石田祐康
石田 祐康(いしだ ひろやす、1988年7月3日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ演出家、アニメ監督。スタジオアサッテ所属。 来歴1988年、愛知県知多郡美浜町に生まれる[1]。実家はミカン農家を営み、漁師宿を移築した築80-90年程度の民家で、海にも比較的近かったが、自身は泳げなかったこともあり、海に対しては「どちらかというと怖い」印象があると述べている[2]。描画自体は幼少期から好んだものの、中学生まではサッカー部に所属していた[3]。中学生時代に絵を描くことの楽しさが勝るようになり、アニメも意識して見るようになった[3]。 愛知県立旭丘高等学校美術科に入学。この進学は、絵画への関心からだったと述べている[3]。2年生の時からアニメを作り始め、処女作「愛のあいさつ-Greeting of love」を発表[4]。アニメ制作はワークショップ参加がきっかけだった[3]。 京都精華大学マンガ学部アニメーション科に進学[5]。2009年11月、大学3年の時に友人5人で共同制作した自主制作作品『フミコの告白』が第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞[6]など数々の賞を受賞し、注目を集める[注 1][7]。 2011年に大学の卒業制作として発表した『rain town』が第15回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞[8]などを受賞し、大学生にしてアニメーションの世界でその名を広く知られるようになった[5]。 大学卒業後は、研究生として大学に1年間在籍する道を選ぶ[5]。その間に、大学の恩師である杉井ギサブローの紹介で、アニメーションの制作会社でアルバイトすることになり、映画『グスコーブドリの伝記』の制作に参加[5]。そこで初めてプロの現場に接する。 2011年、新設されたスタジオコロリドに参加[9][1]。就職先を迷っていた時にクリエイターを主体としたスタジオ運営を目指していたコロリドの宇田英男代表から連絡があり[注 2]、アシスタントとしてではなく監督兼アニメーターとしてオリジナル作品の制作に集中できる環境に魅力を感じて入社を決めたという[5]。 2013年、25歳の時に初の商業用劇場作品となる『陽なたのアオシグレ』を監督[10]。同作は第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で審査委員会推薦作品に選ばれた[11]。 2018年、『ペンギン・ハイウェイ』で初の長編劇場アニメの監督を務めた[1]。森見登美彦の小説をアニメ化することを決めたのは石田自身だった[9]。 『ペンギン・ハイウェイ』後に結婚、2021年時点では神代団地(東京都調布市および狛江市)に居住している[12]。妻はイラストレーター・デザイナーである[3]。 2022年公開の『雨を告げる漂流団地』は、初のオリジナル長編となり、テーマを見つけ出すことに苦労したとインタビューで述べている[13][14]。 2023年12月をもってスタジオコロリドを退社[15]、2024年11月現在はスタジオアサッテに所属[16]。 人物『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を「特別に好き」な作品に挙げる[2]。また幼少期に接した映画版『ドラえもん』が自分が作品を制作する際に影響を与えていると述べている[17]。 2022年の取材ではアニメーション監督の理想像として今敏を挙げ、「作品の方向性こそ全く違えど、ひとつの作品をまとめ上げる際の視点や方法が好き」「切るべきところは切った上で、これさえ押さえておけばお客さんがちゃんと面白いと受け止めてくれる部分の見定め方が鋭いと感じます」とその理由を語った[18]。 作品の主人公を小学生とする作品が多い点について、「その年ごろがいちばん楽しかったから」という理由を述べている[13]。 小学生時代にはハイパーヨーヨーに熱中し、2023年時点でも持てば「体が勝手に動きますね」と述べている[3]。 睡眠の時には物音がすると眠れず、耳栓やアイマスクが必要だという[3]。 主な作品自主制作
映画
Webアニメ
その他参加作品
受賞歴
脚注注釈出典
外部リンク |