神守村

かもりむら
神守村
神守村道路元標
神守村道路元標
廃止日 1955年1月1日
廃止理由 編入合併
現在の自治体 津島市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
海部郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 11.26 km2.
総人口 6,624
(愛知県郡市町村勢要覧[1]、1950年10月1日)
隣接自治体 津島市、海部郡富田町七宝村美和村永和村蟹江町佐織町
神守村役場
所在地 愛知県海部郡神守村大字神守字中町27-1[2]
座標 北緯35度10分26秒 東経136度46分11秒 / 北緯35.17383度 東経136.76978度 / 35.17383; 136.76978座標: 北緯35度10分26秒 東経136度46分11秒 / 北緯35.17383度 東経136.76978度 / 35.17383; 136.76978
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

神守村(かもりむら)は、かつて愛知県海部郡にあった

現在の津島市の東部に該当し、日光川蟹江川に挟まれた地域である。

佐屋街道宿場町神守宿」を中心とした村であった。

沿革

江戸時代末期、この地域は尾張国海東郡であり、尾張藩領であった。

  • 1647年(正保4年) - 佐屋街道神守宿が設置される。宿役は南神守村と北神守村の2村で担っていた。
  • 1868年(明治元年) - 日光新田と日光埋田外新田が合併し、日光新田となる。
  • 1878年(明治11年) -
    • 南神守村と北神守村が合併し、神守村となる。
    • 日光新田が分割され、下切村、中一色村[3]、宇治村、諸桑村[4] に編入される。
    • 落合新田が分割され、下切村、中一色村、宇治村に編入される。
    • 鬼頭新田が分割され、下切村、中一色村、宇治村に編入される。
  • 1889年(明治22年)10月1日 -
    • 百町村、白浜村、高台寺村が合併し、百高村となる。
    • 神尾村、金柳村、莪原村、大坪村が合併し、益和村となる。
    • 葉刈村、大木村、光正寺村、蛭間村、牧野村、寺野村、青塚村が合併し、野間村となる。
    • 百島村、越津村、牛田村、椿市村、宇治村、下切村[5]が合併し、越治村となる。
  • 1906年(明治39年)7月1日 - 神守村、百高村益和村越治村野間村が合併し、神守村となる。
  • 1913年(大正2年)7月1日 - 海東郡と海西郡が合併し、海部郡となり、神守村は海部郡の所属となる。
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 津島市に編入される。

交通機関

学校

脚注

  1. ^ 愛知県総務部統計課 愛知県統計協会、1951年
  2. ^ 愛知県郡市町村勢要覧(愛知県総務部統計課 1951年10月刊行)
  3. ^ 後の神島田村 → 永和村。現・津島市
  4. ^ 後の諸古村 → 佐織町。現・愛西市
  5. ^ 宇治村と下切村のうち、旧・日光新田の地域は津島町に編入。

関連項目