鴉 (横溝正史)『鴉』(からす)は、横溝正史の短編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。『オール讀物』昭和26年7月号に掲載された。 あらすじ1949年(昭和24年)11月、いささか過労気味で久保銀蔵のもとで静養するつもりで岡山県を訪れた金田一耕助が、途中下車して旧知である岡山県警の磯川警部を訪ねたところ、恰好の静養地があると誘われ、ローカル線から軽便鉄道に乗り換えてさらに駅から峠越えで30分歩いた山奥にある湯治場を訪れた。そこは鴉を「使わしめ」とする「お彦さま」を祀る神社を中心とする一寒村で、昔はずいぶんはやったところだが、今は寂れていた。 「お彦さま」は元々は温泉宿のあるじ・蓮池家の邸内にあったものを、拝殿や祈祷所を邸外へ出して開放したもので、蓮池家の当主が神主のような役を務めていた。その蓮池家の婿養子が3年前に失踪する事件があり、金田一と磯川が到着した翌々日にあたる11月7日が、それから丁度3年後であった。 到着の翌日、磯川は金田一を山歩きに連れ出して50分以上歩き、巨石の奇勝「峰の薬師」にある洞窟の「おこもり堂」へ連れて行く。磯川は、3年前の失踪事件の日、天井に鴉の死骸が逆さにぶらさげられ、当時張ってあった床板に血潮が溜まっていたことを語り、さらに失踪事件の経緯を金田一に説明した。 1946年(昭和21年)4月、その年の正月に復員してきた貞之助を珠生の婿に迎えた。貞之助は元来珠生の崇拝者で夫婦仲もうまくいっているように思えたが、結婚以来2人とも冴えない顔色で、特に貞之助のふさぎようは奇異でもあった。失踪前日の11月6日、貞之助と泰輔は「おこもり堂」で泊りがけの猟に出かけた。翌朝、蓮池家の邸内にある「お彦さま」の御神体へ幾代が灯明を上げに行ったあと、貞之助がやってきた。そして押し問答するような声が聞こえ、押し出されるように神殿から出てきた幾代は、誰も入るなという貞之助の言葉を伝えた。 10分ほど後、泰輔が、朝食のため6時半に「おこもり堂」で落ち合う約束だった貞之助の姿が無く、代わりに鴉の死骸がぶらさがっていると言って戻ってきた。そこで、ずっと様子を見ていた人々が神殿に入ったが貞之助の姿は無かった。祭壇の裏には人が抜け出せる窓があったが、鉄の扉が閉まっていて中から掛け金がかかっていたと珠生が主張したため、貞之助が消えたことになってしまった。そして、祭壇には畳まれた猟服と猟帽に挟まれて祝詞の折本があり、その中の鴉の羽根が挟まれたページに「われは行く。3年のあいだわれは帰らじ。みとせ経ば、ふたたびわれは帰り来らん」という文句が、墨の字を鴉の血でなぞって書いてあった。また、幾代によると最初に神殿に入ったとき祭壇の下に貞之助のスーツケースがあり、それが無くなっているという。さらに珠生名義の銀行口座から10万円引き出されていることも判った。それから3年経って磯川が改めて来訪したのは、珠生によると思われる匿名の手紙で依頼されたからでもあった。 磯川と金田一が宿に戻って昼食をとっていると、軽便の駅がある町で貞之助に出会ったという幾代の話をお杉が伝えた。貞之助は寄っていきたいところがあると言ってスーツケースを幾代に預けて去ったという。スーツケースには下着類や洗面道具などが入っており、珠生は確かに貞之助のものだと証言したが、3年間着古したような形跡は無かった。磯川は貞之助の帰還を起きて待っていようとするが、金田一は奉公人たちに何やら聞いてまわったきり、さっさと寝てしまった。 翌朝、幾代が会ったという貞之助と同じ服装をした男が神殿に駆け込んで中から掛け金をかけてしまった。お杉が留吉を呼び、珠生と共に裏へ回ると窓は開いていた。留吉が中へ入ると誰もおらず、祭壇に祝詞の折本があり、その中の鴉の羽根が挟まれたページに「われはかえれり / されどまたわれはいかん / 二度とふたたびわれはかえらじ」と血文字で書かれていた。 そこへ、裏山の奥の「地蔵崩れ」の崖の上で貞之助と泰輔が喧嘩していると言って幾代が駆け込んできた。日課の茸採りにいった幾代は貞之助に遭遇、幾代が引き止めるのを振り切って逃げ、そのことを報せに戻る途中で泰輔に遭遇し、泰輔が貞之助を追っていったという。磯川たちが崖の上に着くと誰もおらず、誰かが滑り落ちた形跡があった。1時間後、泰輔の死体が崖下の落ち葉の下に埋もれた状態で発見され、貞之助は発見されなかった。 その晩、町へ行って戻ってきた金田一は、3年前に貞之助には消失せねばならない何らかの必要が生じ、夫婦で共謀して神秘的な消失を演出したと指摘する。しかしその後、珠生は神殿から消えたのが貞之助ではなく泰輔ではないかという疑いを持つようになった。その理由の1つは、それまで貞之助と泰輔の両方を「お兄さま」と呼んでいた幾代が、失踪事件以降泰輔のことをそう呼ばなくなったことである。 幾代は3年前の事実を語る。神殿に来たのはやはり泰輔で、珠生も承知していることだから来たのは貞之助だと主張するようにと言い含められ、さらに呼び出されて無理無体に男女関係をもった。周囲が泰輔を自分の許婚と考えていると思っていた幾代は、それを受け入れていた。しかし、泰輔がお杉とも関係していることを知り、さらに貞之助のスーツケースを泰輔が山中に隠していたことを知った幾代は、それを家に持ち帰って隠し、3年経って珠生が泰輔と再婚するのを阻止しようとした。幾代が町で出会った人物は実在したが別人で、それを貞之助に仕立てて話し、スーツケースだけでも帰ってきた状況を作ろうとしたのである。 幾代の計画に気付いた泰輔は、貞之助が2度と戻ってこないと宣言した状況を作ったうえ、幾代を崖の上に呼び出して殺そうとしたが、はずみで自分が転落してしまった。泰輔は貞之助の姿のままだったので、幾代はその扮装を脱がせて落ち葉に埋め、扮装は別に隠したのである。 貞之助は3年前に失踪計画を知っていた泰輔に「おこもり堂」で殺されていた。鴉の死骸は、そのときの血を糊塗するためであった。失踪を計画したのは珠生が夫婦の交わりが持てない肉体だったからである。跡取りの誕生を待ち望んでいる紋太夫の夢を壊すわけにもいかず、かといって婿養子の貞之助が愛人を持つことも難しく、離縁すればまた別の養子話が持ち上がるという状況の中で、再び縁談が持ち上がらないような形の失踪として計画したものであった。3年という期日は紋太夫の寿命を見込んだ期間だったのである。貞之助らしき白骨死体が巨石の下から発見されたのは1月ほど後のことであった。 登場人物人名の読みは原則として春陽文庫版に準拠(他の版では読みが明記されていない人名が多い)。
作品評宝石短篇賞の選考委員(第6回 - 第12回)を務めた隠岐弘は本作を、「因習の強い昔ながらの旧家と、それに地方色の濃い叙景などで読者を横溝の世界に連れ込む好感のもてるもの」「人間一人を消失さしてゆくトリックと、失踪の動機の興味から、つい続けて読ます点など、まことに職人芸は愉しいかなといいたい」「横溝の小説の作り方がよくわかるモデルケースともいうべき作品」と評している[3]。 収録書籍
テレビドラマ1996年版『名探偵・金田一耕助シリーズ・黒い羽根の呪い』は、TBS系列で1996年3月25日に放送された。
漫画化
脚注 |
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