雲雀丘学園小学校
雲雀丘学園小学校(ひばりがおか がくえん しょうがっこう、英: Hibarigaoka Gakuen Elementary School)は、兵庫県宝塚市雲雀丘にある私立小学校。 概要1949年(昭和24年)4月に川辺郡西谷村立西谷小学校(現・宝塚市立西谷小学校)の雲雀丘分校(分教場)として鳥井信治郎(サントリー創業者)らにより開校した[1]。創立記念日は同年10月1日[2]。2020年(令和2年)現在、併設校園として雲雀丘学園中学校・高等学校、雲雀丘学園幼稚園、雲雀丘学園中山台幼稚園がある[3]。 雲雀丘学園小学校には給食制度を設けていないので、児童は弁当を持参しなくてはならない[4]。 2011年(平成23年)1月5日には、TBS系列で放送された毎日放送(MBS)開局60周年記念テレビドラマ「トイレの神様」に雲雀丘学園小学校が登場した。これは、日本レコード大賞の作詞賞・優秀作品賞にもなったヒット曲『トイレの神様』を作ったシンガーソングライター歌手の植村花菜が卒業生であることからロケ現場となったもので、小学生から高校生までの植村本人の役を芦田愛菜や北乃きいが好演。また、歌の冒頭が「小3」から始まることから、雲雀丘学園小学校は「学園小学校の時の思い出が、歌の始まりということになります」と歓迎している[5]。 校内にはプログラボ雲雀丘学園校があり、同雲雀丘花屋敷校と連携しながら、運営されている。ここでは、ロボットの国際大会出場者を輩出している。 創立の精神『孝道』、人間力は挨拶から雲雀丘学園小学校をはじめ、雲雀丘学園は創立の精神『孝道』を根本としている。 これは、初代理事長の鳥井信治郎の口癖の「親孝行な人はどんなことでもりっぱにできます」を学園の基本理念としたもので、人間性を育てる『孝道』『親孝行』を重視。その理由として「親は子の成長を願い、子は親に感謝し尊敬するという、人としての自然なこころ、これが基本となり、家庭の輪につながり、社会のために尽くす気持ちが湧き出る」と説明している[6]。 この基本理念を踏まえ雲雀丘学園小学校では、「挨拶は人間性・人間力を育てる第一歩」として、「朝のあいさつ運動」に力を入れており、児童会が教職員と一緒に挨拶する[7]。校門にも「不許入無挨拶雲雀丘」の文字を書いた立て看板を設置(一定期間で児童有志から看板の案が集められ交換)しており、禅宗の教え「不許葷酒入山門」にならい、雲雀丘学園高校の書道部の生徒が手がけた看板だが、挨拶無きは雲雀丘に入るを許さずとの意味である[8]。 また、雲雀丘学園の創立70周年記念事業として、親孝行を念頭に「家族の作文コンクール」を開催。家族の思い出、家族にまつわるエピソードを、児童・生徒はもとより、一般からも募集している[9]。 「やってみなはれ」精神、親孝行初代理事長の鳥井信治郎は、企業経営で逆風のときも「やってみなはれ」精神で挑戦し続けた人物として有名だが、雲雀丘学園も同じく「創立の精神を大切にしつつ、新しい時代の変化に積極的に対応」して、「たくましく生き抜いていくことができる力を身につける教育を実践」する場を目指している。 信治郎の孫で現在の雲雀丘学園理事長の鳥井信吾(サントリーホールディングス代表取締役副会長)によると、『親孝行』『孝道』を根本とする教育により、「素直な心を持ち、いつも感謝の念を捧げ、健康な体力とたくましい実践力を持つ強い人間を創る」ことにつながるといい[10]、結果、「『人間教育の充実』『学力向上』を両立させた、関西を代表する一流の学園」として幼稚園から高校まで「学園一貫の『グローバル教育』『 ICT 教育』を推進」するとしている[6]。 沿革雲雀丘学園の「学園の歴史」によると、雲雀丘の地域は「古くからの住宅地でありながら教育機関に恵まれず」「教養・文化の高い居住者達の間に、この地にふさわしい学園を要望する声が高まっ」たことから、住民と財界や教育界の有志が1949年に鳥井信治郎を委員長として「雲雀丘小学校創立委員会」を設立。同年4月に小学校を開校し、翌1950年8月に「学校法人雲雀丘学園」認可を得て、幼稚園を併設した[11]。
教育方針豊かな人間作りを基調とし、個性を伸ばす教育を行うとともに、どんな苦労をも乗り越えて、たくましく前進し、真に社会に役立つ人材を育成する。
学校行事
部活動・クラブ活動部活動クラブ活動
交通関係者関連団体
著名な出身者行政芸能
芸術著名な教職員脚注
関連項目
外部リンク |