が働きづらいとしており、実際の心理学的なテストでもゲーム直後は前頭葉を使う課題の成績が落ちるという結果も出ているとしている。その反面、脳の後ろの部分(特に視覚的情報を処理する部分)は、ゲームをした直後に一時的によく働くようになり、この部分を使う課題の能力も向上するとしている。これらの実験結果から、「ゲームをすることによって、我々の脳に何らかの影響を与えるらしい、その直後の作業に。前頭葉の作業は抑制的に働き、視覚情報処理系の作業には亢進的に働くという性質が見えた。」と分析し、「学習には前頭葉を使うから、そういう意味では学習する前にはしないほうがいいだろう。しかし、学習をした後や、本を読んだ後にゲームをすることには何ら問題はないだろう。」としている[31]。 反響と論争ゲームの危険性を論じた森の著書『ゲーム脳の恐怖』は、脳波測定という科学的手段を用いたことで話題になり、ベストセラーとなった。 マスメディアのIT関連記事や、少年犯罪およびそれに類する事件の報道(長崎男児誘拐殺人事件、佐世保小6女児同級生殺害事件、寝屋川小学校教師殺傷事件、土浦連続殺傷事件、秋葉原通り魔事件など)、ひきこもりなどの心の問題を扱った特集で幾度にわたって大きく取り上げられた結果、PTAや教育関係者、自治体(都道府県知事)、警察官僚を中心に支持されており、自治体により森を招いた講演会が開催されたり(その他の団体主催のものとして、2008年4月16日に世日クラブ主催・世界日報後援による講演会も行われている)、青少年保護育成条例の強化や、ゲームの規制を働きかける際の根拠としてしばしば引き合いに掲げられるケースも多くある。また、2006年に発売された森の著書『元気な脳のつくりかた』は、日本PTA全国協議会推薦図書となっている。 『ゲーム脳の恐怖』発表と前後して、文部科学省は2002年3月から始めた「脳科学と教育」研究に関する検討会の答申で、ゲームやテレビなどを含む生活環境要因が子供の脳にどう影響を与えるかを研究するために、2005年度から一万人の乳幼児を10年間長期追跡調査することを決定した。この中で、ゲームの影響も調べられるという。 また、テレビや新聞などのメディアもゲーム脳を無批判に取り上げるケースが少なくなく、その一例として、東海地区ローカルの番組「UP!」(メ〜テレ)2006年2月14日放送分において、ゲーム脳を完全に肯定する形での特集が放送されている。これらの多くは、森自身もインタビューに登場するなどの形で全面的に協力している。 毎日新聞・岡山版のコラム「きび談語」では、ゲームやインターネットの進歩と少年犯罪の件数に負の相関があることを指摘しており、ゲーム脳は脳神経科学的な観点だけでなく犯罪統計的にも説明できない学説であるとしている[32]。 作家の川端裕人が森の講演会に聴衆として参加し、質疑応答でこの疑問を投げかけたところ、「日本の子供が笑わなくなり、キレるようになり、おかしくなっているのを見て、日本のためにやっている。そういうのを問題にするあなたの方が日本人として非常に恥ずかしい。」と返答し、疑問に対する回答を示していない。 認知心理学者の海保博之は、こんな主張でも耳を傾けてしまうほど、ゲームが子供の世界に食い込んでしまったことを認識することが大切なのではないかとしている[33]。 国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表の新清士はゲーム脳問題に対して、ゲーム業界がなんらのリアクションもせず、『ゲーム脳の恐怖』の影響が社会に浸透するに任せてしまった事実を失敗とする認識を示している[34]。 反証と批判学者・有識者による批判ゲーム脳理論が教育者やマスメディアに支持される一方で、学者・有識者などからは、ゲーム脳に対する根強い反証や批判も少なくなく、マスメディアによりこれらの批判が報じられることもある。これらは森が提唱した仮説の否定であり、「ゲーム脳」とは無関係な事象への言及、たとえば「ゲームを遊びすぎることの肯定」につながるものではない。
イギリスの一般向け科学雑誌『New Scientist』では、「実験や解析の詳細な手法が公表されていないため、結果の妥当性を判断できず、また仮に結果が正しかったとしても、それを脳へのダメージとみなす理由はない。」とゲーム脳理論を批判している[52][53][54]。 直接の批判ではないが、2009年にアメリカの研究機関・Mind Research Networkは、テトリスをプレイすることで大脳の、感覚器官や複雑な動作を司る部位の皮質が厚くなり、論理的思考や言語を司る部位では効率化が進んだという、「ゲーム脳」とは正反対の研究報告を発表した[55][56]。 ゲーム脳、および『ゲーム脳の恐怖』への疑問点の指摘がある[57]。 なお、作家やライターなどの有志で結成され、いくつかのベストセラーを生み出していると学会により、『ゲーム脳の恐怖』が、2003年度の第12回日本トンデモ本大賞にノミネートされ、次点に選ばれた[58]。その後は、と学会の書籍『トンデモ本の世界T』でも書評が取り上げられている[59]。 類語・派生語「○○脳」というワードは、主に揶揄・レッテル貼りの意図で用いられる。 ゲーム脳ネットにおいて、ゲーム脳という用語を本来の定義とは違う「科学的に疑問の多い仮説であるのにもかかわらず、「ゲーム脳」という人体に悪影響を与える現象が実在していると信じる考え」という意味を指して、メディア・リテラシーのなさを揶揄してゲーム脳と呼ぶ場合もある。同様の意味で「ゲーム脳脳」というインターネットスラングも存在する[60]。 インターネットスラングとしては、「ゲーム=絶対悪」で、つまり上項にもある「何でもゲームが原因である(もしくはそうしたい)」と短絡的に思考をする人を揶揄する目的で使われることもある。何でもゲーム脳のため(ゲームのせい)だというところで「考えが抜け落ち」てしまうため、森の自説によれば、何も考えずにゲーム脳と言い連ねるのは「ゲーム脳脳」状態である、ということになる。 テレビ脳テレビ放送やビデオ映像の視聴が子供たちに悪影響を及ぼすという日本小児科学会による調査結果がある(この学会およびこの調査は、ゲーム脳の仮説および森昭雄とは一切無関係である)。この結果によると、テレビやビデオを長時間見て育った子供はそうでない子供と比較した場合、倍の確率で言葉の発達が遅れているという。この学会では一日にメディアに触れる総時間を2時間、そのうちゲームは30分までが目安としている。 この学会自身が提唱したものではないが、この調査結果を指す新語として「テレビ脳」が存在する[61]。 マンガ脳『週刊文春』2008年11月27日号では麻生太郎(当時・内閣総理大臣)が漫画を愛読していることと、しばしば漢字を誤読したことから『漢字だけじゃない! 麻生太郎の「マンガ脳」』との見出しを記事に使用。『週刊朝日』2008年12月5日号の記事でも『麻生「マンガ脳政権」の崩壊が始まった』との見出しが使用されている。その一方、同年6月にはアスペクトより『マンガ脳 マンガを読むと頭が良くなる!』と題する書籍も刊行されている[62]。なお、同書の著者・米山公啓は医学博士である。 これに対し、脳科学者の茂木健一郎は、テレビ番組内において「マンガを読むと馬鹿になる」という説に対して、記憶力・理解度を測る実験を行い、結果に基づき絵やフキダシ等マンガ特有の表現で、文章より脳の活性化の度合いが高いと説明し「マンガを読むと馬鹿になる説」を否定した。 アニメ脳マニアックであるほどアニメが好きな人を指す、そして時にはそういった人々を揶揄することを目的として使用されるアニメ脳という言葉も存在する[63]。 その他「放射脳」や「コロナ脳」[64]のように、特定の物事について常識とはかけ離れた思考・言動をする人を「〇〇脳」という語で揶揄する例がある[65]。 脚注注釈出典
参考文献
関連項目
外部リンクゲーム脳の肯定論者(支持側)
ゲーム脳の否定論者(批判側)
|
Portal di Ensiklopedia Dunia