臭素酸カリウム (しゅうそさんカリウム、potassium bromate)は、カリウム の臭素酸 塩で、化学式 KBrO3 で表される無機化合物 である。ブロム酸カリ、ブロメートとも呼ばれる[ 1] 。
化学的性質
臭素酸カリウム自体は不燃性 だが、強力な酸化剤 であり、他の物質を酸化 させる作用がある。このため、第1類危険物 に指定されている。
加熱 により分解 し、有毒で腐食性 のある粉塵 (フューム)が発生する。炭素 、リン 、硫黄 などの可燃性物質や還元性物質と激しく反応し、火災の危険をもたらす[ 2] 。
臭素酸カリウムは、熱した水酸化カリウム 溶液中で臭素 を反応させることによって生成される。最初に形成されるのは次亜臭素酸 イオンであるが、高温の塩基性溶液中では不安定なため臭化物イオン と臭素酸イオンへ迅速に不均化 される[ 3] 。
3
BrO
−
(
aq
)
⟶
2
Br
−
(
aq
)
+
BrO
3
−
(
aq
)
{\displaystyle {\ce {3BrO^{-}(aq)->{2Br^{-}(aq)}+BrO^{-}3(aq)}}}
毒性
有毒 であり、発癌性 も指摘されている[ 4] 。
用途
パーマ
コールドパーマ 処理の第二液剤に使われている[ 6] 。誤飲事故も起こっている。
食品添加物
かつてはパン 生地、魚肉練り製品 などの改良材(食品添加物 )として用いられた[ 7] が、ラット腎臓における発癌性が指摘され、国によっては使用が禁止・制限されている。イギリス は1990年、ドイツ は1993年、カナダ は1994年、中国 は2005年、食品への使用を禁止した。国際連合食糧農業機関 ・世界保健機関 の合同食品添加物専門家委員会(JECFA)は1989年に「パン製造用小麦粉への使用許容量は60ppm (1キログラム あたり0.060グラム)以下」であり、一日摂取許容量 は設定できず、最終製品に残存してはいけないという指針を出していたが、1993年には「臭素酸カリウムの小麦粉処理剤としての使用は適切ではない。ビール製造用途についてはデータ不足から評価できない」として使用量についての指針を取り消し、1995年に再確認されている[ 1] [ 8] 。
アメリカ は全面禁止していないが、多くの州で、臭素酸カリウムを使用した食品にはその事実をパッケージに明記するように定められている。FDA は麦芽食品に対しての使用について、規制範囲内での使用については安全であると思われているが、最終製品 のラベルにて添加した事を表記しなければならないと規制している[ 9] 。
日本では1982年に行われたラット腎臓への発がん性試験により発がん性が認識されており、1982年にパン以外の使用は禁止され、パンについても添加は30ppm以下、かつ最終製品に残留してはならないと規制された[ 1] [ 8] [ 10] (日本の研究では、15ppmのパンでは不検出だが30ppmでは残存が確認された)。パンについても厚生労働省 による行政指導で使用自粛が要請され、1997年にも検出される事件が起こり、パン関連の工業界では使用自粛が申し合わされた[ 10] 。この年には検出技術の向上により、検出限界10ppb (1キログラム 中10マイクログラム)までの検出が可能になった[ 1] 。
2002年 には更に向上した検出技術で調査が行われたが、市販のパン135検体に残留は認められなかった(検出限界1ppb、定量限界2ppb)[ 1] 。2003年 に日本パン工業会 が、正常な製パン工程を遵守した場合には臭素酸カリウムは加熱により分解され、分析精度が向上した方法を用いてもパンから「残存が検出されない」とした[ 11] 。これを受けて、山崎製パン などのメーカーは使用を再開した[ 8] [ 12] 。厚生労働省は2003年3月にこれを承認している[ 1] 。ビタミンC などを利用した代替方法が開発されていることもあり、引き続き使用していない製パン 業者も多い。JECFAは1995年以降見直しを行っておらず、日本生活協同組合連合会 は2020年の指針において「(国内メーカーのパンでは)残留は検出限界未満であり実際の健康リスクは非常に低い」としながらも、管理政策の結論に基いて「不使用添加物」であり、「加工助剤としても意図的には使用しない」としている[ 8] 。
またこの頃には「山崎製パンのパンにカビ が生えないのは臭素酸カリウムを使用しているためである」とした本[ 注釈 1] が販売され、1年以上ベストセラーとなった。食品化学 者の長村洋一 は、パンに残存している可能性がある臭素酸カリウムの量は水道水の安全基準(10ppb)の10分の1以下[ 注釈 2] であり、防カビ効果が発生する量とは考え難い上に、当該本の著者の行っている実験では山崎製パンのパン以外に臭素酸カリウムを添加した実験が行われておらず、「臭素酸カリウムを添加したものにカビが発生しない」ということが実証できていないと指摘している[ 13] 。
山崎製パンは製パン技術の向上[ 14] 、臭素酸カリウムの調達困難[ 15] の理由により、2014年2月から臭素酸カリウムを使用していなかったが、2020年3月から一部製品で使用を再開した[ 16] 。使用再開にあたり、角型食パンにおける臭素酸カリウムの残存量は0.5ppbの検出限界未満であることが確認されたとしている[ 16] 。
規制
臭素酸カリウムの食品への使用は、EU・カナダ・ナイジェリア・ブラジル[ 17] ・ペルー・その他いくつかの国で禁止されている。2001年にはスリランカで禁止され[ 18] 、メルコスール 諸国では2003年に禁止され[ 1] 、2005年には中国で禁止された[ 1] 。
米国においては禁止されていない[ 1] 。発ガン性物質を禁じる食品・薬物・化粧品法(en:Food, Drug, and Cosmetic Act )のデラニー条項(en:Delaney clause )が1958年に改正されたことで、FDAは75ppm以下に限り使用を認可している[ 1] 。そのため現在において禁止することは困難となっている。その代わりに、1991年にFDAは製パン業に対して自主的に使用を中止するよう訴えている。カリフォルニア州では、臭素酸カリウムが用いられた場合は警告ラベルを貼ることが要求されている[ 19] [ 20] 。
日本
※下表は、「臭素酸カリウムの発がん性について」臭素酸カリウム小史[ 4] より引用し加筆。
日本における規制に係わる歴史。
年
事項
説明
1953 (昭和28)年
日本で食品添加物に指定
小麦粉改良剤として 50ppm以下、 魚肉練り製品品質改良剤として 270ppm以下
1964 (昭和39)年
FAO/WHO合同食品添加物専門家会議 (JECFA)) による最初の評価
1976 (昭和51)年
変異原性陽性
厚生省が発表
1977 (昭和52)年
日本小麦粉業界添加自粛 毒性試験(急性。慢性等)開始
国立衛生試験所
1978 (昭和53)年
ラット発がん試験開始
国立衛生試験所
1979 (昭和54)年
JECFA 評価で、A(1)リスト
小麦粉改良剤として 75ppm以下
1980 (昭和55)年
日本パン業界使用自粛
1982 (昭和57)年
ラット腎臓などへの発がん性が公表
厚生省審議会、アメリカ食品医薬品局 (FDA)、国内専門誌等
1983 (昭和58)年
使用基準の改正(厚生省) JECFA 評価
パン用小麦粉以外の使用禁止(規制値 50ppm 以下から 30ppm以下に)。 小麦粉改良剤として 75ppm以下(但し、最終食品に残存しないこと)
1989 (平成元)年
JECFA 評価で 一日摂取許容量 設定不可能、使用基準改正
小麦粉改良剤として 60ppm以下(最終食品に残存しないこと)。 その他の用途に設定を認めず。
1990 (平成2)年
英国 、欧州連合 (EU) で使用禁止措置
最終食品への残留の確証無しの理由
1992 (平成4)年
JECFA 評価
遺伝毒性発がん物質であり、小麦粉改良剤としての使用は不適切と結論
1995 (平成7)年
JECFA 評価
新高感度分析法によるデータから小麦粉改良剤としての不適切と結論を支持。A(1)リストから除外
1997 (平成9)年
輸入小麦粉への混入が判明し回収 衆議院・参議院委員会で安全性への質問 厚生労働省でパン中の新高感度分析法を通知
2001 (平成13)年
衆議院厚生労働委員会で安全性について質問 食品衛生分科会における検討 衆議院厚生労働委員会で安全性の検査実施に関する質問に対する答弁
英国、EU で禁止の食品添加物を使用している理由 高感度分析法による現在市販のパンの残留量検査実施を決定 食品衛生分科会での結論を報告
2002 (平成14)年
高感度分析法による現在市販のパンの残留量検査
国立医薬品食品衛生研究所
2020 (令和2年)
山崎製パンは製パン、使用を再開[ 16]
参考資料
二十世紀食品添加物史、社団法人日本食品衛生協会(2010)
脚注
注釈
出典
^ a b c d e f g h i j k l m 『ファクトシート 臭素酸カリウムとは 』(PDF)(レポート)食品安全委員会 、2007年8月9日。https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheet-kbro.pdf 。
^ a b “ICSC 1115 - 臭素酸カリウム ”. 2023年1月11日 閲覧。
^ “Synthesis, Separation and Purification of KBr and KBrO3 ”. 2020年3月13日 閲覧。
^ a b 黒川雄二「臭素酸カリウムの発がん性について 」『日本食品化学学会誌』 2004年 11巻 1号 p.43-47, doi :10.18891/jjfcs.11.1_43 。
^ IARC--Summaries & Evaluations: Potassium Bromate (Group 2B) , International Agency for Research on Cancer
^ a b c 大橋伸生, 斯波光生, 上谷恭一郎, 高村孝夫、「臭素酸カリウム (コールド・パーマ第2液) 中毒による急性腎不全例 」『日本泌尿器科學會雑誌』 1971年 62巻 8号 p.639-646, doi :10.5980/jpnjurol1928.62.8_639 , NAID 110003047859 。
^ 菅野三郎、和田裕、中岡正吉、「食品添加物の分析に関する研究 (第16報) 」『食品衛生学雑誌』 1968年 9巻 1号 p.50-57, doi :10.3358/shokueishi.9.50 。
^ a b c d 『臭素酸カリウムについてのQ&A 』(プレスリリース)日本生活協同組合連合会、2004年7月14日。http://jccu.coop/food-safety/qa/qa01_03.html 。
^ Section 172.730 Potassium Bromate , Food Additives Permitted for Direct Addition to Food for Human Consumption, US Code of Federal Regulations, US Food and Drug Administration
^ a b 「薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会毒性・添加物合同部会議事録 」『厚生労働省』議事録、2001年9月25日。
^ 山田雄司(山崎製パン中央研究所)「パン用生地改良剤である臭素酸カリウムの安全使用について 」(PDF)『月刊フードケミカル』第20巻第10号、食品化学新聞社、2004年10月、8-13頁、NAID 40006456662 。 [リンク切れ ]
^ 日本パン工業会科学技術委員会小委員会 [リンク切れ ]
^ 長村洋一「特別寄稿:一般市民を愚弄した「ヤマザキパンはなぜカビないか」 」(PDF)、日本食品添加物協会 、2010年4月26日、2023年1月10日 閲覧 。
^ 平沢裕子. “【日本の議論】山崎製パン「添加物バッシング」の真相 カビにくいのはなぜ? 臭素酸カリウムは? ”. 産経ニュース . 産経デジタル . 2020年8月12日時点のオリジナル よりアーカイブ。2020年3月13日 閲覧。
^ 松永和紀 (2020年3月13日). “「ヤマザキ」が“発がん物質”臭素酸カリウムの使用をわざわざ再開する理由 ”. Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) . ウェッジ . 2020年3月13日 閲覧。
^ a b c “山崎製パン | 小麦粉改良剤「臭素酸カリウム」による角型食パンの品質改良について ”. www.yamazakipan.co.jp . 2020年3月13日 閲覧。
^ http://www.planalto.gov.br/ccivil_03/Leis/LEIS_2001/L10273.htm
^ Bridges Across Borders , Environmental Law Alliance Worldwide
^ https://www.ewg.org/research/potassium-bromate
^ https://oehha.ca.gov/proposition-65/chemicals/bromate
関連項目
外部リンク