長谷川太行
長谷川 太行(はせがわ もとゆき、1973年2月24日 - )は、愛知県出身の元騎手(地方・新潟→笠松所属)、現厩務員(大井所属)。 経歴1990年に堀川勝盛厩舎からデビューし、4月1日の三条第1競走アラ系一般C3ロ・タカサゴキング(8頭中4着)で初騎乗を果たすと、同29日の三条第3競走サラ系4才C2・グランドシヤリオで初勝利を挙げる[1] [2]。 1995年にはライデンホースで新潟ジュニアカップを制すが、メジロデュレン産駒唯一の重賞制覇となった[3] [4]。 1998年からはハイテンションパルとのコンビで活躍し、新潟ジュニアカップ[5]・東北サラブレッド3歳チャンピオン[6]を制して重賞2連勝を含む5連勝を記録すると、同年のNARグランプリ最優秀3歳馬に選ばれた[7]。1999年には新潟皐月賞・新潟ダービー[8]の二冠[9]を達成[10] [11]し、期待されて大井のジャパンダートダービーに参戦するも15頭中14着に敗れた[12]。2001年には名古屋のかきつばた記念に参戦し、ブロードアピールが珍しく先行抜け出しで勝ったレースで、離れた最後方から追い込んで8着に健闘[12]。 2000年4月23日の新潟第4競走一般B2ハでは9頭中9番人気のアニオスイーストで勝利し、クビ差2着に6番人気トミケンミサキが入り、枠連・馬連・枠単・馬単が万馬券の波乱を演出[13]。12月9日の新潟第8競走サラ4才A2特別では11頭中10番人気のタッチダウンパスに騎乗して勝利し、2着に7番人気のストロングジニアスが突っ込んで馬複136,110円と県競馬レコードを作った[14]。 2002年1月1日の新潟第4競走一般B3ロ・ノーモアスプリント[15]が最後の勝利となり、県競馬最後の日となった同4日は第3競走一般B2ロ・ミラクルシーンから6鞍に騎乗予定であったが、第3競走以降は雪で開催中止になった[16] [2]。 1日の第7競走3歳A2・シーリーデッカー(10頭中7着)[17]が県競馬での最後の騎乗となり[2]、廃止後は向山牧・榎伸彦と共に笠松へ移籍。長谷川は柳江仁厩舎に所属し、20日の笠松第4競走サラ系C8組10組・オーミオスカー(10頭中9着)[18]で移籍後初騎乗を果たすと、同日の第9競走サラ系B2組選抜・シンセイスキー[19]で移籍後初勝利を挙げる[2]。 2003年3月5日の笠松第1競走サラ系3歳5組・アワナギ[20]で最後の勝利、同14日の名古屋第12競走早春特別・ホーエイギャル(11頭中9着)[21]が最後の騎乗となり、同年限りで現役を引退[2]。 引退後は小林牧場・橋本和馬厩舎の厩務員[22]となり、自身の担当馬の調教に乗って世話をしながら、ホースマンとして強い馬作り[11]に励んでいる[10]。 通算成績
主な騎乗馬
脚注
外部リンク
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