独立大統領旅団 (ウクライナ陸軍)
ヘーチマン・ボフダン・フメリニツキー名称独立大統領旅団(ヘーチマン・ボフダン・フメリニツキーめいしょうどくりつだいとうりょうりょだん、ウクライナ語: Окрема президентська бригада імені гетьмана Богдана Хмельницького)は、ウクライナ陸軍の旅団。陸軍司令部隷下。 概要第二次世界大戦1942年4月27日、第二次世界大戦の影響に伴い、NKVD軍の第290狙撃連隊としてロシア・ソビエト連邦社会主義共和国で創設された。 1942年9月から独ソ戦に投入され、枢軸国に勝利し、赤旗勲章、名誉称号「ノヴォロシースク」を授与された[1]。 冷戦1945年10月、機械化に伴い、第290独立自動車化狙撃連隊に改編された。 1945年11月、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国キエフ州に移駐した。 1986年4月、チェルノブイリ原子力発電所事故に災害派遣された。 ウクライナ国家親衛隊1992年1月、ソビエト連邦の崩壊とウクライナの独立で創設されたウクライナ国家親衛隊に編入し、第1師団隷下の第1連隊に改編された[1]。 1998年12月、部隊増強に伴い、第24独立特務旅団に改編された[1]。 ウクライナ陸軍1999年12月、ウクライナ国家親衛隊の廃止でウクライナ陸軍に編入し、独立大統領連隊に改編された[1]。 ドンバス戦争2014年3月からドンバス戦争に投入され、東部ドネツィク州、ルハーンシク州に配備された[1]。 2017年12月15日、 ペトロ・ポロシェンコ大統領から、名誉称号「ボフダン・フメリニツキー」を授与された[2]。 2022年1月、部隊増強に伴い、独立大統領旅団に改編された。 ロシアのウクライナ侵攻北部・キーウ戦線→「キーウの戦い (2022年)」も参照
2022年2月24日から、ロシアのウクライナ侵攻では、北部キーウ州キーウに配備され、4月にロシア軍はキーウから撤退した[3]。 東部・アウディーイウカ戦線→「アウディーイウカの戦い (2022年)」も参照
2023年3月、東部ドネツィク州ポクロウシク地区に再配置され、激戦地のバフムートとアウディーイウカの中間に位置するオチェレティネに展開した[4]。10月には第2機械化大隊が分遣されて第110独立機械化旅団と合同でアウディーイウカ市内を防御したが、2024年2月に陥落した[5]。 東部・バフムート戦線→「バフムートの戦い」も参照
2023年4月、第23独立特務大隊が激戦地の東部ドネツィク州バフムート地区に再配置され、バフムート市内を防御した[6][7][8]。 東部・南ドネツク戦線→「2023年ウクライナの反転攻勢」も参照
2023年6月、第3機械化大隊が東部ドネツィク州ヴォルノヴァーハ地区に再配置され、第68独立猟兵旅団と合同で攻勢を開始し、ブラホダトネを解放した[9][10]。 東部・スヴァトヴェ-クレミンナ戦線2023年8月、第22独立特務大隊が北東部ハルキウ州クプヤンシク地区に再配置され、クプヤンシクに展開した[11]。 東部・バフムート戦線→「バフムートの戦い」も参照
2024年4月、第4機械化大隊が激戦地の東部ドネツィク州バフムート地区に再配置され、バフムート北のソレダルに展開した[12]。 北東部・ハルキウ戦線2024年5月、ロシアと国境を接する北東部ハルキウ州チュフイウ地区に再配置され、友軍の救援でヴォウチャンシクに展開した[13]。 編制
ギャラリー脚注出典
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